四 訪ねてきた友人

 ところが、その夜のこと……。


「──ん、んん……誰だよ、こんな時間に……」


 俺がぐっすり二階の自室で眠っていると、もう深夜2時も回った時間帯だというのにスマホがプルプルと鳴った。


「…ん? Bっ!?」


 眠気眼でスマホの画面を見ると、そこに表示されているのはBの名前だ。


「お、おい! Bか!?」


 一気に眠気も吹き飛ぶと、俺は慌ててその電話に出る。


「よお。今、おまえんちの前まで来てるんだ。ちょっと入れてくれよ」


 すると、確かにBの声が、スマホ越しにそう言ってくる。


「ハァ? 何時だと思ってんだよ…てか、おまえ、どこ行ってたんだよ?」


 俺は声を荒げながらベッドを飛び起きると、窓のカーテンを開ける……俺の部屋は道路側に面しているため、窓から玄関の前が見下ろせるのだ。


「Bか……?」


 窓から下を覗くと、家の前の道路には確かに一つの人影が立っていた。


 暗くてよく顔は見えないが、シルエットはBのもののように感じる。


「ああ、俺だよ。Bだよ。早く玄関開けてくれよ」


 俺の呟きに、またBの声がスマホ越しにそう訴えかけてくる。


「いや、そんなことより、おまえどこ行ってたんだよ!? みんな心配してたぞ?」


 こんな真夜中にいきなり家を訪ねて来たばかりか、まるで何事もなかったかのような素振りを見せるBに俺は再び声を荒げる。


「なんのことだよ? 俺はどこにも行ってない。ずっと家にいたぞ? なあ、早く玄関開けてくれよ」


 だが、やはりBは微塵も悪びれることなく、自分はずっと家にいたのだと言い張る……いや、それなら親や学校があんなに大騒ぎするわけがない。


「じゃあ、どうして学校来なかったんだよ? 病気でもどっか行ってたんでもなければ学校来れただろ?」


「学校? なに言ってるんだよ? 俺も学校行ってたろう? なあ、玄関開けてくれよ」


 そこで質問を替えて再び問い質すが、Bはさっきと違う解答を返して寄こす。


 言っていることが矛盾していて、まるで話が通じない……電話じゃ煩わしいし、俺はイライラして窓を開けると、直接、下にいるやつに声をかけようとした。


「……いや」


 だが、ガラス窓のサッシにかけた手を俺は寸前で止める。


 Bはさっきからしきりと「玄関を開けてくれ」と要求してくる……なんだか、扉や窓を開けてはならないような気がするのだ。


「なあ、俺はBだ。早く玄関開けてくれよ」


 なおもスマホの向こうからは、Bを名乗る人影が玄関を開けるように繰り返している。


 ほんとにこいつはBなのだろうか……?


「おい、おまえ、ほんとにBなのか?」


 そんな疑念に捉われた俺は、実際に口に出して人影に問う。


「ああ、俺は本当にBだよ。俺はBだから早く玄関開けてくれよ。今、おまえの家の前にいるんだ。だから玄関開けてくれよ」


 やはり、受け答えがなんだか変だ。さっき聞いたこともまた言ってるし……。


「よ、よし……じゃあ、そこの電柱の下まで行け。暗くて顔がよく見えない。ちゃんと顔を見せてみろ」


 ますます疑念を深めた俺は、スマホの向こうの人影にそう言って返す。


 道路の向かい側には電柱があり、それに付いてる街頭の光で、そこだけスポットライトのように明るくなっているのだ。


「ああ、わかった。俺は本当にBだから顔見せてやるよ」


 すると人影は、どこかおかしな言葉遣いでそう答えると、後に数歩下がってスポットライトの中でこちらを見上げる。


「……!?」


 そこにあったのは、確かにBの顔だった。


 だが、明らかにそれは人間の顔として間違っている……なぜならば、そのBの顔は上下が逆さまだったからだ。


 口は額に、眼は顎側に、鼻だけは真ん中だけど逆さ向きにくっ付いている……顔の中のパーツが、すべて天地逆転しているのである。


「ひいぃっ…!」


 俺は声にならない悲鳴をあげると、慌てて窓から飛び退く。


 無論、あんなものが人間であるわけが…俺の知るBであるわけがない。


「な、なんなんだよ、あれ……」


 唖然とする俺は、耳にスマホを当てたままでいることも忘れ、思わず譫言うわごとのようにそう呟いてしまう。


「俺だよ。本当にBだよ。だから玄関開けてくれよ」


 すると耳元では、なおもBを言い張るその声が相変わらず同じことを囁いてくる。


「う、うわあぁっ…!」


 俺はスマホを投げ出すと、一瞬、窓辺に戻ってカーテンを乱暴に閉め、わずかでも距離をとろうと壁際のベッドまで跳んで戻る。


「……バレタカ……昨日ハ上手ク化ケレタノニ……」


 そんな俺の行動を見て察したのか? 投げ出したスマホからはBの声が…否、次第にBとは似ても似つかなくなったしわがれ声がそう独りごちているのが聞こえてくる。


「ひぃいぃぃぃ…なんまいだぶぅ……なんまいだぶぅ……」


 俺は慌てて布団に潜り込むと目を固く瞑り、藁をもすがる思いでとりあえず念仏を必死に唱えた──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る