自分はテロをせずにいられるだろうか。
「竹内さん! 示現さん!」
爆音を聞きつけた周囲の警官が爆心地へ向かうと、そこは地獄の様相を呈していた。
雑草が多い茂っていた地面には巨大な機械でえぐったような大穴が空き、周囲の森と小屋の壁にはちぎれた服や肉片がこびりついていた。
赤黒い肉片にえずくのをこらえながら警官は周囲の様子をうかがうと、生存者の声が聞こえてくる。
「私はここ~。いきなり自爆するなんて、あたおか」
爆心地からほど近い大木の陰にしゃがみ込んだ薫は、耳を抑えながら返事をした。左手には気を失った少女の服がしっかりと握られている。
「可夢偉の使い手だし、犯罪者と言っても証言は必要だしねぇ」
だが彼女と反対側の大木は爆風で焦げ目がつき、手りゅう弾の爆片が無数に突き刺さっている。
彼女の「美作久盛」はいわゆる瞬歩。跳躍により瞬時に距離を詰め、脇差でも太刀と戦える竹内流柔術の極意を表す可夢偉である。
「示現―、どこー?」
薫は大声で呼びかける。鼓膜が傷ついたのか、自分の声が頭蓋内で反響しているのが嫌に気持ち悪かった。
「どこー?」
自分の耳が聞こえないせいだと思った。
すぐ近くに示現がいるのに、声を聴きとれないだけだとそう信じていた。示現は公安五課の中でも屈指の使い手だ。どんな苦境からでも笑って生還する、そんな男だ。
暑苦しくて、うざったくて、面倒見がよくて。いつもうっとうしいやつだった。
薫は自分にそう言い聞かせながら、示現の名を呼び続けた。
「おう! お見舞いすまんでごわすな」
警察病院のベッドに横たわった示現が陽気な声で片手を上げる。
声と裏腹に、全身にまかれた包帯と天井から吊られた片足が痛々しい。
ベッドわきに薫が腰掛けて、林檎を丁寧な手つきで剝いていた。
「あ~、あんたらか……」
病室のドアを開けて入ってきた宗徳とちづるに、薫は声をかけるがまるで覇気がない。
逆に包帯の隙間から聞こえてくる示現の声のほうが元気があるくらいだ。
「大丈夫、じゃなさそうだけど…… 返事ができて良かった」
「心配、しました~。でも、思ったより元気そう~」
「うむ! 鍛え方が違うでごわすからな! これしきかすり傷でごわすよ」
「かすり傷じゃ、ないし。一歩間違えれば死んでたところだったって…… うちが、油断したせいで」
「なーに、稽古でも怪我はつきものでごわすからな!」
示現は明るく振る舞うし、それが本音なのだろうが、今はその陽気さがかえって薫を傷つけていた。
示現流可夢偉の奥の手、形無きものでも切り裂ける「早捨雲耀」。
それで爆風も熱も切り裂いたが、周囲の木々に跳弾した爆片が斬撃範囲の外から無数に示現の身体を襲っていた。
重傷を負ったものの手術で一つ一つ抜き取り、大きな傷は縫合して現在に至っている。
医師の見立てでは眼球に刺さっていなかったのが幸いし、可夢偉使いとしても復帰できそうだという。
「ちづる、そんな顔をするなでごわす」
「今回のことは、私の責任でもありますから~。相手の能力まできちんと探れてれば、こんなことには……」
「気にすることはないでごわす。何が起きるかわからないのが現場でごわすからな」
包帯の隙間から見える力こぶを見せつけるように隆起させるが、顔が曇ったのは明らかだった。
「ほら、無理しない」
薫がその腕を優しくつかみ、そっとベッドに戻す。
「もう、こんな仕事……」
「国民の生命と財産を守り、国を靖んずることがおいどんたちの仕事でごわすからな」
そう笑顔で言い切る示現を見て、薫はその続きを言えなかった。
示現の疲労が見て取れてきたので、三人は部屋を出る。病室の扉を閉めると、薫の目から一筋の涙が零れ落ちた。
「うちのせいで……」
いつも陽気でどことなくシニカルな薫がこれほどに落ち込むのは初めてだった。
ネイルアートははげ、髪もぼさぼさ、化粧すら数日していない顔は数日前とはまるで別人のようにやつれている。
「でも、あんな小さい子まで自爆テロに駆り立てるとか、マジでエデンってないわ」
「そうですね~、さすがに報告を聞いてドン引きました~」
薫とちづるは憤慨するが、宗徳は別の見方だった。
もし自分が同じ境遇に置かれれば、どうだろうか。学校にも行けず、たとえばゴミを漁って飢えをしのぐだけの毎日。
そんなことが続けば、自爆してでも一矢報いたいと思わないでいられるだろうか。
だが自爆テロをしたところで、その子やその子の家族が報われるわけでもない。
結果的に見ればエデンの武力として利用されただけだ。
「本当に洗脳っていうのは、怖いね」
そう呟くのが精一杯だった。
「うちが言える立場じゃないかもだけど…… 綺麗ごと言いながらあんなひどいことをする奴ら、絶対につぶして。マジお願い」
だが薫の涙ぐんだ瞳、握り締められた拳を見ているとテロに対する怒りがふつふつと湧いてくる。
「もちろんだよ」
「今度こそ~、汚名返上、してみせます~」
そう言って薫と別れ、宗徳とちづるはそれぞれの仕事場へと戻る。
「ごめんなさいね~」
ちづるは彼らの背中に向かい、誰にも聞こえないほどの小声で謝罪した。彼女にはエデンの情報を探る以外にもう一つ仕事がある。
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