人格と経営者の腕が比例するとは限らない。
宗徳たちが現場に駆け付けるとそこは地獄だった。今川駅の周りは立ち昇る黒煙、ガレキで所々塞がれた道路、逃げ惑う人々であふれている。
だが上空には惨状もどこ吹く風と言わんばかりにマスゴミの撮影ヘリが飛び交っていた。
「ひどいさぁ……」
公安五課になってまだ日の浅い千佳が顔をしかめる。一方宗徳は外面上だが、ある程度平然としていた。
「すみませーん! 公安の者ですー!」
恐怖におびえる人々の流れに逆らいながら現場に近づくと、肥満した体を上等な仕立てのスーツに包んだ老害がパニクッていた。
「ああア! ビルが! 私の、私のビルがあ! おい、早く消火しろ! まったく、汚らわしい下級国民が。消火もまともにできないのか? 我々の税金で食ってる癖に、もっとしっかり仕事しろ」
「はい、すぐに」
消防隊員にツバ混じりの罵声で怒鳴り散らしているが彼らは言い返しもしない。嫌な顔一つせず作業をテキパキとこなしていく。
その様子を見ていた千佳が吐き捨てるように言った。
「同じ黒崎家でも、まふゆとはえらい違いさあ……」
「まふゆ?」
「昔の知り合いさあ。あんなデブハゲ、腹が立たないさあ?」
「クズみたいな上級国民でも、素晴らしい上級国民でも守らないといけないんだよ。任務に私情を挟んだらダメ。それに、あの人も自分のビルが爆破されて苛立ってるんだ。その気持ちも考えないと。普段は傲慢だけどやり手の経営者って聞くし」
「なんで、あんな奴かばうような言い方するさあ?」
千佳は吐き捨てた。
「誰だって、苦しくなればみっともない行動を取るし、後から恥ずかしくなることもある。黒歴史ってやつだよ。覚えはない?」
そう言われて、千佳は言い返すことができなかった。
「もちろん、僕にもあるからさ。黒歴史があると人にエラそうな態度が取れなくなるっていうか」
それからは会話もなく、犯人たちがいるであろう場所へと走っていく。
現場の中心に近づくにつれ野次馬は少なくなり、焦げ臭いにおいが濃くなっていった。
黒煙が一階のエントランスから噴き上がる、黒崎家所有のビル。庶民の金を吸って建てられたそれは、高級感あふれる大理石の外壁。
白く輝く壁は朝日を浴びて赤く染まり、黒煙がその威容を包み込んでいた。
警戒線が張られた中、青い制服に身を包んだ警官が忙しそうに歩き回っている。
現場の状況を聞こうとした宗徳たちに対し、その中の一人が顔をしかめつつ怒鳴りつけた。坊主頭で小柄だが、制服に包まれた腕は丸太のように太い。
「邪魔だ、ガキはどいてろ」
「ガキじゃないさあ」
千佳が深緑の制服と腰の刀を指しながらムッとする。
「公安五課だか知らないが、ガキはいつも甘い。信用できるか」
「なんなんさぁ、あの態度……」
「まあ、仕方ないよ」
公安五課は可夢偉を担当するという特殊な部署なだけあって、警察官にさえ詳しくは知られていない。「深緑の制服を着た怪しげな公安」くらいの認知度の警官も多い。
その警官から離れ、別の警官に声をかける。さっきの警官とは逆にすらりと背が高く、身が細い。
左胸の階級章を見るとさっきより階級が幾分か高い。公安五課のこともある程度知っているのか親切に答えてくれた。
「どうやら、複数の時限爆弾による爆破らしい」
「爆片を分析した化学班によると、肥料が使われていたそうだ。化学肥料の原料である硝酸アンモニウムや硝酸カリウムは、爆発物の原料になるからな」
「肥料で爆弾って…… 爆弾に転用しやすい肥料の製造は、原材料の調達からかなり規制がかかっているのに」
「原材料から化学合成した可能性もあります。よほど頭のいい、科学に通じた人間が協力しているのでしょう」
先ほどの警官とは打って変わって口調も丁寧だ。
通常の爆弾と可夢偉による爆破を合わせているという予測は当たりのようだ。
科学テロと聞き、毒ガスのサリンを製造した平成のテロリストをふと思いうかべる。
「おとなしくしろ!」
大声に振り向くと宗徳たちに厳しく当たった小柄な警官が、容疑者らしき男を一人確保していた。
彼は頭は禿げ上がり目の光は淀んでいたが、所作や細い指から頭の良さを感じさせる。
小柄な警官の丸太のような腕で肩を押さえつけられながら手錠されていた。
別の爆弾を仕掛けた、場所はわかっているが解除キーがわからないとのこと。
「吐かせるのに手間が…… いっそ」
その先を宗徳は押しとどめる。
「その男と一緒に僕を爆弾のある現場に連れて行ってください。解除して見せます」
「あぁ? ガキに何が」
小柄な警官が反論しようとしたところで、胸元の無線から何事かが聞こえてきた。内容を聞くと小柄な警官はたちまちのうちに顔をしかめる。
「ち。上からの指示だ。お前に任せろとさ。なんでこんなガキに……」
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