金持ちのボランティアは上から目線の同情でしかない。

 数日後。明日香は宗徳と千佳を連れて泥まみれになっていた。


 鳥糞や牛糞の匂いが混じる土の中、ドレスも制服でもない簡素な服で悪戦苦闘。


 上級国民の面影は、獣臭さの混じる軍手からはどこにも感じられなかった。


「おっきいー」

「みてみてー」

「あすかおねーちゃーん、あそぼー」


 郊外にある、近衛家が出資する福祉施設の一つ。そこで運営するじゃがいも畑の一角。


明日香は無地のシャツに裾がほつれたジーパン姿で、泥まみれになって子供たちと一緒に芋ほりをしていた。


「はいはーい、おねえちゃんが手伝うからね」

「こら、女の子をいじめない。男の子でしょ?」


高層ビル最上階の高級レストランで見せた姿はどこにもない。人懐っこい笑顔と崩した言葉遣いで、子供たちに溶け込んでいる。


「……」


一人、明日香のことをにらみつけるような視線で見据える中学生くらいの男子がいる。


だが芋を掘る手つきや歩き方から見れば、本気でどうこうする意思はないようだ。


「これが、近衛家のお嬢様……」


 鎌を片手に芋の葉を刈っていた千佳は、不届きものがいないか目を光らせながらも呆然と見ていた。


「イメージと違う…… 名家の女子の休日は豪華な庭園で優雅なティータイムを楽しんだり、クラシックのコンサートをおほほと言いながら聞くものじゃ……」

「そんなことばかりしてたら、恨みを買うだろ?」


 芋を掘った後の土から掘り残しを探していた宗徳が、それにツッコむ。


「可夢偉使いがこんな土まみれ、肥料まみれになって…… みじめじゃないの?」

「いや。畑仕事も悪くない。それにまっとうな仕事をさせてもらえるだけありがたいよ。あ、芋発見」


 宗徳は指の先ほどの小さな芋を救いあげ、手持ちの袋に入れた。声音からは何の皮肉も諦観も感じられない。


 その姿をみて千佳もぼやくのを止めて作業に集中する。


今川王城学園からも一人、宗徳たちも見覚えのある人物が手伝いに来ていた。


名前は柴田真で、成績は学年トップクラス、旧帝大入りを確実視されていた。特に化学が得意中の得意らしい。

七三に整えられた髪に分厚い眼鏡。


芋ほりをするのに似合わない細身の体に白い指からは、勉強に人生を捧げてきたことがよく伝わってくる。


宗徳や千佳は公安五課から学園内にいる人間全ての調査ファイルを受け取っているが、彼に怪しいところはなく品行方正なタイプらしい。


官僚になれば学力からいってもキャリア組で、宗徳たちの上司になる可能性もあるだろう。


何気ない風を装って、宗徳は柴田に近づいていく。


彼の態度や仕草、口調、内に秘められた感情を決して見逃さないように。


「こんにちは。君も手伝い?」


「ええ。どんな人々とも同じ目線に立てなくてはと思いまして。机にかじりついているだけでは物事の一面しか見えません」


 柴田は眼鏡をはずして額の汗を腕で拭った。軍手は既に土まみれ、ズボンも同じ状態だ。


 内申狙いでボランティアに来る上流階級には適当にやるタイプも多いが、柴田はそういった類とは無縁らしい。


「但馬君は……」

「宗徳でいいよ」

「では、お言葉に甘えて。宗徳君はどのような目的で?」

「明日香…… さんに付き合って、かな。ボランティア自体そんなに熱心じゃないし、その時間はバイトに使いたいからね」

「そうですか……」


 宗徳と軽く目が合った柴田は、バイトに関してそれ以上話を振ってはこなかった。


「皆が勉学に、やりたいことに専念できる世の中が早く来るといいですね。もちろんアルバイトを否定してるわけではありませんが」

「わかってる。あ、友達が呼んでるから、ここら辺で」

「ええ。がんばりましょう」


柴田は軽く会釈した後、再び作業に戻った。


「どうだった、さぁ?」

「うん。純粋で、真面目で、誠実で」

「成績優秀、品行方正。まあ、よくいるタイプさぁ」

「少し影がある」



芋の収穫が終わった後、調理の時間となった。幼稚園~小学生低学年くらいの子たちに芋を洗ってもらい、それより年上の子たちに皮をむいてもらう。


それを明日香が薄切りにし、油を張った中華鍋に次々と投入していく。


網で千佳がすくいあげるころには、黄金色のポテトチップスが完成していた。


いただきますを待ちきれない年少の子たちが、盛られたお皿から少しだけつまみ食いをする。それを年長の子たちが止める。市販のものより厚切りのためサクサク感に欠けるが、揚げたてのホクホク感は手作りでなくては味わえない。


「いただきまーす」


 所々が裂けたベニヤ製のテーブルを皆で囲んで食事となる。


 皆が皆揚げたてのじゃがいもに粗塩を振っただけの料理を次々と口に運んでいく。


「なかなか、いけるさぁ」


 土いじりの最中には愚痴っていた千佳も、遠慮という言葉を無視するかのように次々に平らげていった。


「ほら、口の周りが汚れてますよ」


「おねーちゃん、ありがと」


「ほらあすかおねーちゃーん、わたしのあげる」


 明日香も保母に混じって子供たちの世話を甲斐甲斐しくやく。


 笑顔があふれるその中で、突如として空気を切り裂くような怒鳴り声がした。


「この、偉ぶりやがって!」


明日香をにらみつけていた男子が彼女に芋を投げつけてくる。


宗徳と千佳が難なく芋を受け止め、立ち上がって片手を懐の脇差にかけた。


だが高校生二人の視線と闘気にあてられてもひるむ様子もなく、その子は叫ぶ。


「上から目線で同情するんじゃねえ、この上級国民が!」


「な、なにを言ってるのですか……」


「何不自由ない暮らしができるご身分で、親の顔もろくに知らねえ俺たちの面倒を見るのはさぞ気持ちいいだろうな、ああ!」


 怪我をするような攻撃ではなかったもののさすがにこれは看過できない。


 取り押さえようと宗徳と千佳が一歩を踏み出した、その時。


 落ち着きを取り戻した明日香が流れるような所作で立ち上がり、宝石のような瞳を相手に向けた。


「みんな、困っていますよ?」


 穏やかな声で視線をゆっくりと巡らせる。


 芋を食べる手を止め、おびえたような目で子供たちは芋を投げつけた彼を見ていた。


「しゅーちゃん…… やめてよ」


 すがるような子供の声に、しゅーちゃんと呼ばれた子の怒りが急速にしぼんでいく。


 だがまだ、座ることも謝罪することもなかった。


「なんてことをするの! 謝りなさい!」


 顔色が青を通り越して真っ白になった保母が彼をとがめるが、明日香は微笑んだままだった。


「いいのです。彼の言うことも一理あります」


 彼女は散らばった芋を片付けてから席に着き、何事もなかったかのように食事を再開した。それにならい、明日香の周囲の子供たちも再び芋を口に運ぶ。


 ぎこちない空気が残ったものの、食事は再開した。


柴田は最後まで止めに入らなかった。


「彼の処分は、なさらないようお願いします」


 食事が終わったのち、明日香は園の代表者にそっと耳打ちする。

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