第3話 銃弾

 ビルの中は蜘蛛の巣が非常灯の明かりに煌めき、埃が雪のように積もっていた。

出入りする人間が複数なのか灰色の雪を大小の足跡が踏み散らしている。


 足跡の向きや埃の積もり具合でここ最近頻繁に人が出入りする方向を見極め、二人は足音を消しながら進んだ。


 忍び足でも一般人が走る以上の速度。やがて最上階、エレベーターから最も離れた部屋にたどり着いた。


 ハンドサインで侵入の合図を出した宗徳に対し、千佳は柿色の鞘を抑えながら頷く。


 金属がきしむ音をあげながら扉を蹴り飛ばすと、十人近くの野太い声の出迎えを受けた。


「なんだテメエ」


「何もんだ! 俺たちは『エデン』の手のものだぞ」


「三宅さん、侵入者ですぜ」


 中央にローテーブルを挟む形で据えられた革張りがあちこち敗れたソファー。


書類のほとんど入っていない金属のラック。


上座にあたる方向の壁には引き裂かれた社訓、その下に重役が使うであろうデスク。


この会社が存続していたころには、社長室だったのだろうか。


廃棄されながらも未だ気位を匂わせるこの部屋は、ならず者のたまり場と化していた。


そして部屋の隅には、さるぐつわを噛まされて両手足を縄で縛られた少女が転がされていた。


「んー、んー」


 少年たちを連中の仲間だと思ったのか、一瞬パニくった表情をする。


「怖かったでしょ? 助けに来たから」


だが宗徳の言葉を聞いて、端正な顔が希望に彩られる。


夜目にもその少女は目立って見えた。窓から差し込むわずかな明かりの下でも、輝くように艶のある黒髪。つぶらで宝石のように輝く両眼を彩る長いまつ毛。鼻は黄金比というか、絵に描いたように美しい角度で顔の中央に位置している。頬は薄絹に包まれた果実のような赤みを帯びていた。


「……なに見惚れてるさぁ」


千佳は肘で宗徳を軽く小突く。鍛錬を怠らないその当身はアバラを的確にとらえ、

宗徳は軽くせき込んだ。


「ん、んん!」


「余裕こいてんじゃねえぞ」


 宗徳と千佳に向かい、ならず者たちが銃弾を浴びせる。威嚇のつもりなのか銃弾は二人の周囲に当たっては跳ねるだけだった。


「宗徳、どうさ?」


「ここ以外に、殺気立った人間のいる感じがしない…… あの子が偽物で『エデン』の仲間っていう線もなさそうだ」


「つまり、あいつらぶちのめしてあの子を助ければ状況終了ってわけさぁ?」


「なめやがって…… ぶち殺せ!」


「やれるなら、やってみるさぁ」


 千佳は切れ長の瞳をさらに細め、柿色の鞘にかけた左手の親指で柄を押し、鯉口を切る。


 鞘から一瞬で抜き放たれた刀身が明かりの下にさらされ、ならず者の視線が集まった。動揺が感じられたが、それも一瞬のうち。


「ハッタリだ。やれえ!」


 同時、十に近い銃弾が少女の眉間めがけて吸い込まれていった。


 少女の頭蓋骨が割られ、血の噴水が夜空に弾ける。


 彼女の正体を知らない者ならだれもがそう予測しただろう。だがその予想は裏切られた。


 銃弾の到達と同時、少女の身体がうっすらとした被膜に包まれる。闇夜に浮かぶ霧のように薄い。音速を越える銃弾は頼りなげな被膜に衝突した。


 だが八グラムの金属の塊は瞬時にその運動エネルギーを奪われ、重力に引かれてコンクリートに転がった。澄んだ音が銃撃音に混じり、部屋に響く。


 宗徳にも同数の銃弾が撃ち込まれるが、結果は同じだった。



「てめえら、可夢偉使いか」

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