貧しき者たちの理想(笑)

 柴田は明日香のグループに入っていたが、このところ話の輪に加わらず一人でスマホを見ていることが多くなっていた。


真面目なタイプではあったが最近一層真剣味を増し、近寄りがたい雰囲気さえ醸し出している。


親交のあったクラスメイト達が声をかけているが、大丈夫、何でもないと突っぱねるだけだった。


柴田はあれから、町でチラシを配っていた牧師に会いに彼の教会に行っている。


牧師が毎週日曜日に開いている無料のお茶会に出席しているのだ。


はじめはただの興味本位だったし、牧師のトークが面白かったからスピーチなり将来の就職面接に役立ちそうと行っただけ。


宗教は胡散臭いと考えるタイプでもあり、ヤバいと感じたら話の途中でも出ていこうと考えていた。


だが牧師の話は想像とは全く違った。神も仏も、いわんや難しい専門用語さえ出てこない。


お菓子をもらいにきた子供ですらわかるように、かつ退屈でないように自分達の身の回りの話や体験談を語るだけ。


それなのに牧師のトークは皆を惹き付ける魅力があった。


歳も性別も、社会的地位でさえバラバラな人間たち。そんな彼らが教会の一室で牧師を囲み、分け隔てなく話に耳を傾ける。


自分の思い描いていた理想を見いだした柴田は、教会に足しげく通うようになる。


時間をそれほど経ることなく、柴田は教会の一員と化していた。


教会内部のお茶会の買い出しや人集めなどの雑務を任されるようになり、知り合いも増えた。


成績トップクラスなだけあって彼の語る化学や政治経済の話は同学年では受け入れられにくかったが、教会では牧師はじめ多くの大人が彼と討論ができた。


その手応えに、学園のバカと過ごすよりこっちのほうが居心地いい。とさえ柴田は考え始めていた。


だが教会内での付き合いが増えるほどに、いつの間にかクラスでの孤立を深めていく。


「ミスター・シバタ」


牧師が、お茶会で使うパイプ椅子の運搬を手伝っていた彼を呼ぶ。


年下に対しても、学校に行けず働いている子供に対しても牧師は穏やかな態度を変えることはない。


それが柴田が彼に心酔した理由の一つともなっていた。


「あなたも教会の中だけでなく、活動を外に広めてもいい時期ですネ」


数日後、教会そばの畑に柴田は連れていかれ、畑の近くにある工場に牧師の知り合いという大人たちが待っていた。


教会とは中世から自給自足のため畑を持つことが多く、この工場もその一環で建てられたらしい。


牧師は教会の運営だけでなく幅広い事業を手掛けており、この工場もその一環だそうだ。


「……新顔か」


「大丈夫なのか?」


「まあ牧師様の紹介だ」


今まで教会で出会った人たちより年上でどことなく思いつめたような雰囲気をしている。だが人当たりはよく、すぐに柴田は打ち解けていった。


「計画は順調ですカ?」


「はい、滞りなく」


「ただ、一点難しいところがありまして。化学に詳しい人間が……」


「だから彼ヲ連れてきたのでス。役立つでしょウ」


 肥料を作る工場らしく、牧師が大人たちと話をしていたが内容はよくわからない。


「新しき『同志』よ。貴方の働き、期待していますヨ」


教会とやることは基本的に変わらない。掃除とお茶くみがメインの雑用だ。


始めこそ彼らの思い詰めたような表情に戸惑っていたものの、共に働くうちに旧来の友人のように親しくなる。


「敬語なんていらねえよ」


「そう肩肘張るなって」


 年齢も経験も関係なく話に付き合ってくれる。

仕事終わりの夕食で、アルバイトとしての簡単な作業しかしていない自分と同じ席を囲み、同じものを食べる。


一流レストランの上級国民と場末の庶民との差などない。その姿に柴田は自分の理想を見た気がした。


その後、工場の内部に連れて行ってもらえた。金属の配管や科学実験で使われるような薬品器具が並ぶ中を潜り抜け、元素記号や数式が所狭しと並んだ書類、分厚いフ

ァイルが収められたかび臭い部屋へとたどり着く。


「これは、肥料の化学式ですか?」


「そうでス。さすがですネ」


「化学肥料の製造には厳重なチェックが政府や上級国民からもうけられていましテ。しかし上の判断と現場の状況が一致しないことはよくありまス」


「畑の状況もその目で見てねえくせに、よく言えるなって」


「そーそー」


 彼らの声のトーンがわずかに変わるが、柴田には気づかないほどの小さなものだった。

「それで、あなたにモ製造を手伝っていただきたいのでス」


「喜んで!」


 自分の力が認められたことが嬉しかった。初めて対等に話せる相手から、秘密を打ち明けられたことが嬉しかった。


 その日から学校さえサボり、柴田は彼らの活動に没頭していく。



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