若者が、聞きかじりの知識で世界を救えるのはネット小説の中だけ

 人の心を読み取る能力をテレパシー、日本語に訳して精神感応と呼ぶ。


 宗徳の『森羅』は、その亜種というべき「エンパシー」だ。感情感応とも訳されるその力は、文字通り感情を読み取る。


 思考が読めないので文章として頭の中を読み取ることはできない。だが人にしか効かないテレパシーと違い動物や植物の感情までも読み取ることができる。


 宗徳はそれに加え、道端の雑草や枯れ葉、虫に触れることで能力を強化でき、それを剣術の読みに応用していた。


 離れたビルから狙撃されても。


 駅の女子トイレで襲われかけたちづるを見つけた時も。


 柴田が必勝を確信して北ノ庄勝家を仕掛けた時も。


 敵の感情から攻撃のタイミングを読み取り、周囲の虫や植物の感情の波の違いで方向を予測できた。


「ふ、ふふふ……」


「何がおかしいの?」


「それがどうしたというのですか。感情が読まれるなら、読まれても当たる攻撃を繰り出せばいいだけのこと! さもなくば」


 柴田の視線が、宗徳から外れた。


 先ほどビルから品々を運び出したドローンのうちの一体。それがいつの間にか舞い戻り。


 宗徳の近くまで迫っていた。


「読めない攻撃を繰り出すか、だよね」


「遅いですよ」


 ドローンが抱えた四角い箱から、ピーピーという音がしていた。


 その音は、箱から伸びたコードにつながれたタイマーから鳴っている。


 宗徳が解除した起爆装置と、同じコードとタイマー。


「終わりです」


宗則の可夢偉では感情のない機械の動きを読むことは不可能だった。


タイマーの数字が、一から零へと切り替わるその瞬間。


 ドローンはその動きを止め。地面へと墜落していった。タイマーも一から数字が動かない。


「な、なにが起こったのですか……」


 呆然とする柴田に、ツインテールを揺らしながら駆けつけた千佳が言い放つ。


「ドローンを操ってたエデン側の情報担当を、仕留めたさあ」


「終わりさあ」


 千佳に刀を突き付けられた柴田は、がっくりとうなだれてしまった。


「しばらく刑務所に入ることになるだろうけど…… おとなしく捕まってくれればまだ罪は軽くなるから」


「でも……どれだけ働いても暮らしが楽にならない人も、いるのですよ」


「そうだね」


「それなら儲けている上級国民から奪うしかないではありませんか!」


 宗徳はため息をつく。


「そんなに上級国民のやり方が不満なら。君たちで新しい会社を起こせばいいじゃない」


「会社を?」


「そう。上級国民の作る会社より高い給料を出して人を雇う。テロなんかしないで困ってる人たちを救えばいいじゃない。近衛家のやってることがそれに近い」


 近衛家の有する企業はホワイト企業として有名だ。手厚い給料に介護休暇をはじめとする福利厚生。残業を徹底的に減らす業務効率化に、一分単位で支払われる残業代。


 もちろん就職できるのはそれなりの能力を持つものに限られるが。


「君も近衛家の企業に入ると思ってたけど。だから明日香の福祉事業を手伝っていたんじゃないの?」


「それに、一体何年かかるのですか。近衛家がすべての国民を雇えるわけでない以上、貧しい国民は必ず存在する。それならば上級国民から直接金を奪い、貧しい人たちに分け与える方が確実でしょう」


 ぱあん、と乾いた音が響く。


 千佳が柴田の頬を平手打ちしていた。


「一人よがりなことばっかり言って…… 誰がそんなことを望んでるさあ?」


 千佳は制服の胸元からスマホを取り出し、柴田に突きつける。エデンの情報担当が倒され、サーバーへの書き込みが自由になったSNSには。


『なにこのテロ…… ひどすぎね?』


『うっわ、こんなに人が……』


『下手したら俺らもヤバくなかった?俺の家、近くなんやけど』


『エデン、ないわー』


「今日のデートの予定がめちゃくちゃなんだけど」


「上級国民より先にお前が〇ね」


 エデンやテロ実行犯への非難で埋め尽くされていた。


「そ、そんな……」


 柴田は蒼い顔をしてスマホをスライドさせていく。だがそこに、彼の行動をたたえる意見など何一つなかった。


「これが、現実さあ」


 もちろん本来は上級国民ざまあの声もある。だが、ちづるたち公安五課の情報担当がハッキングやアカウント乗っ取りで、そういった声を少なくコントロールしていた。


 柴田は赤くなった頬を手で押さえながら呟く。


「それなら、私はどうすればよかったのですか……」


「そんなの自分で考えるさあ。大勢の人を救うのが、簡単なわけがないさあ」


 断言する千佳に対し、柴田は少しだがイラついた様子を見せた。


 成績優秀者だから、成績が並以下の人間に説教されることが気に入らないのだろうか。


「貧乏だからいけないのです。何とかして国民の収入を底上げすれば。そうだ、給料を法律で強制的に引き上げれば」


「まだわからないの? 簡単に大勢の人は救えないってことを」


 宗徳はさすがに頭を抱えた。


「給料を上げる前に、まず上級国民にもっと儲けてもらわないとダメでしょ」

「何を言うのですか! それではますます貧富の差が拡大し……」


「というか、別の国で給料を強制的に引き上げる法律が作られたことがあるんだけど。逆に国民の暮らしがもっとひどくなったんだ」


「……どういうことですか」


「高い給料を払えば、会社が持っているお金が減る。新しい設備に投資することも新しい支店を開くことも難しい」


 宗徳とて公安五課の一因。エデンのような相手への説得の訓練はしていた。


「会社が大きくならなければ、雇える人も自然と限られるよね?」


「そのうちに上げすぎた給料のせいで会社が苦しくなって、不況になるとつぶれそうになるくらいに困って。でも給料引き下げが法律のせいでできないから、クビにする人を増やすしかなかった」


「失業者は溢れる。会社に残った人たちの仕事が増えて、ブラック企業が続出する。

挙句の果ては大学ですら給料を支払えなくなって、教授までクビにした」


「だから僕は上級国民に協力する、明日香みたいな人に力を貸す」


「私は、宗徳みたいに難しいことは考えてないさあ。でもお金のあるなしで人間の良い悪いを決めつける。そんな輩が嫌いなだけさあ」


「そんな…… 私は死ぬ気で勉強してきました。それなのに……」


「いや、自分で会社を経営したこともない人が、何言ってるの。経験のない若者が、聞きかじりの知識で世界を救えるのはネット小説の中だけだよ」

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