宗徳の可夢偉
「やる気ですか?」
「うん。もう降参してなんて言わない」
もう柴田は傷害罪、爆発物破裂罪、加えて可夢偉の無断使用までの罪を犯している。刑務所行きは確定だ。
柴田はもう引き返せないところまで来てしまっていた。ならせめて自分の手で終わらせる。それが外道に足を踏み入れた先輩としての役目。
「行くよ」
刀を下げたまま瓦礫が散らばったアスファルトを宗徳は走っていく。石ころ大から膝の高さまである岩のようなものまで、大きさはさまざまだ。
両隣のビルが宗徳の視界の端を高速で流れていった。
「甘いですよ!」
柴田が朱色の脇差を宗徳に向かって振り下ろすが、爆発の前に宗徳は大きく横に跳んで逃げた。続いて横凪ぎ、袈裟懸けと柴田は空中で脇差を操るが宗徳は読みの技術を生かしてそのことごとくを避ける。
彼我の距離は後三歩で刀が届くところまで迫っていた。
「なかなかやりますね。ではこれならどうですか」
柴田の口元が意地悪く歪むが今度は脇差を振らない。
にもかかわらず先ほどより規模の大きい爆発が起こり、黒煙交じりの爆炎が宗徳を捉えた。
「やりましたか」
アスファルトから立ち昇る黒煙の陰で柴田は勝利を確信した。
「あなたは良いクラスメイトでしたが、上級国民の手先なのがいけなかったのですよ」
力を振るい、強者を倒し、自分が尊敬する者に認められる。
その快感が罪悪感を柴田から完全に押し流していた。
「なるほど。時限式か」
だが岩のような瓦礫の陰に伏せて爆風をやり過ごした宗徳の声が、柴田から余裕を吹き飛ばす。
彼我の距離は既に後一歩まで近づいていた。
「終わりだよ」
だらりと下げたままの刀が地面をこするような軌道で振り上げられ、柴田の喉元に迫る。
「くっ!」
だが柴田が咄嗟に振った脇差が、ごく小さな爆発を引き起こす。
刀を弾き飛ばす程度の威力だったが、体力に乏しい柴田は爆風に激しく吹き飛ばされる。結果的に距離を稼いだ。
「どうやって避けたのですか…… あなたには未来が見えるとでも?」
「そんなチート能力ないよ」
「まあいいです。正義は勝つ。どっちにしろ、勝つのは私です」
柴田は大きく振りかぶった脇差を今度は地面に突き立てた。
突き立てた地面を中心にアスファルトに一斉にヒビが走っていく。数メートルにわたるそれは、やがて宗徳の足もとにまで到達した。
「喰らいなさい!『北ノ庄勝家』!」
宗徳は丹田に力を籠め、とっさに跳んだ。腰まである瓦礫より、柴田の身長よりも高く。
柴田の頭上を飛び越えた時ヒビの入ったアスファルトが爆発した。道路がめくれ上がり、紅く溶けかかった破片が空へ向かい弾丸のように飛び散る。
爆発による破片の衝撃力は弾丸以上だ。まともに喰らえば易々と人体を貫通し、ミンチに変えただろう。
だが宗徳が跳んだのは柴田の頭上。使い手が自分を傷つけないようにコントロールしていたのか、ほぼ破片が向かうことはなかった。
柴田の頭上を飛び越えた宗徳は、固まった荒波のような形になったアスファルトの路上へと降り立つ。身にまとう深緑の制服には傷ひとつついていなかった。
「その跳躍力…… それがあなたの可夢偉?」
「違うよ」
肥後熊本に伝わるタイ捨流のように身体能力を爆上げする可夢偉もあるが、宗徳の可夢偉は別物だ。
「今のは体をうまく使っただけ」
宗徳の身体能力は人並外れて優れているわけではない。せいぜいが中の上、といったレベルだ。
だが身体の使い方の工夫で人間は筋力以上の力を得る。平均的な体格の空手師範がボディビルダーに腕相撲で勝つこともあるのだ。
常識を外れた力や速度を出すコツが、可夢偉を伝える古流の武術には脈々と受け継がれていた。
「それになぜ『北の庄勝家』の安全地帯がわかったのです? 走って逃げても、私を攻撃しようとしても足元から間違いなく捉えていたものを。唯一の安全地帯である私周囲の空間に迷いなく跳びこむとは…… 未来が見えているとしか考えられません」
「何度も言ったけど、違うよ」
宗徳は首を振った。
「そんな力があれば、君がこんなことをする前に止めたはずだ。僕の可夢偉、『森羅』は別の能力だよ」
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