第31話

 烏は空を見上げていた。

 青すぎる世界に、どうしようもなく焦がれる。

 そんなことが許されるはずないのに。

 大空を我が物顔で飛び回る白い烏は、いつの間にか飛ぶのをやめて同じ檻の中で眠っていた。

 満足した。寝顔がそう語っているみたいだった。

 代わりに別の烏が空を駆けていた。

 真っ黒で、自分と何ら変わりないのに大きな翼で、自由に。

 多分、隣の檻にいた烏だ。

 どうして、檻の外へ出ようと思ったのだろう。

 違う。

 どうして自分たちは檻の中へ入ったのだろう。

 元々、みんな空を駆けていたじゃないか。今でも、空を見ると羽が疼くというのに。

 黒い烏は毎日、目の前まで来た。

 そして、毎回言うのだ。


「こっちに来て、一緒に飛ばないかい?」


 無理だ。そんなことは許されない。

 烏も毎回同じことを言った。


「空からの景色は最高だからさ。もったいないよ」

 

 知っている。


「傷つけたくない……」


 何度も願った思いが、口から零れる。


「誰も傷つかないよ」


 背後から声がした。

 振り向くと、やっぱり白い烏は眠っている。けれど、絶対に白い烏が言っていた。

 胸が痛い。

 いっそのこと張り裂けて、無くなってしまえばいい。

 そうすれば、この檻は白い烏のものになるのに。

 でも、白い烏はつまらないよって言うはずだ。

 だって、自分がこんなにもつまらないと思っているんだから。


 錠のかかっていない扉が、軋んだ音を立てる。

 惹かれた。

 どうしようもないほど高鳴る鼓動が、自分のものか、白い烏のものかわからなかった。

 いつか、檻の外へ出れる日が来るのだろうか。

 もう一度仰いだ空は、鮮烈に輝いていた。

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