テロ組織はボランティアもやるから油断ならない。

 宗徳が目の前のテロリストを名指しで読んだのは、同級生の名前。成績優秀、品行方正、真面目が服を着て歩いているような少年だ。


あちこちにくすぶる炎の熱が風に混じり、瓦礫から立ち昇る黒煙の焦げ臭さが鼻につく。


 救急車のサイレンと、ドローンのプロペラ音が遠くから耳に届いていた。


「はあ? 何言ってるさあ、宗徳」


「そ、そうですよ。柴田とは誰のことです?」


 余裕ぶっているが、声の震えを隠しきれていない。


「君の名は柴田真。今川王城学園所属。成績はトップクラスで旧帝大入りを確実視されている。ボランティアにも熱心だけどこのごろ成績が下降気味」


「……あなたは、一体誰です?」


柴田は諦めたように覆面をはずした。


 七三分けだった髪はぼさぼさ、しわを伸ばした制服は薄汚れた安物の服に代わっている。


 だが細身の体に分厚い眼鏡は、今川王城学園にいたころと変わっていなかった。


「君の知り合いだよ」


宗徳は公安五課の制服にかけられた認識阻害の可夢偉を解除する。


犯人の説得には家族や友人など人見知りを使うのが鉄則であり、正体を明かした

方が良いと考えたからだ。真意を察した千佳も同様に可夢偉を解く。


認識阻害の可夢偉の影響が薄れ、二人の正体を理解した柴田は驚きに目を見開いた。


「柳生さん、柳剛さん。なぜあなた方が国家や上級国民のイヌと成り下がっているのです?」


「それはこっちのセリフさぁ…… それにほんとに、柴田さあ?」


 呆然とする千佳に対し、宗徳は耳のインカムを叩きながら平然と言った。


「僕の可夢偉で確認したし、声紋をちづるにチェックしてもらったから。間違いない」


「それにしても、変わりすぎさぁ」


「そもそも怪しいとは思ってたから。急に人付き合いが悪くなったでしょ?」


「そう言えば、そうさあ。明日香のグループの会話にすら、参加しなくなったし」


「孤立を深めて、本やネットにはまりだす。学業すら放棄し始める。日常生活を放棄して新たなイデオロギーに染まり始めたのかな、と。ここまで早かったのは意外だけどね」


「……もっと早く止めるべきだった。悪いことは言わない。君の両親も、きっと悲しむよ。降参してくれないかな?」


 宗徳は改めて柴田に向き直り、ゆっくりと告げた。敵意をあおらないように穏やかに、真心が伝わるように優しい笑顔を浮かべて。


「なめないでください! 私は、私の同志を見捨てるような真似はしません!」


 激昂する柴田を見て、宗徳は黙考する。相手が怒りの感情をあらわにしている時は何を言っても無駄だ。


 クラスメイトに手荒な真似はしたくないという思いもあった。それにこのテロを引き起こした可夢偉使いはまだ見つけていない。


 力づくで連行することはできる。だがここに来る前のSNSは彼らの味方だった。上空のドローンで千佳の戦いも撮影・アップされているはず。


 おっさんを倒す少女は賞賛されても、少年を倒す少年は絵的にまずい。悪い方向にバズりかねない。


 ネット小説にそんなシーンがあった。


そう判断した宗徳は刀を鞘に納めて柔和な笑顔を作る。時間を置き、柴田の警戒心や怒りが和らぐのを待って語りかけた。


「柴田くん。話、できないかな? 千佳は下がっててもらっていい?」


 渋々ながらも千佳が指示に従ったのを確認して、宗徳は話を始める。


「なんで、こんなことを。君は勉強熱心で、貧しい人たちを援助する活動にも参加して、大人になって彼らを助ける仕事に就くと思ってたけど」


「こうしている間にも、苦しんでいる人がいるのです。満足に教育を受けられないままで社会に放り出される人がいるのです。彼らに対するボランティア活動も、政府や上級国民の援助も不十分です」


 駅や町で働く十を少し過ぎたばかりの子供は数多くいる。彼らを尻目に豊かな生活を謳歌する上級国民も少数いる。


「……明日香さんと行った福祉施設を見たでしょう。現状に、不満を持つ子も多い」


「あなたが言った通り、私一人が私財を投げうってもたかが知れています。だったら上級国民どもから、奪って分け与えればいい。貧しい人のための寄付など、雀の涙ほどしかしないクズどもです」


「それ、明日香に相談したの? 明日香がクズだと思う?」


「立派な方だと思っていましたよ。つい最近までは、ね」


 声のトーンが変わった。


「私は真実に目覚めたのです。皆が平等に暮らせる理想郷を見たのです。その理想のために、私は働くと決めたのです」


「それでこんな過激な集団に加わったわけか」


「過激派などではありません!この団体は、ボランティアに小さな子供も一緒に参加していました」


「君が参加してるの、エデンっていうやばいテロ組織なんだけど」


「エデン? 知りませんね。あくまでもボランティア組織、小さな子供からお年寄りまで、色々な人が分け隔てなく集まる組織です」


「で? その小さな子供とお年寄りたちはどこ?」


その言葉に柴田は倒れた覆面ヘルメットたちを見るが、彼らはすべて中年男性だ。

 柴田の顔に初めて動揺が走った。


「よくある手なんだ。過激派が組織の中に合法的な組織を作って、人を募る。活動に熱心な人を選んで、徐々に過激な活動への参加を促していく」


「そ、そんなバカな」


「自分は成績良くて努力して勉強ができるから騙されないと思った? 逆だよ。頭が良くて高学歴な人ほど騙されやすいんだ」


 アルカイダの指導者の一人は外科医だし、かつての日本で地下鉄に毒ガスのサリンを撒いた人たちも高学歴ばかりだ。


「今ならまだ間に合う。まっとうな学生に戻るんだ」


 過激派やテロリストから「転向」し、まっとうな社会生活を送っている人はいくらでもいる。


「……できません。仲間を、同志を裏切れない」


 その仲間や同志とやらから、家族や学校の友達がカウントされていない。どっぷりと活動にはまっている。引き返せなくなる一歩手前だ。


「そんなこと言わないで。まだやり直せる。やり直せるから……」


 宗徳はすがるような声で呟く。


 嘘ではない。テロリストの再犯を防止するため、未遂や罪の軽い者たちには国が再就職や転校を斡旋している。柴田は爆破と物を奪っただけだ。器物破損と窃盗なら、司法取引に応じれば減刑も可能だろう。


「そ、それは……」


 柴田が宗徳の言葉に心動かされた瞬間。


 一発の発砲音が響き、柴田の頭がのけぞった。


瓦礫の陰に、先ほども見た小柄だが腕の太い警察官が拳銃を構えて立っている。


「ガキが、テロリストに甘い顔するんじゃねえ! オレのダチは、テロリストに後ろから絞め殺されて、拳銃を奪われたんだ! 甘いこと言うからこんな奴らがのさばる」


「あんた、なんてことするさあ! 警官の発砲基準知らないさあ?」


「知ってる! こいつが話してるうちにまた爆破しないとも限らねえだろうが!」


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