ゲスでも人格者でも救援活動をする

爆発物の処理を終え、ビルの外に出ると消防や救急の車両が現場に駆け付けている。だがその中に近衛家の家紋が入った車両が混じっていた。


車から出てくる人物を見て宗徳と千佳は思わず声を上げる。


「明日香? それに数麻呂さん。どうしてこんなところに……」


「テロ事件の被害者が多く、救急だけでは搬送に人手が足りなくてね。近衛家から車両を回したんだ」


 近衛家当主、近衛数麻呂が指示を出しながら答える。娘の明日香も軽症者の治療や重症者の移乗などの作業を手伝っていた。二人とも災害現場を視察する政治家が着るようなつなぎの作業服を着ているが、すでに煤や土で汚れが目立っていた。


「でも、危ないですよ」


 ただでさえ明日香は誘拐事件に巻き込まれたばかりだ。


「その件は、公安の方々のお陰ですっかり大丈夫だ。それよりも上級国民も捨てたものじゃないと、見せなければならないしね。では、これにて」


 明日香が軽くお辞儀をして、数麻呂の後を追っていく。


「……どうするさあ?」


 宗徳と千佳に与えられた任務は、明日香の護衛だ。本来そちらを優先させるべきだが……


「事件に当たろう。僕たちの仕事は学園内での護衛だし。明日香たちや公安五課の警備網を信じよう」


「宗徳が言うなら、そうするさあ」


 そう言って、宗徳たちは明日香たちとは別方向に駆けだしていく。


「さあ、負傷された方の搬送と、救急車が通りやすいように交通整理を!」


一方、別の災害現場では当主の近衛数麻呂が指揮を取りながらも、自ら負傷者に肩を貸し移送を手伝っていく。


「ありがとうございます」

「さすがは近衛家の方」


「テロリストなんかに負けないで下さい」


称賛の声を浴びながらも数麻呂は自らの手を休めない。


作業服が血と泥で汚れ、手が震えるほどに疲労したころ、やっと仮設テントに設けられた給水所に腰を下ろした。


「お疲れ様ですわ、お父様」


同じく身体を張って手伝いに当たっていた明日香。彼女が手ずから持ってきてくれた水を口に含み、一息つく。


「やはりお父様はすごいです。自ら現場に駆けつけて、指揮を執りながらも己の身体を張ることをいとわない……」


「そうか」


純粋で優しく、芯の強い娘は数麻呂の誇りだった。だが自分を見上げる娘の曇りなき瞳に危うさも感じる。


「明日香。私だけでなく、あの人を見なさい」


 数麻呂が指差した先には、でっぷり太った近衛家の幹部がいる。


同じように身体を張って手伝ってはいたが、その口から漏れる言葉は品がなかった。

はち切れそうな作業服に身を包んだ彼は、数麻呂の姿を認めるや荒い呼吸を吐きながら仮設テントに駆け付ける。


段ボール箱に入ったペットボトルの茶をがぶ飲みした彼の口から出たのは、うって変わって媚びるような声音だった。。


「社長、近衛家が真っ先に援助に向かったことで庶民からの評判も上々ですな。これで関連企業も益々安泰。グループの株価も軒並み上昇しています」


「そうだな」


数麻呂はその物言いを咎めることもなく、無表情で返す。


「おお、あまり休んでいると庶民どもがまた反発しますな。では私はこれで、作業に戻ります」


そう言って泥と血で汚れた作業着の袖をまくりながら現場へ戻っていく。媚びた声はなりを潜め、再び品性の欠片もない言葉が脂ぎった口元からとびだした。


「……ゲスですね」


娘が漏らした言葉に、数麻呂は厳しい視線を向けた。


「そのようなことはない。彼も真っ先に救援に向かっただろう」


「どうしてですか? わたくし、あのような男とお父様が同列などと思いたくはありません」


「同列だ」


ぴしゃりと言い放った父親の言葉に、明日香は気色ばんだ。


「どういうことですか?」


「私と彼がしていることに違いはない。まっさきにテロ現場に駆け付け、救援活動を行った」


「でも、父様には理想があります。彼にあるのは欲望だけです」


「理想に溺れるな。この惨事を引き起こした者たちにも平等な世の中を、という理想があったのだ」


 自分の思いを否定された気がした明日香だが、父親の理屈も筋が通っていてとっさに言い返す言葉が見当たらない。


「……少し、考えてみます」


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