想いを寄せるボトラー

「長いね……」


宗徳たちは談話室で八重樫を待っていたが、三十分経過しても未だ連絡がない。


談話室はテーブルや観葉植物、自動販売機やコーヒーメーカーが置かれている。いわばインテリアな学生食堂や会社の休憩室のような作りになっていた。


談話室は道場とつながっており、刀を素振りしたり材木を重ねて作られた打ち込み台に竹刀を振るう同僚もいた。


「きええええ!」


「エーイ」


「……」


 刀を振るい、可夢偉を行使して仕事を行う公安五課には全国から多種多様な古武術流派が集められている。


流派ごとに多種多様な掛け声、基本の振り方、構え方一つ取っても特色があった。

談話室での会話は、仕事の話にはあまりならない。


任務の特性上守秘義務が特に厳しい公安五課では、同僚にすら仕事の詳細を明かすことは滅多にない。


 敵につかまっても拷問を受けても、知らなければ情報が漏れることはないからだ。


「昨日渋谷に美味しいスイーツの店ができてさ」


「今度スタバでフラペチーノ飲まない?」


 話題は必然的に、当たり障りのないスイーツや食事の話、恋バナとなる。


「今期の推し何?」


 アニメの話も多い。突如招集がかかることも多い公安五課では、旅行や遠出が難しく趣味は必然的に近場で済ませられるスイーツ巡りやインドア趣味に限られる。


 宗徳や千佳も似たようなものだった。


 だが隊員たちの話題に二人は入れない。宗徳と千佳が入室すると、一斉に好意とは程遠い視線に出迎えられるからだ。


目を合わさないのは序の口で、あからさまに舌打ちをする者、席を立って宗徳たちから遠ざかろうとする者までいる。ごくわずかな例外を除いて。


 ふと、二人の頭上の照明が遮られた。


「久しぶりでごわすな」


 ガチガチの薩摩弁で筋骨隆々の男が声をかけてくる。公安五課所属、示現流二十代目師範の示現巌だった。


「今回はうちの流派の者が迷惑をかけたそうでごわす。じゃっども、うちの門下生が鍛えなおしている」


「いいわよ、別に。面識があったわけじゃないんでしょ」


 可夢偉使いはまっとうな組織に召し抱えらえて働く者ばかりではない。太平洋戦争敗戦時の混乱で道を外れ、犯罪に手を染めたものも多数いた。


 そういった者たちの子孫、また修行途中で可夢偉という超常の力に魅せられ道を踏み外した者民間には数多くいた。


「ふむ。だが鍛えなおせばそこそこ使える男になりそうでごわす。では、そろそろ稽古をつけてやらねばならんので失礼するでごわす」


 そう言って岩のような体躯を公安五課の制服で包んだ男は退室していった。


 視線を巡らせていた宗徳は、やがて部屋の隅のテーブルで探していた相手を見つける。


机に突っ伏して、目の前にはエナジードリンクの空き瓶が数本転がっていた。


「つ~か~れた……」


 他の公安五課と違い、飾緒のない制服の上から白衣を羽織っていた。


 ぼさぼさの髪の毛に間延びする独特の口調。もとから癖っ毛なこともあって、髪型は頭が爆発したかのようになっていた。


 眼鏡の奥の瞳は色濃い隈が浮かび、現場に出た宗徳たち以上の疲労が見える。


 髪と身なりを整えればそこそこの美少女なのだが、今は徹夜明けのゲーマーのような雰囲気しかない。


 公安五課情報担当、溝口ちづるだった。


「昨日はありがとう」


 宗徳のその言葉に、表情がだらしなく緩む。


「ほんと、ちづる様様ね」


「いいってことです~。それが私の仕事だし~。現場で命張らない分、後方で命張らないといけませんから~」


 二人の姿を認めるや、笑顔で突っ伏していた顔を上げる。


 その拍子にテーブルの下でぶらぶらさせていた足が、何かにぶつかる音がした。ころころと転がるペットボトルを宗徳は拾い上げる。


 中には緑茶に似た色の液体が入っていた。宗徳の手に、ほんのりとした温かさが伝わってくる。


「あ~、それさっきしたやつだから」


 察した宗徳と違い、千佳はまだ頭に疑問符を浮かべている。


「どういうこと?」


 ちづるは千佳に顔を近づけ、手を口元に添えて呟いた。


「それに、入ってるの~、私のおしっこ~」


「冗談さぁ?」


「ほんとだよ~。昨日はずっと~、パソコンから離れられなくて~。それで仕方なく~」


 あとずさる千佳に対し、宗徳は表情を変えることなくペットボトルを手渡した。


「やさし~ね~。むねちーは。あの時から、ずっと~」


「まだ、ダメなんだね」


「そうだね~。狭い場所、まだやっぱり~」


 変態的思考でないことを察した千佳だが、黙って聞いていた。


「むねちー、これくらいのことに引いたり興奮したりしない~。すごいよね~」


「興奮はしないけど動揺はするよ……」


「あ、それって女として意識してくれてる? やったー、脈ありー」


 隈の浮いた目が細められ、口元にえくぼができる。白衣をまとったちづるの年相応の笑顔に、宗徳は甘い疼きを感じる。


「そろそろ八重樫さんが戻ってくるころだろうから、行くね」


 気恥ずかしさを隠すため、宗徳は強引に話題を変える。


「じゃあね~」


 談話室の扉が閉じられ、宗徳の姿が見えなくなってもちづるは手を振り続けていた。


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