第5話 奇襲

 だがその刀身は宗徳や千佳のものと違って錆が浮き、柄も滑り止めの柄糸がほつれてボロボロだった。


「やるだな」


 錆の浮いた刀を蜻蛉に構え、じりじりとにじり寄ってくる。


 蜻蛉の構えとは刀を左右どちらかの肩に担ぐ示現流独特の構えで、剣道の八相の構えの変型版に近いだろうか。


「お前らの戦いは、すべて見せてもらった。逃げるなら今のうちだじゃ」


 可夢偉使いには一子相伝の技があり、それは敵の可夢偉使いも同じ。


 刀を構える姿に、さっきまでの相手と段違いの圧力を千佳は感じていた。一見隙がない。


 いきなり自分が戦わず、まず手の内を探ろうとする。見た目と違って慎重なタイプらしい。


「く、くく……」


 だが千佳は笑いをこらえきれなかった。


「何がおかしいだじゃ。気が狂っただか。それとも、訛りが変だか?」


 筋肉男の語尾がすぼまり、声が小さくなる。見た目と違って繊細なタイプらしい。


「いや、あんたの構え、劣化コピー丸出しさあ」


「公安五課の中にも、示現流の使い手はいるさぁ。目の前に立たれただけで、富士山を相手にしてる威圧感があったさぁ。でもあんたのは富士山どころか、はげ山」


 千佳が手入れされた爪で無精ひげの上の禿げ頭を指さし、嗤った。


「貴様らあっ!」


 無精ひげの蜻蛉に構えた刀を持つ腕が筋肉で隆起し、倒れ伏す味方を足蹴にしながら全速力で突っ込んでくる。


 確かに速いし、障害物がある床を走る動きにも淀みがない。


「挑発に乗る時点で、バカさぁ」


 千佳が刀を横凪に振るい、「春燕」による不可視の刃を飛ばして脛を切ろうとする。だが切られたのは無精ひげの味方。


 まっすぐに突っ込むのでなく、足元に転がる味方を盾にしながら走ってくる。


 盾でかわせなかった分は飛び上がって防いでいた。何度千佳が可夢偉を使っても、無精ひげには傷ひとつついていない。


 やがて千佳の一歩手前までせまってくる。だがそれでも彼女は余裕の笑みを崩すことはなかった。


 今までよりも構えを低く取り、地に切っ先がこすれるほどに腰を落とす。


「『春燕空巣(しゅんえんくうそう)』」


 今度は脛でなく面に向かい放たれる、千佳の可夢偉。不可視の刃に対し無精ひげは蜻蛉の構えから初めて刀を振り下ろす。


「示現流可夢偉、『早捨(はやすて)』」


 早捨なる可夢偉は宗徳も千佳も聞いたことがある。兜でも鎧でも、タングステンの砲弾でも一刀両断にする示現流の可夢偉。


「今までの攻撃から、攻撃の届くタイミングと方向はつかめたじゃ」


 その言葉の通り、無精ひげの振り下ろした太刀は千佳の可夢偉と衝突する。劣化コピーと言えど二の太刀要らずの示現流であり、無精ひげの刀には手ごたえすらなかった。


「もらっただ!」


 不可視の刃を切り裂き、その勢いで千佳の面を断ち切らんと無精ひげは前足をさらに踏み込んだ。

 膝が地面につくほどに深く腰を落とし、全体重を乗せた一撃が千佳に迫る。


「ひでぶっ」


 だが断ち切ったはずの不可視の刃が無精ひげの面を切り裂き、その衝撃で踏み込みの勢いを殺されて後ろにのけぞった。


 とどめとばかりに両手足を切り裂かれ完全に戦闘能力を奪われる。派手に仰向けに倒れるその様はまるで格ゲーの敗者のようだった。


「私の奥の手の可夢偉、『春燕空巣』は物体をすり抜ける不可視の刃を飛ばす技さぁ。あんた風情が破れるとでも思ったなら、とんだ侮辱さあ』


 相手を倒しながらも切っ先を突き付けたまま残心の姿勢を取り、油断なく注意を配る。


「やるね……」


 無精ひげ以外の戦闘員をすべて倒して二人の戦いを見守っていた宗徳が、ぼそりと呟く。

 窓から入り込んできた木の葉を弄びながら月明かりの差し込む窓を眺めた。


「やるだな」


 額から血を流し目を開けられなくなった無精ひげ。倒れたまま、ヤニで汚れた歯を見せつけるようにして笑った。


「だども可夢偉は敗れても、それ以外はどうだな?」


 部屋に先ほどとは比較にならない、大音量の銃声が響く。


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