柴田の変化

「最近はよー」


「ああ、マジで?」


 六時半を過ぎ、他の職員も道場に見え始めたので千佳は道具を片付けて自室へと戻る。


道着を脱ぐとつつましやかな胸とくびれた腰、いずれは子供を産む丸みを帯びたヒップラインがあらわになった。


汗で肌に張り付いた下着を苦労しながら脱ぎ、備え付けのシャワーで汗を流す。


 水滴をはじく自分の肌を鏡で眺めながら、千佳は初めて宗徳と手合わせした時を思い出す。あの時は千佳の剣は宗徳に掠りもしなかった。


自分は侮られたのだと思った。


群馬の田舎から上京して、家のコネを頼りにかち取った公安五課の職務。


だが与えられるのは後方の警戒や雑用ばかり。実力を改めて見せてみよと八重樫という美人の上司に紹介された対戦相手は中性的な顔立ちの優男。


剣よりも事務仕事が似合いそう、一見した印象はそれだった。


だが。


千佳を遥かに上回る剣捌きと読みの技術に、なす術もなく敗れた。


しかも負けたのは剣の腕だけではなかった。


「うん、太刀筋はかなりのものだね。今までの仕事も見てたけど、敵が少ない後方での周囲への警戒も、雑用の時の態度も申し分ない。八重樫さんに報告して、明日から前線の現場に立てるようにしておくよ」


今まで自分が不満だった仕事を行う姿も、しっかりと見てくれた。


この人と共に働きたい。千佳は強くそう願い、そして実現した。


形のいいへその下を撫でながら、千佳は誰にも聞こえないように呟く。


「いつか宗徳の……」


シャワーを浴びた後、千佳は制服に着替え宗徳とともに登校する。


今日も明日香のグループと一緒にお喋りに興じつつ、彼女の周囲を観察する。グループのメンバーも固定され、特に異常はない。


上級国民なだけあってちょっとクセのある子も多い。でも明日香や黒崎まふゆほどではないけれど、大体みんないい子だ。


「今度の試験の後のパーティー、どこにします?」


「帝国ホテルなんていいんじゃない? 定番だけど」


「いいですわね」 


こういう上級国民独特のノリにはついていけないけれど。打ち上げをパーティーと呼ぶ子なんて初めてだ。


願わくば、こんな穏やかな日々が続いてほしい。


「何あの会話……」


「俺ら打ち上げ自体できないっての」


「教室で言うんじゃない、って感じよねー」


 だが教室の片隅では、今日も上級国民ざまあの声が聞こえてくる。社会の分断は、教室の分断から始まるのかもしれない。


「そういえば、柴田って付き合い悪くなったよね」


 ふと明日香のグループ内で、柴田のことが話題にあがる。


「話しかけても上の空だし。SNSでも既読つきづらくなったし」


 以前は明日香のグループの話に積極的に加わっていたのに、今では見かけても素通りするだけだ。


そんな時にちょうど柴田が通りかかる。明日香のグループが集まっている一角を素通りし、自分の席に着こうとしていた。


「柴田さん」


 明日香が声をかけるが、柴田の返事はそっけない。彼女の宝石のように輝く瞳に見つめられても、感情を動かす様子がなかった。


「何かありましたか? 皆さん、心配されていらっしゃいます」


 彼女の声からは、本心から心配しているのが伝わってくる。


「なんでもありませんよ。最近は忙しくて……」


 だが柴田はわずらわしさすら感じられる声音で、明日香たちに背を向けてその場を離れた。


「し、仕方がありませんね。旧帝大入り確実といわれる柴田さんですし、勉学が忙しいのでしょう」


 だが翌日の小テストで、柴田の成績がはじめてトップクラスから陥落した。




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