青眼

刀を一振りすると、嘆くような風切り音とともにオーノ牧師の周囲の瓦礫が凍り付く。のたうつように不規則な波紋を描いた刀身が嘆いているようにも見えた。


「神の裁きヲ」


オーノ牧師の構えは千佳と戦った時と同じ中段。一方宗徳は相手の攻撃を受け流しやすい「青眼」の構え。一般的な中段から体を斜めにひねりつつも、切っ先を相手に向ける。


急激な気温の低下によって空気に動きが生じた。風は凍り付いた世界の外から温かな風を運び、瓦礫の氷をところどころ溶かしていく。


小指大の氷柱から一滴の水がしたたった時、二人は動いた。


先に動いたのは宗徳。


だが最初に起こした行動は刀による攻めでも守りでもない。


足元の小石を拾い上げ、手裏剣術のように最小限のモーションで飛ばす。無論オーノ牧師の『止水』で簡単に止められた。


彼の感情には何の動きもない。


そもそも周囲の動植物が凍らされてしまったので、「森羅」で感情が読み取りにくい。


「投石とは…… 刀を使う可夢偉使いとして恥ずべき行いですネ」


そうは言われてもうかつに近寄れない。


運動を止める可夢偉ならば、間合いを詰めて切りかかっていった瞬間に動きを止められて終わり、という可能性がある。


 万全を期すならば一旦退いて複数人で仕留めるのが定石だ。


「でもここで、引けないよ」


二度もチャンスが来るとは思えない。オーノ牧師を野放しにすれば、より多くの犠牲者が出る。


ろくな飛び道具のない自分の可夢偉を恨めしく思いながら、宗徳は死地へと跳びこんだ。


地面を滑るような足さばきでオーノ牧師との距離を一挙に詰める。地面を蹴らず重心の操作で移動する古流の足さばきには、凍った地面も関係ない。


瞬くほどの間もなく、後一歩で刀が届く間合いに入った。


「おやおヤ」


選択した攻撃は斜め上からの袈裟斬り、古来より刀同士の戦闘で最も致命傷を与えやすい攻撃の一つ。


だがオーノ牧師は中段の構えから軽く刀を振り上げた。ただそれだけで宗徳の斬撃を受けとめる。


 余裕の表情。腕や体幹の太さの差から考えれば当然だ。


 オーノ牧師の「止水」を警戒し、宗徳は大きく後方に跳んで距離を取った。

「……?」


 今の攻防で生まれた疑問を、解き明かすために。



 間髪入れず宗徳は再び間合いを詰め、切りかかる。


 今度は袈裟斬り、真っ向の面打ち、斜め下からの切り上げ、突きと矢継ぎ早に攻撃を繰り出していく。


 相手の攻撃を受け流すため円の動きを多用する宗徳の但馬流は、勢いを殺すことなく次の攻撃へ移行できた。


 だがオーノ牧師は中段の構えのまま軽く振り上げ、振り下ろすだけでそれらの攻撃をことごとく防いでいく。


 変幻自在の宗徳の剣とは対照的な、無駄や虚飾を一切省いた剣。


己に向かってくる攻撃を切り落とす防御の動きは、足さばきで間合いを詰めればそのまま攻撃へと転じる攻防一体の剣。


 牧師服のストールが舞い上がり、オーノ牧師に対するわずかな目くらましとなった。


今。


そう確信した宗徳は、ストールを破るように突きを放つ。


オーノ牧師からすれば目と鼻の先に突如刀の切っ先が出現したかのように見えるはず。


これで決める。


死角から放たれた突きに対し、刀を上げ下げして回避する時間はない。


「おやおヤ」


 必勝の確信をもって放った突きは、固い感触に遮られた。


 金属同士がぶつかる音に似合わない、オーノ牧師の余裕を持った声。ゆとりのある表情。


 彼はほとんど動いていない。


 オーノ牧師は宗徳の突きを妖刀村正の鍔を小さな盾として受け止めていた。


小手を守る金属の板一枚のすぐ向こう側に、オーノ牧師の指がある。切っ先三寸が掠めるだけで切り落とせる。


だが目の前の牧師服をまとった猛獣からは焦燥が全く感じられない。


次の攻撃を予測した宗徳は、鍔を突いたときの反動を利用して再び距離を取った。


宗徳の刀をその膂力で強引に押し返し、同時に胸骨ごと心臓を貫くように放たれたオーノ牧師の突きは宗徳の身体に届かず、空を切る。


深緑の制服を妖刀村正が掠め、ボタンが一つ溶けかけた地面に落ちた。

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