妖刀村正
目を見張った千佳に対し斬撃を浴びせられたオーノ牧師は平然としていた。
「ま、まだ小手調べさぁ」
千佳は下段に構えた刀を続けざまにふるい、可夢偉を連発する。
嵐のごとく迫りくる刃の嵐を盾もなく、体さばきすらなくオーノ牧師はやり過ごしていく。
「もう終わりですカ。口ほどにもなイ」
千佳がとうとう膝をついた時、オーノ牧師は最後まで微動だにしていなかった。
まるで彼の強さが目に見えるかのように、服からは白い煙がうっすらと立ち上っている。
「な、なめるなさぁ!」
「やめろ!」
千佳は宗徳の制止も聞かず、下段の構えのまま向かっていく。
「『春燕空巣』!」
先ほどより近い間合いで千佳は可夢偉を放つ。不可視の刃が宙に舞う虫も、微粒子さえもすり抜けてオーノ牧師に迫っていく。千佳が受け継いだ柳剛流の奥の手。
どのような可夢偉を使ったのかわからないが、不可視の盾でも作り出しているのならこれで決まる。
万一決まらなくとも手の内が見えるはず。
春燕空巣は、迷いなくオーノ牧師の首筋へと向かっていく。
後三メートル、二メートル、一メートル……
だが示現流の可夢偉すらすり抜けた千佳の春燕空巣は、何の効果もなく再びその動きを止めてしまった。
「な、なんでさあ?」
焦りと絶望に彩られた千佳の心は判断力を鈍らせた。
「この刀は、妖刀村正と言いまス」
オーノ牧師が初めて刀を振り上げる。
「徳川将軍家に災いをもたらしたと言われる、呪いの妖刀。将軍家御指南のわが剣術に、将軍家を害した刀が伝わっているのも皮肉なものですガ」
「関ケ原の戦いののち、部下の村正に触れた徳川家康は指を切ってしまったそうでス」
彼の口元に、初めて笑みが宿った。
「『明鏡止水』」
その言霊とともにオーノ牧師が刀を振り下ろす。どう見ても刀が届く距離ではないし、銃弾や火の弾が飛んだ様子もない。
だが千佳は指先に強い痛みを感じ手元を見る。文字通りの瞬く間に、刀を握る千佳の指先は白い氷に包まれていた。
「な、なんなんさあ、これ」
千佳は跳ぶようにオーノ牧師から間合いを開け、刀から指を離そうとする。だが白い氷は千佳の指を刀の柄に縫い付けたように微動だにしない。
破片の散らばったアスファルトの地面に叩きつけたが、結果は同じだった。
笑みを浮かべたままのオーノ牧師。体からは白い煙がさっきよりも色濃く漂うのが見て取れた。
座り込んで戦いを見ていた柴田が、ドヤ顔で語る。
「それが牧師様の可夢偉、『明鏡止水』。己に向かう攻撃の運動を止め、さらには分子の運動を止めて温度を下げることもできるのです」
「温度が低下したから、周囲の水蒸気が霧みたいに白く漂うわけか…… 可夢偉を見るのは初めてだけど、いやらしい可夢偉だね。お前にぴったりだ」
宗徳が刀を構えなおしオーノ牧師と対峙する。
「宗徳…… あいつのこと、知ってたさあ?」
「一応ね。ただ可夢偉までは知らなかった。強いだろうな、とは思ってたけど」
「いったい何者さあ?」
オーノ牧師は千佳の言葉を遮るように宗徳の方へ向き直り、別人のように穏やかな雰囲気であいさつした。
「ミスタームネノリ。本当に、ご無沙汰していましたネ」
戦いの最中とは思えないほどに穏やかで、見る人を安心させる目。
だが刀を握る手には狂気が宿っていた。
「ふざけるな! 僕の友達にお前や幹部が何をしたのか、もう忘れたのか!」
「ミスタームネノリ。我々のところに来ませんカ? 少子化のこの時代、人材もなかなか不足していましてネ」
「お断りだ!」
「いったい、何の話です?」
「その男子は、昔我々の組織『エデン』にいたことがあるのでス」
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