牧師
解散となった後、近衛家の車で最寄り駅まで送ってもらうことになった。リムジンは四人で横に腰掛けても余るほどのスペースがある。
明日香をはさむように宗徳と千佳が座り、柴田が明日香と隣り合わせにならないよう宗徳が間に座っていた。
調査で問題がなくても、クラスメイトでも油断はできない。
殺人事件のほとんどは顔見知りによる犯行なのだ。
「さっきのこと…… 余り気にしないほうがいいよ」
「構いません」
宗徳たちの言葉に迷いもなくてらいもなく、明日香はそう断言した。
「私のような立場の人間は何をやっても、一定数非難する人が出てくるものです。でも私は施しをやめません。偽善とののしられようと、上から目線と石を投げつけられても」
「それが近衛家に生まれた者のやり方。何をやっても悪く言われるなら、自分の信念を貫くだけです」
柴田は、振動の全くない快適なリムジンの中でずっと俯いていた。
「あんたは、どう思うさぁ?」
「……」
「柴田さん?」
「あ、すみません。何の話でしたか」
「さっきのごたごたさあ。明日香は自分の意志を貫くってことだけど、あんたはどう思うさあ?」
「私は…… 明日香さんのように割り切れそうもありません。正直さっきのことは堪えました。善意でやっていたつもりだったのですが。そうは思われていなかったようですね」
柴田の思いつめたような声音。
「他に何か、できることがあればいいのですが」
あごに手をあてて考え込む柴田の表情に、宗徳は危うさを感じた。
「誰かのために、っていう思いは素晴らしいものだと思う。でも、例えば自分の財産を彼らに全部寄付するなんて考えないほうがいい。貧しい人を救うには全然足りないだろうし、君の家族がとまどい、悲しむだけだ」
「し、しませんよ」
お人よしが考える飛躍しがちな発想に、宗徳はあらかじめくぎを刺しておく。
「僕は用事があるから、この辺で」
駅前でリムジンが止まると、宗徳は駅とは反対方向へ姿を消した。都心部からやや離れているとはいえ週末の駅前は人でごった返している。
柴田を見送りがてら、明日香も千佳とともに駅を降りた。ちょっと豪華なお惣菜から服、さらに楽器や画材まで揃う駅ビルへ二人は歩を進めていく。
駅ビルは人が混雑しているためか、警官が通りで警護に当たっていた。通常の青い制服の警官から、深緑の制服に刀という公安五課の警官までいる。
そこかしこでデパートのチラシ配りや政治団体のビラ配り、それを監視する警官などでいっぱいだった。
だが刀を差しているからといって、市民は恐れることなくそばを歩いていく。
「時々深緑の制服の警官を見かけるけど、どこか違うのですかね?」
柴田がふと疑問を口にする。一般に公安五課とはこの程度の認識だ。
「そ、それは……」
「確か部署が違うそうです。交番のおまわりさんと、刑事ドラマで犯人と丁々発止する刑事さんは格好が違うでしょう?」
うかつなことを言えない千佳に、明日香がフォローを入れた。
「それもそうですね。しかし刀を差してああやっているのは庶民を威嚇しているようで、私はあまり好きになれませんが」
(ごめんさあ、そのお仲間がすぐ隣にいるさあ……)
千佳は小声で謝りながら、さりげなくその場を離れていく。
公安五課の制服にかけられた認識阻害の可夢偉によって、たとえ制服姿を見られていても柴田にはばれる心配はない。だが何となくきまり悪いものがあった。
そのまま少し行くと、雑踏の中でもひときわ目立つ人物が立っていた。
首元に白い詰襟がついた黒い長そでのシャツと黒のスラックス、肩から膝まで届く長い白のストールのようなものをかけている。
「神父?」
「いえ、あの法衣は牧師ですね。同じキリスト教系でも結構な違いがあるものですから」
目の前に立たれると、熊を思わせる大柄な体格だ。シャツから覗いた手首も首も、宗徳より二回りは太い。そのうえ海外の血が混じっているのか、顔の彫りが深く瞳の色が少し淡い。
「すべての人にその日の糧を。貧しき方々に、愛の手をお願いします」
笑顔を作ると、それだけで人を安心させるようなオーラがあった。
両手に捧げ持った真っ白な募金箱を突き出すのでも、強引に言葉で勧めてくることもない。昔の高僧や聖者を彷彿とさせる、洗練された立ち居振る舞いや声音。
寄付に応じるため明日香が近づくと、その顔を見て驚きを浮かべた。
「わたくしの顔に何か?」
「近衛家の方がこのような…… 光栄です」
「わたくしをご存じなのですか?」
「それはそれは。崇高な理念の会社なので有名ですし」
「いえ、喜捨といえこれだけしかできなくて……」
「ご寄付は金額でなく心のありようですよ。聖書にもあります」
そうは言っても牧師も上級国民筆頭である千佳に何か思うところがあるのか。千佳がその笑顔に違和感を感じたが、はっきりしたところはわからない。
宗徳ならわかるのだろうが、あいにくこの場にはいない。
「宗教っていうと胡散臭いイメージがあったけど、ああいう立派な人もいるのですね」
だが柴田にはわからなかったのか、警戒する様子もない。
「一枚、どうぞ」
去り際に牧師から差し出された、教会関連のチラシを疑う様子もなく受け取っていた。
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