第2話 仕事

 時と場所は変わり、二陣の風が暗闇を疾駆していた。


 駅ビルから続く歩道橋から道路へと飛び降り、紙のように細いガードレールの上を苦も無く走る。


 街灯の明かりに一瞬だけ照らされ、二つの影がうすぼんやりと見える。一つは制服をまとった中肉中背の少年。


警察官の制服に似ているが闇に溶け込むような深緑を基調とし、同色の制帽を被っている。旧帝国陸海軍参謀のように金色の飾緒が肩から胸元にかけて垂れ下がっていた。


 もう一つは同じ制服をまとった少女だ。背格好は少年より一回りは小さい。


 長めの黒髪を左右の高いところでくくり、切れ長の瞳は油断なく夜の街を見据える。

 二人とも腰のベルトに刀を差していた。少年の方は光沢の消された黒塗りの鞘に同色の柄、少女の方は朝日や夕日に溶け込む柿色の鞘と柄。


 まだ夜も更けていない都会の街には、スーツ姿のビジネスパーソンが鞄を手に帰りを急いでいた。彼らに声をかける飲食店の客引きには年端もいかない子供も多い。


「きて、ください」


「今ならセール中、です」


 大の大人に声をかける彼らの腰くらいの背丈しかない子供たち。 臆しながらも声をかけ、ビラを配っていく。


 ビラを配るのも、彼らに混じり道の清掃を行うのもすべて子供だった。


 顔を曇らせるものの深緑の制服をまとった少年少女は足を止めることはない。


 少年だけは走りながらも道端の街路樹や植え込みに軽く手を触れていた。


「どうさあ、宗徳?」


「うん、問題ないと思う…… と」


 少女の会話を軽く手で制すると、少年は耳元のインカムを抑えた。


『対象の住所は~、さっき送ったデータ通りです~』


『ありがとう、ちづる。こっちでも確認してる。残滓が残っているので間違いないと思う』


 インカムの向こうの相手に返答しつつ、少年たちは腰の刀を抑えつつさらに歩を進めていく。


 梢から舞う落ち葉が頬に触れるたび、表情がひときわ真剣なものとなった。


 少年より頭一つは身長が低いのに、少女は遅れることなくついていく。走るたびに左右の高い位置でくくった髪、通称ツインテールがたなびいた。


 少女の耳にもインカムが装着されており、入ってくる情報に不敵な笑みを浮かべている。

 少年の名は但馬宗徳、少女の名は柳剛千佳といった。



『ここからはあなたたちの仕事です~。気を付けて~』


『うん。ご苦労さま、ちづる』


 大きく息を吐き出すのがインカムの向こうから聞こえた。お礼を言いながら宗徳と千佳は視線を前方に向ける。


「あそこだ」


 二人が足を止めた先、闇夜に浮かび上がるようなくすんだ灰色のビルがあった。


 無数にヒビと裂け目が入った窓ガラスは修理された様子もなく、ガムテープで応急処置が施されているだけだ。


 繁華街から遠く離れた一角は人通りもなく、車が行きかうこともない。


 猫やカラスすら見当たらず、時折風に吹かれた落ち葉が足元で音を立てるだけだ。


 だが明かりの一点もない闇に溶け込むようなビルからは犯罪の香りがして。それを中肉中背の少年、宗徳は誰よりも強く感じ取ることができた。


 二人は裏口に回り込み、腰の刀を抑えながら入口の前で膝をつく。入口を閉ざしている扉はさび付いてペンキがところどころはがれていた。


扉は旧式で、ドアノブが円形で鍵の形がギザギザしている。


「ピンシリンダーか」


 非常口を示すわずかな明かりの下、鍵穴を凝視して。宗徳は腰の刀からゆっくりと手を離した。代わりにポケットから片方の先端がくの字に曲がった細い針金を取り出し、鍵穴に差し込む。


「……いつも思うけど、まるでコソ泥さぁ」


宗徳の姿に千佳は切れ長の瞳をゆがめた。


「まあ、そうだけど。僕の『可夢偉』じゃ示現みたいに扉を切るなんて芸当は無理だし。昔取った杵柄を利用できるならしたほうがいい」


だが彼は意に介した様子もなく、慣れた手つきで針金の形状を鍵穴に合わせていく。宗徳の声は腰に刀を差し夜に廃墟に突入する人間とは思えないほどに大人しい。


「何を言ってるさぁ。宗徳の『可夢偉』は唯一無二の力。荒事に向かんだけで。私を一方的に下したその力を卑下するのは、私への侮辱さぁ」


独特の方言でしゃべる少女の声に、少年は落ち着いた声で答える。


「そうだね、気を付けるよ」


やがてカチリという解錠の音が夜の街にわずかに響いた。


「じゃ、突入しようか」


 宗徳と千佳は音がしないよう配慮しながら、扉を開けていく。

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