第4話 無精ひげ

 深緑の制服を身にまとい、刀を腰に差した宗徳と千佳。


 彼らは警察の組織の一つである「公安五課」に務める公務員だった。国家体制を脅かしうる集団を取り締まる組織を公安と呼び、彼らはその末端に配属される。


太古よりミカドが治めるこの日本では、「可夢偉」と呼ばれる力があった。当初陰陽師が独占していたその力は、源平の合戦や応仁の乱で野に流れ、やがて忍者が主な使い手となる。


戦国の世で活躍した彼らは太平の江戸時代で隆盛した剣術柔術道場に潜り込み、武術に可夢偉の力を融合させた。明治維新でいち早く可夢偉使いを取りこんだ長州薩摩は明治維新を成し遂げ、戦争の時代には主に斥候やスパイとして活躍することになる。


だが太平洋戦争の敗戦で多くの使い手が失われ、今やごく少数の使い手を残すのみとなる。可夢偉使いの活躍も表舞台からは姿を消した。


だが国が荒廃し、残った可夢偉使いの中には野に下り悪事に手を染める者も多く出た。


「可夢偉使いには可夢偉使いってね。あんたらみたいな悪党の可夢偉使いを成敗するのが警視庁所属『公安五課』の仕事さあ」


 千佳の自尊心に満ちた言動に対し、彼らの一人が吐き捨てるように呟く。


「黙れ政府のイヌが。上級国民のイヌが」


 警官や公安の職員は政治家や官僚、財閥など上級国民の指示に従って動くことも多い。そのため国民の一部からひどく忌み嫌われていた。


 再び銃弾が放たれるがまたしても千佳を包む被膜に阻まれ、弾丸が床に転がる。


 可夢偉を使用する際の「気」の余波によって、可夢偉使いには銃弾をはじめとする飛び道具が一切効かない。


 刀を抜いた千佳は腰の高さに鈍色の光る刀身の切っ先を合わせた、下段の構えを取った。


 陰陽師や忍者の後裔である可夢偉使いは数多の流派に分かれ、流派ごとに伝えられる一子相伝の技がある。


室内の男たちも一斉に武器を構え、千佳の抜刀に応じた。


 ほとんどが鉄パイプ、バットといったたやすく手に入る武器だが、一人だけは宗徳や千佳のように刀を構えている。その男は無精ひげに薄汚れたデニム生地のベストを羽織い、生地からはみ出した腕は非常灯の明かりでもわかるくらいに筋肉が隆起していた。


「三宅さん、やっちまいますぜ!」


「頼んだぞ、三宅。こういう時のために『可夢偉使い』に高い金を払っているんだ」


「任せとくだな」


 その言葉を皮切りに男たちから一斉に咆哮が響き、千佳にとびかかっていく。


非常灯と窓からの月明かりの下で彼らは闇夜に獲物に襲い掛かる猟犬のように見えた。


 彼らは体格が一見華奢だが男子である宗徳よりも、女子である千佳を与しやすいと見た。


 だがその考えはすぐに間違いだったと思い知ることになる。


「柳剛流可夢偉、『春燕(しゅんえん)』」


彼らが味わったのは女をいたぶる快感ではなく、脛を襲う激痛。


 千佳が下段に構えた刀を空中でふるうたび、彼らは一人、また一人と倒れていく。はた目には少女が構えた刀で足元を草刈りでもしているようにしか見えない。


 だがそのたびに刀の間合いのはるか外にいるはずの男たちは脛から血を流し、のたうち回って暴れていく。


千佳が刀を奮うたび、腰の柿色の鞘が蝶のように舞い、左右の黒いツインテールが従者のように従う。それは闇夜の下に行われる舞踏のようで。


縛られて地面に転がった女子が見惚れるほどに千佳は美しかった。


もう一方の可夢偉使い、宗徳も活躍していた。


千佳が刀を振るうのに邪魔にならないギリギリの間合いで黒鞘から抜いた刀を振るう。千佳の可夢偉をかいくぐり、接近しようとした相手の小手や膝を打ち、無力化していく。


たとえ千佳が自分の死角にいたとしても、刀を振るう手には一切の力みがない。


円を描く巧みな体捌きで敵の死角に回り込み、柔らかな剣捌きで攻撃を流していく。


まるで流れる水か、一本の羽毛が人の形をとったかのような動き。


 ほとんどの相手は一撃で意識を失うが、倒れてもまだ口が開く相手が一人だけいた。


「一つだけ、教えてくれ」


「なに? スリーサイズとか言ったら、こ〇すさぁ」


 彼は少しずつはいずり、千佳の足もとにまで近づいていく。


「なぜ、上級国民など助けに来る」


「人を助けるのに理由なんていらないさあ。てかこのスケベ! 女の敵」


 スカートに隠されたおみ足を目に焼き付けようとした男の頭を、彼女は柄で殴りつける。公安五課では女性の制服はズボンかスカートかを選べるようになっており、千佳はスカートを履いていた。


やがて彼も意識を失い、立っている相手は無精ひげの筋肉男のみになった。

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