勇者は魔王を倒した後、守ったはずの国民から追放される

「……」


 だが無言で教室に入ってきたのは、身目麗しい美少女ではなく黒スーツに身を包んだ男性。宗徳や千佳と違い素人目にもわかる体つきの違い、全身を包む刃のような雰囲気。


 肌を刺すような空気の中で平然としていたのは宗徳と千佳の二人だけだった。


 教室内を見まわした黒服が何らかのハンドサインを送ると、もう一人の瓜二つな黒服とともに女子生徒が教室内に入ってくる。


 彼女が上履きに包まれた足で歩を進めるたびに、教室内の空気が華やいだものへと変わっていく。


「皆さま、おはようございます。本日付でこちらの学園に転校することとなりました、近衛明日香と申します」 


「近衛さんはご家庭の都合でこちらに転校することになった。みんなも知っての通り、近衛家は日本有数の名家でな、事情を鑑みて護衛の人たちが付いている」


 先生の紹介とともに、護衛の二人が軽く頭を下げる…… ことはなかった。視線を教室の人間から一瞬たりとも離さず、常に彼女の周囲に気を配っている。


先日宗徳たちが救出した少女、明日香が深く頭を下げる。光沢のある黒髪がさらりと耳の横を流れ、ブレザーを押し上げる二つのふくらみが揺れた。


「急な転校で皆様にはご迷惑をおかけするかもしれませんが、本日からよろしくお願いします」


 そう挨拶して顔を上げると宗徳たちと目が合う。


目が驚愕に見開かれ、挨拶が一瞬止まるがすぐに元の調子に戻った。


「では、近衛さんの席は…… あそこか」


 先生は窓際から二列目、一番後ろの席を指さした。そこに明日香がスカートの裾を抑えながら行儀よく座る。その背後に二人の黒服が直立不動の姿勢で立った。


それから明日香は自分の隣、窓際の席に座っていた宗徳たちに軽く目配せする。


 長いまつ毛に彩られたつぶらな瞳に宗徳の胸が沸き立った。



「近衛さん、なんで転校してきたの?」

「カラオケいかない?」


「好きな食べ物なに? 今度一緒行こうよ!」


 ホームルームが終わるや否や、明日香はクラスメイトから質問攻めにあった。

 数十人の人間に囲まれているというのに、嫌な顔一つせず丁寧に質問に答えていく。

 宗徳と千佳、それにごく少数のクラスメイトはその輪に入らず、遠巻きに眺めていた。

「転校してきたのって」


「ああ、間違いなく昨日の事件が原因だろうね」


 質問の途中で明日香が口元を抑え、顔をそらしながら大きく口を開ける。


「近衛さん、あくび?」


「昨日、少々寝不足でして。申し訳ありません。はしたない真似を……」


「いーよいーよ。むしろほっとした。自分の部屋でもきれいに座って凛としてるイメージだったから」


「そのようなことはございませんよ。わたくしも小さい頃は部屋で寝っ転がってポテチを食べて、よく怒られていましたから」


 ふと、彼女が人懐っこい笑顔を浮かべる。


さきほどとは打って変わった、明るく庶民的な雰囲気。崩した言葉遣い。


そのギャップに教室内の九割が撃沈していた。


「ねえねえ、それでさー」


 戯れだったろう。ごく自然な、クラスメイトのスキンシップだったかもしれない。


 だがクラスメイトの手が明日香の肩に触れた瞬間、背後に控えていた黒服が刺すような視線を向けた。


「っ!」


 肩に触れたクラスメイトは、弾かれたように距離を取る。


 同時にあれだけにぎやかで、和やかだった明日香の周りの空気が明らかに白けていた。


「ご、ごめんなさい」


「明日香さんは近衛家の人だもんね、」


 そう言いながら一人、また一人とクラスメイトが彼女の周りから去っていく。


 数人はちらちらと明日香に名残惜しそうな視線を向ける。だが空気という圧力には逆らえずその場を去っていった。


「気にしていませんから。またお話ししましょう」


 明日香は寂しそうな顔をしつつも黒服をとがめることはない。


 彼女を囲んでいたクラスメイトや、明日香と黒服たちが教室を出ていくとほぼ同時。輪に加わらなかったクラスメイト達が談笑し始める。


「上級国民、ざまあ」


「孤独乙~」


 そのうちの一人がスマホを起動させ、画面をフリックした。


「『エデン』、今日も活躍してるね~」


「マジ? ああ、今日もデモか。上級国民のビル取り囲んで、出社できないようにしてるんじゃん」 


「上級国民くたばれ」


「ウチは…… エデンあんま好きじゃないしぃ。だってただのテロ組織だしぃ」


「誘拐とか、ちょっと怖くない? ああいうのはやりすぎだと思う」


「うちもー。上級国民だけじゃなく、下級国民までまきぞえにすることあるし。この前デモのせいで渋滞起こって、遊びに行くの遅刻したし」


「でもよ、上級国民に鉄槌下すのってスカッとするじゃん」


 そう言った会話を千佳は苦々しい表情で聞いていたが、宗徳は彼女を手で制する。


「宗徳…… 命がけで戦ってるのをあんな風に言われて、むかつかないさあ?」


「別に。ネット小説でもよくあるでしょ? 国民を命がけで守って魔王を倒した勇者が国民から追放される、なんていう展開は」


 涼しい顔でネット小説の更新をチェックしながら、宗徳は答えた。



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