人の心が読めるわけじゃないけど爆弾は解除できる

すらりと背が高く身の細い警官に案内された先。爆破されたビルとは別のビルのエントランス。


脇に観葉植物が置かれた受付にもエレベーター付近にも既に人はいなかった。


宗徳は観葉植物の枝をひと撫でしてから、奥の現場に歩を進めた。


天井裏につながる四角い穴にはしごがかけられており、はしごの下に運び出されたと思われる爆弾があった。施工業者にでも化けて設置したのだろう。


 映画で見るようなコードが起爆装置につながれ、複数の番号が書かれたダイヤルにつながれている。マンションでよく見る電子キーをそのまま転用した感じだ。


 よくある時限爆弾は爆薬に時計の針やキッチンタイマーをつないで電流を流して着火するけれど、今回はずいぶんと手が込んでいる。


 暗号を解読するには数学者の協力が不可欠だが、連れてくる時間が惜しい。コー

ドから伸びたタイマーの時計は既に五分を切っていた。


「ねえ、解除キーを教えてくれませんか? このままだと危ないですよ?」


 優し気に告げる宗徳と、その背後で見守る千佳にハゲ容疑者は目を丸くする。だがすぐにシニカルな笑みを浮かべて言った。


「け、上級国民の手先と政府のイヌに何言われたって吐かへんで。どう脅したって無理や。そん刀で脅したって、無駄や。指詰められても声一つ上げんかった男やで、ワイ」


 彼は四本指の左手を、これ見よがしに掲げた。千佳は少しビビるが宗徳は平然としている。


「それ、指詰められたってやつなの?」


 ハゲ容疑者は表情一つ変えない。すくなくとも、外見上は。


「嘘か」


 宗徳はそう断言する。深緑の制服の袖に、エントランスに飾られていた観葉植物の葉っぱが一枚ついていた。


その言葉にハゲ容疑者の目が見開かれる。


「それじゃあ、解除しますね」


 爆弾と起爆装置の周りを全員で囲み、宗徳だけが前に腰掛ける。その場にいる全員の目に宗徳の指が見える形になった。


 宗徳は番号式の電子キーの前で指をさまよわせる。彼の指が間違いの数字の上で止まるたびにハゲ容疑者は心臓が跳ねるように感じ、正解の数字で止まると胸をなでおろした。


 死は覚悟しているが怖くないわけではない。


 だが宗徳はなかなか指を押し込まない。時間は刻一刻と過ぎていく。ハゲ容疑者は宗徳のおとなし気な外観もあってか、再びいきりはじめる。


「け、所詮はったりや」


「これか」


 だが次の瞬間、宗徳は番号の一つを何のためらいもなく押した。

 引き金を引く寸前のように瞬時に張りつめた場の空気。すらりと背の高い警官は身を強張らせ、ハゲ容疑者は硬く目をつむった。千佳だけは余裕の表情を崩さない。


 爆弾には何の反応もなかった。


「まずは三、か」


 再び宗徳の指が電子キーの上でさまよう。空調の効いたビルの中でハゲ容疑者の額から汗が滝のように流れ、手のひらはじっとりと汗がにじむ。


「次は、五、七、九、十一、と。奇数で統一してるんだね」


だが宗徳は正解の数字をごく当然のように押し込んでいく。


 夕食に何を食べるのか。それと同じくらいの何気ない口調。やがて起爆装置から伸びるタイマーは、その動きを止めた。


「もう大丈夫でしょう。あとは爆発物処理班の方々にお任せしてください」


「は、はい!」


 背の高い警官は、何度かそういわれてやっと返事をした。胸元の無線で連絡をし始めたのを見届けて、宗徳は腰を上げる。


 うなだれていたハゲ容疑者は、ボツりと呟いた。


「お前、人の心が読めるんか」


「読めないよ。それなら『暗号の数字はなんだ』って聞いたはずでしょ?」


 根がインテリなのか、興味が一つのことに向くとそれ以外は気にならないのか。

駆けつけた警官に連行されながらも、ぶつぶつと宗徳の可夢偉を分析しはじめる。


「物体に触れることでそれにまつわる情報や感情を知るサイコメトリー? それとも過去知の能力やろか?」


 背の高い警官は、宗徳におののくようにして声をかけた。


「あなたは何者なのですか?」


「ただの、黒歴史いっぱいのガキだよ」


 誇ることも照れることもなく、宗徳はそう吐き捨ててビルを出る。

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