宗徳の過去2

「今まで本当にありがとうございました。これからは、自分たちの力でやっていこうと思います」


 そう切り出した時、部屋の陰から数人の大人たちがあらわれて、自分たちを取り囲んだ。


 素早く出口も窓もふさがれてしまう。


「『エデン』を抜けたい、ですと?」


「それはいけませんなあ」


「『粛清』せねばなりませんなあ」


 その表情は、デモで暴力的な行動を行っている時に似ていた。


 大声を張り上げて棒切れやプラカードを荒々しく振り回す、妻も子もある機動隊に向けて下品な脅し文句を浴びせる、そんな時の表情に。


「誤解です、別に『エデン』が嫌になったわけではありません」


リーダー格の友達の一人が、誠心誠意組織を抜けることについて説明する。他にやりたいことができたこと。これまで居場所を与えてくれたエデンには本当に感謝していること。もちろん知りえた秘密を口外はしないこと。


「おどきなさイ」


 すべてを話し終わった時、オーノ牧師が一歩進み出て笑顔を浮かべた。その表情は宗徳たちを保護してくれた時と同じで。


 これで大丈夫。宗徳たちはそう信じた。


オーノ牧師は太い毛におおわれた腕をリーダー格の友達に伸ばす。


「そんなことデ上級国民と戦えると、思っているのですカ」


 部屋に鈍い音が響き、その友達は部屋の端まで吹き飛ばされた。熊のような体格のオーノ神父に殴り飛ばされたと、悲鳴の中で悟る。


「彼らはエデンにふさわしくないようでス。『粛清』してくださイ」


 粛清という名のリンチが始まった。


 理想を語り、貧しい人たちのためにと行動していた大人たちが小さな子供に向けて暴力を振るっていく。


 やがて友達の一人が、暴行する側に加わった。


「それでいい」


「上級国民の側についた奴には、当然の報いだ」


「これで君も、我々の一因だよ」


「さすがは彼らの動きを教えてくれただけはある」


「ち、違うんです。こんなことになるなんて……」


 初めは泣きながら殴っていた彼も、やがて愉悦を浮かべ、実に生き生きとして拳を振るい始める。


 周りの大人たちと同じように。


 宗徳は但馬流剣術の修行を幼いころ受けてきただけあって、他より体力があった。だが友達はやがて一人、二人と動かなくなっていく。


 宗徳が血に染まった床に伏した時。植えてあった観葉植物が目に入る。


 牧師の部屋には、聖書によく出てくるオリーブの木が鉢植えに飾られていた。暴行の中その実が一つ落ち、宗徳は無意識のうちに握りしめる。


 それは偶然だったのかもしれない。


 幼いころの修行が実を結んだのは、運命であったのかもしれない。


 だがそれにより但馬流の可夢偉、『森羅』が発動した。


「これは……」


 周囲の大人たちの吐き気がするような独善的な感情が伝わってくる。


 オーノ牧師の使命感と禍々しさが、伝わる。


 触れたオリーブの実を通して大人たちの動きが読める。


 その隙をつき宗徳は部屋の扉の鍵を素早く開けて、逃げた。


 幸いどの方向から追ってくるかは「森羅」で読めるし、エデンの一般構成員はスマホを持っておらず連絡が取りづらかったのも幸いした。


 そうやって夜の街に逃げ込んだところを公安五課の車が通りかかった。


「君、大丈夫か。体中が痣と血だらけだぞ」


 車から降りてきたのは化粧っ気がまるでないのに絵に描いたような美人。今まで出会ったどの女性よりも美しく、宗徳は思わず見惚れた。


 だが暴行されたときの記憶が、人間に対する不信感を宗徳に植え付けていた。


 自分に手を伸ばそうとしてくる美人だが、その動きを先読みして必死に避ける。


 その動きを見た美人が目を見開いた。


「君、ひょっとして可夢偉使いか」


 これが、のちに上司となる八重樫との出会いだった。


 かつてエデンに属していたこともあり、宗徳を雇い入れるのに八重樫はずいぶんと苦労したらしい。どうやって上を納得させたのか宗徳は知らない。


エデンで裏切られたこともあり、すぐには公安五課を信じられなかった。


加えてエデンに属していたこともあり、八重樫以外からは腫れ物扱い。だが生きるためにはこの公安五課で働くしかなかった。


刀を振るい、可夢偉を使い、反社会的勢力をとらえていく。


「暴力で他者を従わせていく、結局はエデンとやっていることは変わらない……」


 はじめはうがった見方をしていた。


だがエデンとの違いを感じたのは、相手を説得するための討論の訓練だった。幅広い知識の習得が奨励され、違う意見を戦わせてもリンチされることはない。


 牧師たちに殺された友人の姿がまだ生々しく焼き付いていた宗徳にとっては、喧嘩のような激しい討論の後でも仲良くしているのが衝撃的だった。


「うん? お主は確か新入りの…… 飯でも食べにいくでごわすか」


 その席で示現巌と出会い、意気投合した。腫物あつかいの自分にも目をかけてくれる彼に感銘を受け、自分も組織の中でうまくやれていない職員に声をかけていく。


やがて千佳という後輩、危機を助け出したちづるなど信頼できる仲間もできていった。


だが今でも宗徳とその周囲の人間は公安五課の情報担当によって監視されている。

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