猪突猛進キャラはフィクションでは噛ませ犬だがリアルでは?

 爆破されたいくつかのビルの中心、まだ盛んに煙がくすぶっている一角に宗徳と千佳は突入する。おそらくはこの中に可夢偉使いがいると思われた。可夢偉使いには銃弾が効かないため、二人以外の警官・公安は上からの指示で立ち入っていない。

 

 小さいが新しい爆発音がそこかしこから聞こえ、そのたびに二人は足を止めて瓦礫の陰に身を隠す。そのために遅々として歩みは進まず、逆にテロリスト側は着々と彼らの仕事を行いつつあった。


 風を切る小さなプロペラの音がビルの間から響く。


鼻につくような黒煙の中から数台のドローンが飛び立ち、価値のありそうな宝石や美術品、有価証券らしきものを運び出していた。


「やりたい放題さあ」


 千佳が腰に差した柿色の鞘の刀を握り締める。切れ長の瞳が怒りに燃え、頭の両側で結ったツインテールが爆風にたなびく。


 すぐにでも『春燕』で撃ち落としたいところだが、こちらの居場所が敵にばれてしまう。


「あいつらの位置、ちづるたち情報担当がつかめないさあ?」


 インカムを抑えながら千佳が愚痴るが、宗徳は首を横に振る。


「無理だろうね…… 相手にも優れた情報担当がいるみたいだし、電波がジャックされてる可能性が高い。まあ、なんとかするよ」


 宗徳がビルの隙間から生えた雑草を手に取り、意識を集中した。


「あっちだ」


 宗徳の指示に千佳は迷いを全く見せずついていく。



「運べ運べ!」


「上級国民が我々をこき使って買ったものだ、遠慮するな!」


 ビルの一つから出てきたのは、異様な恰好の集団だった。


 マスクでなくタオルで覆面をし、ペンキで文字が書かれたヘルメットを被る男性たち。


 確か昭和の大学生が、東大の講堂を占領したりデモで警察官を撲殺したり火炎瓶で焼き殺す際にああいう格好をしていたそうだ。


 ドローンで運びきれないような大きい荷物を運んだり、宣伝用かスマホで自分たちの動画を撮っている。


その中の一人が指揮を取っていた。


声や体格からするとまだ若く、十代の少年だろうか。薄汚れた私服に分厚い眼鏡が印象的だ。


「さあ同志たちよ、急いで運び出して下さい。上級国民がため込んだ貴金属、調度品、芸術作品。それら全てを貧しい人たちに平等に分配するのです」


 その言葉を聞き宗徳は顔をしかめ、千佳は汚物を見るような目を向けた。


「盗っ人猛々しい、っていうのはこのことさあ。 ……宗徳?」


 千佳が声をかけるが、宗徳は物思いにふけるかのように動かない。こういう様子は珍しい。


 切れ長の瞳の少女が肩を叩くと、宗徳はやっと反応した。


「ごめん。ちょっとね」


千佳は宗徳の様子が気になったが、今は聞いている時間がない。二人で彼らの方へと走り出していく。


「出たな公安の人間が!」


「上級国民のイヌが!」


「我々は泥棒でも自称意識高い系でもない! 正義の革命軍だ!」


 二人を出迎えたのは、覆面ヘルメットたちのそんな罵声だった。


 ありきたりな罵声には耳を貸さず、宗徳と千佳は彼らの服装や立ち居振る舞いを注意深く観察する。


 刀を持っていそうなのは誰か。可夢偉使いは、誰か。


 リーダーらしき若者かとあたりを付けたがそうは思えない。そもそも全員が刀を腰に差していないし身のこなしがほぼ素人のそれだ。


 流派が違えば構えも違うから、一見しただけでは力量を測れないことはある。剣道でタブーとされる撞木足が古流ではごく一般的なように。


 だが千佳は観察を止め、刀を抜き放った。


「ぺらぺらと、うるさいさあ」


返答もせず『春燕』の可夢偉を使用した。


不可視の斬撃が空間を飛び、刀の間合いからはるか離れた場所を切り裂く。


たちまち先頭の一人が脛を切り裂かれてのたうち回り、ヘルメットが外れて髪が薄くなり始めた頭部が露わになる。


一瞬の静寂の後、続いたのは悲鳴。


覆面ヘルメットが荷物を捨て、逃げまどい、ある者は懐に隠していたナイフで襲い掛かってくる。


「やかましいさあ、この自己中!」


 かつて助けた少女、黒崎まふゆや明日香のことを思い出しながら千佳は刀を振るっていく。目に焼き付いた煙を上げるビルや負傷した一般人を思い、怒りの声を上げる。


誰が強者か、可夢偉使いかはまだわからない。


だが敵情の四分の一は闇の中と言われ、完全には相手の情報を探り切れるものではない。


不確かな情報を探ることに時間を費やすより、多少強引にでも攻めてしまった方が良いこともある。


千佳が怒りに任せて次々に覆面ヘルメットを無力化していく中、宗徳は手を出さなかった。一人だけ恐怖の色が薄い相手がいる。下手に動かず素人ながらも腰を落として状況をうかがっていた。


こういう相手はやっかいだ。宗徳の可夢偉と今までの経験が強い警鐘を鳴らしていた。


 やがて残るのは宗徳が警戒していた一人となる。ヘルメットと覆面の隙間から覗く顔は一番若く、せいぜいが高校生くらいだろうか。


 宗徳は刀を鞘に納めたまま、努めて穏やかに声をかけた。


「何やってるの、柴田くん?」

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