第8話 やっぱり、今の私じゃダメだよね……

私はある一つの部屋でピアノを弾いていた。


曲の歌詞とかメロディーが浮かんでくるけど……それは私の本心で、私が作った曲は嘆きのようなもの。伝えたくても、伝えれないこの気持ちを曲にしてもう二年くらいかな。

 ︎︎私は自分の溢れてくる気持ちを歌詞にしてるだけ、この溢れてくる気持ちを伝えられた時、私は曲を作れなくなるかもしれないけど私は曲が作れなくたっていい。


元より私はその気持ちを伝えるために曲を作り始めた。私の目的は気持ちを伝えることでその手段が曲ってだけ、気持ちが伝えられれば曲を作り続けるつもりはなかった。

 ︎︎まぁ世間はそんな勝手な理由で引退するのを許してくれないだろうし、気持ちを伝えられたら片思いじゃない曲を作ればいいか。


「Shinoさん、そろそろ休憩を取られては……? もう何時間も休憩なしで作り続けてるじゃないですか」


「今まで以上に歌詞やメロディーが浮かんでくる。もうちょっとやらせて、ここで休憩して気持ちをリセットしたら絶対後悔する気がする」


ここに込めるんだ、私が今思っていることを。



§



あの後、曲を完成させてあとは提出するだけになった私は建物の屋上に座り込んでいた。


「やっぱり、今の私じゃダメだよね……」


この前まではまだ希望を持てていた、ただ朝日が恋愛に興味が無いだけだって、私が頑張れば何とかなるってそう思ってた……だけど違った。


朝日には怜ちゃんっていう幼馴染が居て、同じ仕事をこれから初めて……そんなの、私が勝てるわけないじゃん……。


私は中学の頃から朝日を見ていた、でも完全に見ているだけで話しかけることは出来なかった、だって隣に女子がいたから。その時は怜ちゃんだと知らなかったし、その子と朝日が付き合ってるのかと思った。

 ︎︎だけど朝日が付き合ってないと聞いて、希望を持ち始めて何とか中三の時に話しかけて同じ高校に入って友達になった……だけどそれだけじゃ怜ちゃんには及ばなかったんだよね。


一緒にいた日数も怜ちゃんの方が長いし、怜ちゃんの方が朝日のことを知ってる。配信を見てるだけでわかる、怜ちゃんが朝日の肩を借りて寝るのだってそれだけ信頼しあってる証拠、普通だったら男子の肩を借りて寝るなんてことはしないだろうから。

 ︎︎何されるか分からないし、中には二人きりになるのすら無理って言う人もいるのかもしれない。あの二人の距離は幼馴染故のもの、だから今すぐに真似をすることは出来ない。


その時、スマホが鳴って……かけてきたのは朝日だ。


『もしもし、多分曲を作ってる最中だろうけど今から時間って作れる?』


「曲は作り終わってるけど、どうしたの?」


『いやぁ、最近ずっと怜と一緒にVTuberの話をしたりしてたから今日は詩乃と遊ぼうと思ってな。俺と怜と一緒にいるところを見て詩乃が機嫌悪そうだったし』


ふふ、こういうことをしてくれるから朝日のことを諦めきることができないんだよね。ほんと、朝日って罪な男だよ、私の恋心を弄んで……でも私はそんな朝日を好きになったんだよね。


「そんな機嫌悪そうに見えたかなぁ? まぁ曲を作り終わったとは言ったけどまだ提出してないしやり直しさせられる可能性はあるから今日は多分無理かな。まぁ今まで直されたことないんだけどね」


『曲を作り始めて二年でそれでしょ? そりゃあ色んな人が天才って言いたがるのもわかる。なんで片思いの曲だけなのかは議論されてるけど』


「そんなの、私が誰かに片思いしてるからに決まってるでしょ? そうじゃなかったらそんなリアルな曲は作れてないし、そもそも曲を作ろうなんて思わなかった」


私はこれだけ頑張ってるのに私の気持ちに全然気づいてくれない何処かの鈍感さんのせいで、私はまだまだ曲を作り続けることになりそうだ。まぁ私に告白する勇気でもあればいいんだけど、朝日には怜ちゃんがいて、もしかしたら告白することで関係が崩れるかもしれない……そう考えたら告白する勇気なんて出なかった。


『初めて聞いた話だな……。詩乃だって普通に色んな人から告白されるぐらいには可愛いんだし、その人に告白すればいいのに』


「……出来たら苦労してないっての。とりあえずまた学校でね」


『おう』


朝日との電話を切って、私は立ち上がって建物の階段を降りている最中にずっと考えていた。朝日の好みの女の子はどんな感じかって。


そもそも朝日が恋愛に興味があるのかも分からないし、そういう好みを聞いたことは一度もなかった。怜ちゃんみたいな小さめでショートヘアーの子が好きなんだとしたら私は真逆である。

 ︎︎私は身長高いしロングヘアーだけどまだロングヘアー好きかもしれないし? 諦めなくてもいいよね。


手に持ってる歌詞が書いてある紙を眺める。色んなことが書いてあるはずなのに、私の目には『やっぱり、今の私じゃダメだよね』という部分しか入ってこなかった。


「今の私じゃダメ……二年間この姿でダメだったのならイメチェンを考えてみるのもありなのかな」


僕……は違う、一人称じゃなくてもっと別の所を変えないといけない気がする。


彼女の髪型を真似て……。

彼女の仕草を真似て……。

彼女の口癖を真似て……。

彼女の服装を真似て……。


ううん、そうじゃない。誰かを真似るんじゃなくて唯一無二の私で振り向かせてみせる、絶対に。

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