第6話 格差社会

 可夢偉使いといえども無敵の存在ではない。


効かないのはあくまで飛び道具で、例えば爆発に伴う熱や破片、衝撃波への防御力は一般人と大差がない。


だからこそ先の大戦で「鉄の暴風」と表現される連合軍の圧倒的火力の前に、多くの可夢偉使いが散った。


宗徳を狙ったのは大口径の炸裂弾だった。


弾丸内部に火薬が詰め込まれており、命中と同時に爆発するようになっている。脳みそがはじけ飛び、頭蓋骨が粉々になるほどの威力が。


あるはず、だった。


「びっくりしたよ…… 狙ってるのは『知ってた』けど、まさかこんなものを使うなんて。可夢偉使いに対する対策も、バッチリか」


「いったい、何をしただ……」


「いや、剣先で弾丸を受け流したんだけど」


 首の後ろで振るわれた彼の刀の横腹から、闇に浮かぶ雲のように煙が立ち上っていた。


「だっども、弾き飛ばされた弾丸はどこに行ったんじゃ」


「ああ、あそこ。って言ってもその姿勢じゃ君には見えないか」


 宗徳が指さした隣のビルに茜色の光が見えた。


 LEDの明かりとは違う、揺らめく炎の明かり。


 エデンたちが潜ませていた狙撃手のいる場所に、寸分違いがなかった。


「もう大丈夫」


彼は千佳にそう語りかけると刀身を懐紙で拭い、汚れを拭きとった後再び黒鞘に納めた。


 さっきまで勝ち誇っていた無精ひげが声をひきつらせる。


「どうやって、かわしたじゃ? 勝利を確信した後が最も隙ができる。しかも完全に死角からの攻撃だったというのに」


「それは秘密」


 宗徳は何事もなかったかのように言う。


「そうださぁ。宗徳の可夢偉はすごいんださぁ!」


 その直後、月が昇ってきたためか室内にも月明かりが差し込み、はっきりと宗徳の顔が見えるようになる。


 この事も無げに切り札を打ち破った少年がどんな顔をしているのか。無精ひげの三宅は動かない手足の代わりに首を回し、額の血を地面で拭い、宗徳の顔を確認しようとした。


 中肉中背の姿に似合わぬ、鬼のような形相か。


 はたまた古の剣豪のような、澄み切った微笑を浮かべているのか。


 だが宗徳の顔は、そのどれとも違っていた。


 中肉中背の体格にどこかぼんやりとした目つき。刀を振るっているというのに穏やかな印象で、目元もあごの形も柔らかな曲線を描き、全体的に中性的な容姿だ。


 だがイケメンでもブサイクでもない。こざっぱりとした髪、清潔感はあるものの人目を引く目鼻立ちではない。


 町で人込みにまぎれれば、真っ先に見失うタイプだろう。


「ごめんね。助けが遅くなって」


 千佳が刀の鞘が地面とこすれないようにしゃがみ込む。それから人質の女子を戒めていたさるぐつわとロープを、丁寧に解いていった。


さるぐつわを噛まされていた頬はくっきりと跡が残り、縛られていた手足も同じだ。加減を知らない素人が締めたのか、手足の先端がうっ血して蒼くなっている。助けるのがもう少し遅かったら手足の先端が壊死していたかもしれない。


戒めを解きながら、千佳は少女に対し違和感を覚え始める。


 一方宗徳は倒れた男たちに簡単な手当てをしてから手持ちのロープで縛り、身動きできないようにしていく。


『ちづる、状況終了だ。後始末の手配よろしく。それと向かいのビルにもう一人。意識なし』


『任されました~』


 インカム越しの会話が終わるのを待っていたかのように、やがて人質の少女はゆっくりと立ち上がる。

 

 上体を屈めることなく流れるように立つその様は、血と汗の匂いただよう廃ビルの中というのに気品があった。


 それから宗徳、千佳の目を一人ずつ見てからゆっくりと頭を下げた。


「この度は助けてくださり、ありがとうございました。すでにご存じでしょうがわたくし近衛家長女、近衛明日香と申します」


 近衛家。少子化と百年近い不況のこの日本で、いまだ財と名誉を増やし続けている名家中の名家だ。


 宗徳は明日香の顔を改めて見た。非常灯の下でも輝くような黒髪と、つぶらな両眼、長いまつ毛。


立ち上がって初めて分かった、小柄な千佳よりも背が高く男子である宗徳よりも背が低い、女子として平均的な身長。そして抜群のプロポーション。


 純白のワンピースという典型的なお嬢様の服装をしていたが、ゆったりとした生地を押し上げるかのような大きな二つのふくらみと、異性の姿勢をひきつけてやまないだろう蠱惑的な腰の形。


 身分など関係なく求婚者が後を絶えないだろう。

「こんなところでも格差……」


 千佳が自分の胸部を撫でたので、宗徳はさりげなく視線をそらし倒れた男たちに目を向けた。


「ねえ」

 千佳の声に怒りがにじんでいたので、宗徳はその原因を体格格差のためかと思った。


 だが彼女は刀に手をかけ、ワンピース少女を切れ長の瞳で油断なくにらみつけている。


「ど、どうされたのですか?」


 明日香のつぶらな瞳に始めて恐怖が宿る。


「なんで、あれだけの惨劇を見ておっかなくなさぁ? 私たちが今まで助けた人たちは、パニくって泣き叫ぶか隅でガタガタ震えているかだったさぁ。でも、あんたの反応はそのどれとも違う。武道や格闘技好きな女子でも、実際の戦いには目を背ける者が大多数さぁ」


「ああ、そういうことでしたか」


 だが明日香は得心がいったかのように手のひらをポンと叩いた。

「こういったことは、初めてではないので…… 助けを信じていましたから」


「それで納得しろっていうさぁ?」


「多分本当だと思うよ」


「さっき千佳から殺気をぶつけられた時は、本当に怖がってたから。グルとか自作自演だったら、ああはならない」


「まあ、宗徳が言うんなら間違いないだろうさぁ……」


 千佳は刀の柄から手を離し、明日香に頭を下げる。


「悪かったさぁ。気が立っていたとはいえ、失礼だったさぁ」


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