スマホ越しの恋

ロゼ

第1話

『おはよう! 今日はいい天気だよ♪ 今日も一日頑張ろうね』


 スマホにポチポチと文字を打ち、送信する。

 今日のミッションはこれにて一旦終了。

 あとは相手から返事が来たら順次対応する。


「はぁ……」


 ため息しか出ない。


『お疲れ』


 夕方、相手からたった一言の返信。


「今日は返事きたか……」


 この相手、自分が話したいことがある時以外はほぼ返事を返してこない。


『お疲れ様! 今日はどうだった? 上手くいった? いつも頑張ってるの知ってるから、体調が心配だよ』


 メッセージを送信。

 きっとこれには返事は来ないだろう。


 こいつとやり取りを初めて一ヶ月ちょい。

 その間のやり取りでそのくらいの予測は出来るようにはなった。


 やり取りの相手は営業職に転職して五ヶ月のサラリーマン。

 前職は工場勤務だったそうだが


「あの会社の商品、すごいんだよ! 俺もあんなすごいものを世に広める仕事が出来たらなぁ」


 と言い出し、悩んだ末に転職を決めたらしい。


 元々マメな性格でも、コミュ力が高い方でもなかったようで、転職して五ヶ月経つが成績は振るわず、時折愚痴が届く。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『おはよう♪ 今日は雨だね。雨だとお仕事大変だと思うけど、頑張ってね! 濡れて風邪引かないようにね』


 今日も朝のメッセージを送信。


『俺さ、仕事辞めようと思う』


 珍しく速攻で返事が返ってきたと思ったらこれだ。

 この男、定期的に自信をなくして、こんなメッセージを送ってくる。


『どうしたの? 何かあった?』


『今月、売上まだゼロ……やっぱ向いてないよな、俺』


『そっか……だから辞めちゃうの? それでいいの? 今までせっかく頑張ってきたんでしょ? 後悔しない?』


『後悔か……今辞めたらするんだろうな……情けないな、俺』


『後悔しないようにして。私はいつでも応援してるから』


『ありがとう』


『いつだって味方だよ。上手くいくように祈ってる』


 今日のミッションはこれにて終了。

 多分、今日はこれ以上の返事は来ない。


 バイト以外で働いたことがないから、社会に出てからの厳しさなんて分からないが、こいつは愚痴りすぎだと思う。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『あのさ、話があるんだけど』


 この日は珍しく深夜にあっちからメッセージが届いた。


「ついにこの時が来たか」


 そう思った。


『どうしたの?』


『話せる?』


『ごめん、今は無理。文字じゃダメなの?』


『いや、そういう訳じゃないけど……こういうことはちゃんと自分の口から言った方がいいと思ったんだけど』


『何? ちょっと怖いなw』


『あのさ……別れよう』


『……何で? 理由、聞かせてくれる?』


『他に、好きな人が出来た……』


『そっか……。その人は素敵な人?』


『ちょっと頼りないけど、一生懸命頑張ってる、可愛い子だよ』


『そっか……。私が「嫌だ」って言っても、気持ちは変わらないんでしょ?』


『……そうだな、変わらないな』


『じゃあ、分かった。別れよ。今までありがとう。一年間、本当に』


『ごめん、本当に。今までいっぱい支えてきてもらったのに、本当にごめん』


『謝らないでよ。会いにも行けないような彼女だったんだし』


『それは、だって、お前が』


『すごく楽しかったし、すごく幸せだったよ。今までありがとう。ちゃんと、幸せになってね』


『本当にごめん』


『謝らないでよ、惨めになるでしょ?』


『そうか……ありがとう』


『どうか幸せに。バイバイ』


『お前も幸せになれよ。ありがとうな』


 これにてミッションオールクリア。


「はぁ……姉ちゃん、これで良かったんか?」


 深いため息が零れた。

 俺は、手にしていた姉のスマホにそう呟いた。


 姉が死んだのは一ヶ月半前。

 それ以降、俺は姉になりすましてこの男とやり取りを続けていた。


 打ち明けられたのは、姉がいよいよ危ないという少し前だった。


 話すのもやっとになってきていた姉だったが、俺にスマホを渡して


「もしもね、私が死んじゃったらさ、私の代わりに彼を支えて欲しいの」


 と言ってきた。


「はぁ? 何でよ!」


「あの人ね、強がってるけど、すごく弱い人なの。だから、私が死んだなんて知ったら、もしかしたら落ち込んで、立ち直れなくなるかもしれない。あの人にはね、幸せになって欲しいの。私の死に囚われたりしないで、真っ直ぐ幸せになって欲しいの。だから、お願い。こんなこと頼めるの、弟のトモ、あんたしかいないの」


「……嫌だよ、何で俺が」


「嫌なこと押し付けちゃうけどさ、トモなら私の文章の癖まで真似出来るでしょ? お姉ちゃんの最後のワガママ、聞いてくれないかな?」


「最後とか言うな! ちゃんと生きて、自分でやれよ!」


「そうだね……そう出来たらいいよね」


 悲しそうに、寂しそうに笑った姉は、その三日後に静かに息を引き取った。


 二十四歳だった。


 最後の最後まで好きな相手に何でもない朝の挨拶を送っていた姉。


 姉は幸せだったんだろうか?


 SNSで知り合い、通話やチャットを通して相手を知り、恋人同士になった二人。


 姉は病弱だとだけ相手に伝えており、お互いの顔画像は送り合っていたのだが、最後まで直接会うことはなかった。


 ただ、住所などは教え合っていたようで、彼氏からの贈り物が届いたと、病室のベッドの上ではしゃぐ姉を何度か目にしていた。


 悪いと思いながら、姉の死後、二人のやり取りを見た。


 付き合った当初は頻繁にやり取りがあり、通話もしていたが、転職した頃から通話は月に数度しかなくなり、メッセージの頻度も減り、姉が死ぬ頃には、通話はほぼなくなり、メッセージも姉からの一方通行状態になっていた。


「何でこんなやつを!」


 一言くらい返事を返してもいいものを、それすらせず、自分の都合のいい時だけ愚痴ってくる相手に腹が立ったのだが、姉から俺に宛てた未送信メッセージを見て、俺は姉に成りすますことを決めた。


 だって、あんなん言われたら、もうしょうがないだろ……。


──トモへ

 多分トモがこれを読んでる時、私は死んじゃってるんだと思う

 この前は変なお願いをしてごめんね。

 でもね、やっぱりあれ、聞き入れて欲しいの

 トモなら、「何でこんなやつ!」って思っちゃうような、ちょっと身勝手なところもある人だけどね、私にとっては人生初で最後の恋だったの

 彼にはね、抱えきれないほどの幸せをもらったの

 どうやって返せばいいのか分からないくらいたくさん、たくさん

 彼との関係は、そう長くは続かないと思うんだ

 それまでの間でいいから、代わりに彼を支えてあげて欲しいの、私として

 彼が幸せならね、私、安心して天国に行けるの

 そうじゃなかったら、成仏も出来ないと思うんだ

 だからね、身勝手な姉の最後のワガママを聞いて欲しい

 お願い、トモ

 信じてるから──


 姉はこれをどんな気持ちで打ち込んだんだろうか?


 姉の死を最後まで秘密にしたまま、姉の恋は本当の意味で幕を下ろした。


 願わくば、姉が安心して天国で過ごせるように、あいつが幸せになっていればいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スマホ越しの恋 ロゼ @manmaruman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ