第2話

 ……あれ、痛くない。

 ぎゅうっと目をつぶった俺は、衝撃も痛みも来ないことに戸惑う。

 ってか、俺が今座ってるの、車の座席じゃなくて地面のような……?

 恐る恐る目を開けた俺の前に広がっていたのは。

「なん……じゃ、こりゃ……」

 一面の草原だった。

 俺、さっきまで崖の上を車で走ってたよな?

 で、ガードレールを突き破って、森の中に落っこちて……。

 もしかして、落ちたのは草原だったのか?

 いやいや、そんなわけないだろ。

 じゃああれか、俺はもう死んでいて、ここは天国ってわけか。

 ならせめて、こんなだだっ広い草原じゃなくて、もっと楽しそうなところに――


 グルルルルルルルル……


 突然背後から獣の唸り声のようなものが耳に入り、背筋が凍った。

 ま、まさか、な……。

 恐る恐る振り返る、と……。

 そこには、俺の身長の二倍も三倍も、下手したらもっとあるんじゃないか、というサイズの犬……それも、口から火を噴いている犬が、俺を見下ろしていた。

「ど、どうも~……」

 俺はそいつを見上げて、ひきつった笑みを浮かべる。

 こ、これ、どう考えても現実じゃないだろ。

 ほっぺたをぎゅっとつねる。……痛い。

 そうか、夢でも天国でもなく、現実か……。

 腰が抜けて立てないまま、少しずつ後ずさりする、が。

「グルルルルァゥッ!」

 飛びかかってくる犬が、やけにスローモーションに見える。

 ……終わったな、俺の人生。

 さっきも死を覚悟して、よくわかんないが助かったとこだったのに。

 なんでこんな、わけわかんないところで死ぬんだよ……! 


「水龍っ!」


 犬の噴いた炎が俺のすぐそばまで迫ってきたとき、まだ幼い女の子の声が、草原に響いた。

 それと同時に、ゴォォォォッと音を立てて水の渦ができたかと思うと、その中から水色の龍が現れた。

 そいつが大量の水の球を一瞬で生み出し、犬に向かって打ち込むと……。

 犬は、ざあっと黒い粒子になって消えた。

 水色の龍は、犬が消えたのを見ると、自分の役目は果たした、とでも言うようにパシャンッと水になって消えた。

 ……い、いったい、どうなってんだ……?

「いやー、危機一髪。危なかったねぇ」

 その声にはっと振り向くと。

 そこにいたのは、まだ小学生ほどに見える女の子が、仁王立ちしていた。

 黒曜石のように黒い髪と瞳を持つその少女は、髪飾り、耳飾りなど、所々小さくはあるが、かなり高そうな宝石の装飾品を身につけている。

「ん? 君、この装飾品に興味があるのかい? これは魔石でできているんだよ。魔石っていうのは魔物を倒すとときどき手に入るもので、これは……」

 じっと見ているのに気がついたのか、少女は自慢げに解説を始める。

 宝石鑑定士として、その話に興味がないわけがない……が。

「すまない。ここがどういう場所か、教えてもらえるか? それと、おまえがさっきの龍……」

「そっ! ボクは、この世界の創造主だよ。気軽に神様って呼んでね!」

 ……こいつが、神様?

 ってか神様って、そんな軽いノリでいいのか?

「異界から来たばかりだからね、ホントはダメなんだけど、特別にボクが助けてあげたんだ。でも、これは特例だからね? 次はないと思って」

 真面目な顔をして言う神様に、俺はこくこくとうなずく。

「ここは君たちの言う『異世界』ってやつだ。人々は剣と魔法で戦い続けている。ときには人同士で、ときには、さっき君が襲われかけた魔物と……」

 その言葉でさっきの恐怖がよみがえってきて、俺はぶるりと体を震わせた。

「まさか、自分が召喚しようとした勇者が、召喚直前、直後で二回も死にそうになるとはねー、焦った焦った」

 ……うん?

「つまり、お前が俺をこの世界に召喚したってことか? あの声も、お前の?」

「そう! ボクが召喚しようとしたら、いきなり車で空中に飛び出しちゃうんだもん、びっくりしたよ。本当に、危機一髪だったねぇ」

「俺が、草原のど真ん中に放り出されたのは?」

「君が死にそうになるから、あわてちゃってさ、ちょっとミスっちゃった。まあ、ボクが助けられたからよかったけどね」

 ふふんっ、と胸を張る神様。

「君を危機から助けてあげたんだ。たくさん感謝してくれてもい――」


「その危機全部、お前のせいじゃねーかぁぁぁぁぁぁっ!!」


 俺の絶叫が、草原に響き渡った。


 これは、異世界に召喚された俺が、勇者としての役目を早々に果たし、魔石鑑定士として大活躍する……少し前の話。

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異世界に召喚された俺が、勇者としての役目を早々に終えて、持ち前の鑑定スキルを活かして財界を無双するー序章ー こむぎこちゃん @flower79

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