彼女は脆い。
公安五課のある桜田門駅から電車で一時間ほど行った郊外の墓地に、公安五課の制服を着た宗徳は来ていた。
樹齢百年を超える木々が立ち並ぶ並木道を抜け、霊園備え付けの水桶と柄杓を持って墓の前に来る。黒い墓石の前には既に花が供えられていた。
「日が重なったな」
墓石の前で手を合わせていた女性が宗徳に声をかけてくる。
薄いメイクでも際立つその美貌。スタイルの良さを強調するかのような、ぴっちりとした黒いスーツ。
宗徳の上司たる八重樫だった。第二資料室で会うときは乱れているそれを今は丁寧に着こなしている。
「どうしてここに?」
「私も法事があってな。近くまできたのでついでに立ちよったわけだ」
柄杓で墓石に水をかけた宗徳が、八重樫の隣に屈みこんで手を合わせる。
墓地を囲むように植えられた風に揺れる色づいた木々、清々しい秋の空気。
だが彼らとの最期の日は、決してこんな穏やかなものではなかった。
「こんなことを聞いても仕方がないが、もう大丈夫か」
「ええ。時々は思い出してしまうときもありますが、だいぶ慣れました。それより、八重樫さんこそ……」
「こんな仕事だ。同僚が殉職するなんて珍しくもない」
「でも、平気なわけじゃないでしょう?」
八重樫はその言葉に苦笑いを浮かべる。
「お見通しか。宗徳に隠し事などできるはずもないがな」
「命がけの仕事だからな。辛いことも多い。だが辞めたいと思ったことはない。
我々は国民の生命と財産を守る義務がある。それに、愛する子達のためにも国の平和を守り抜かないと」
八重樫はどこか照れくさそうに、自分の下腹部をそっと撫でる。
「ひょっとして……」
「ああ、三人目だ」
「おめでとうございます!」
八重樫の微笑につられるかのように宗徳の胸にも幸せが込み上げてくる。
自分が親になったときはどういう気持ちになるのだろうか。ふと宗徳は考えた。
「あと何か月かすれば産休、育休に入る。私が休みの間の引継ぎは前と同じだ」
「はい。彼なら大丈夫でしょう」
「そうだな。それより千佳やちづるを頼む。特にちづるは頭が良い分、脆い。彼女を支えるのはお前しかできない」
「……当然ですよ。そのために、もっと腕を磨かないと」
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