筒抜け

タヌキング

家に帰れば愚痴ばかり

「ただいまー、ふぅ。」


我が家であるボロアパートの一室に帰って安堵する私。

最近何か言う度に溜息が出る。それが最近の牧野 美和子(まきの みわこ)の口癖である。

家に帰っても溜息ばかり出てしまうのは今が深夜の二時であるからだろうか?毎日当然の様にサービス残業させられ、今日なんか休日出勤だったのだ。

まさか自分がブラック企業なんかに勤めるとは夢にも思わなかったが、勤めてみると本当に笑い方を忘れてしまう。

だから時折、口角を上げて鏡の前で笑顔の練習をするのである。

自分でもこれは末期症状なんじゃ無いかな?と思う。21歳のうら若き乙女なのに彼氏は居ないし、出来る予定も無い。友人から合コンのお誘いがあっても、残業が当たり前のブラック企業では時間を合わせることは叶わず、合コンを見送るしか出来ない自分が悲しい。


“ピピピッピピピッ”


カップ麺の出来たことをアラームが知らせてくれる。もう腹が減って死にそうだ。低賃金なので外食することも出来ないし、料理をする気力も無い。ないない尽くしで頭がおかしくなりそうである。


“ズルズル”


ラーメンをすすりながら私は驚愕した。味がしないのである。

とうとう味覚まで無くなってしまったのか?と愕然とした気持ちになったが、そもそも粉末スープも液体スープも入れ忘れていたことに気が付いた。もう美和子は本当にドジなんだから♪

ラーメンを食べ終われば、もう後はシャワーを浴びて就寝である。

シャワーは良い、汚れも洗い落としてくれるし、止めどなく流れてくる涙も流してくれる。疲れは全く落ちないけどね。

シャワーが終わり、髪を乾かして、可愛いキャラ物の柄のパジャマに着替え、ベッドに入る。そうしてウサギの縫いぐるみを抱けば、ぐっすりと就寝できる・・・ワケは無い。会社への不安と不満が頭を駆け巡って全然寝付くことが出来ない。

これは栄養ドリンクの過剰摂取による副作用のせいとも考えられるが、とにかく目がギンギンに冴えている。体は疲れているのに眠れないとは本当にヤバい。

明日はやっと休日だというのに、これではまた体が怠くて家から一歩も出ずに休日が終わってしまうではないか。なんて悲しい二十代だ。

クソボケ上司死ね。

ここから先は聞くに堪えない罵詈雑言を言ったり、凄惨な光景をシュミレーションするだけなので読者の皆さんには聞いて貰うわけにはいかない。



~翌日の朝~


チュンチュンと雀のさえずる声が聞こえ、窓から日光が差し込んで来る。

グッドモーニング。全然寝れなかったけどグッドモーニング・・・いやバッドモーニングだ。

結局一睡も出来ないまま朝を迎えてしまった。体は怠くて動くこともままならない。今日もこのままベッドの上で時間だけが過ぎて行く休日を過ごすことになりそうだ。


“ピンポーン、ピンポーン”


えっ?チャイムが鳴っている。私の部屋を訪ねてくるなんて一体誰だろう?田舎の母さんかな?いやいやそれだったら事前に連絡が来るよね。


“ピンポーン、ピンポーン”


鳴りやまないチャイムの音。私は仕方なく倦怠感の拭えない体に鞭打ってベッドから抜け出し、立ち上がって玄関まで歩いて行った。


“ガチャ”


玄関の扉を開けると、そこには私の部屋の隣の部屋に住むお兄さんが仁王立ちで立っており、明らかに腹を立てている様子だった。

目の下のクマが凄いが寝不足なのだろうか?


「あのさ、昨日の深夜からずっとうるさかったんだけど、おかげでコッチは寝不足だよ。どうしてくれんの?」


「えっ?」


「えっ?じゃないよ。会社がブラックだか何だか知らないけど、そんな会社辞めちまえよ。そんな様子じゃいつか死んじゃうぜ。」


「えっ?いや待って下さい。」


怖いことが起こっている。うるさかったと言われても、うるさくした覚えはない。

何故なら私の愚痴やら罵詈雑言は口に出していないから。全て心の中で言っているだけなのである。私のアパートの部屋と部屋を隔てる壁は非常に薄く、壁の近くで耳をすませば、ヒソヒソ声すら聞こえる始末である。そうゆえに私は声出さずに心の中でずーっと独り言を喋っていた。それなのに意味が分からない。


「えっ・・・あぁ、そうか参ったな。」


隣の人が困った様に自分の右頬を右手の人差し指掻きだした。次は一体何事?


「いやね、これ言うと変な奴に思われるかもしれないけどさ。俺ってたまに人の心の声が聞くことが出来る時があって、まぁ、年に二、三回ぐらいなんだけどさ。そんでたまたま昨夜はそれが発動したみたい。だからごめんなさい。変なクレーム入れちゃって。」


「はぁ?」


人の心の声が聞こえる?そんなベタな能力があるワケ・・・。


「それがあるんだよ。限定的過ぎて誰にも言ってないんだけどね。親すら知らないよ。」


「うわっ。」


私は口に出して無いのに。会話が成立している。えっ?嘘でしょ?

私の嫌いな上司の名前とか言えます?


「岩見さんでしょ。別名イヤミ。」


やばい。心の中の声で会話が成立してるし、上司の名字知ってるし、あだ名まで知ってるとは。え―、私の心の声全部筒抜けなの・・・ですか?


「うんうん、そうだよ。ごめんね。気持ち悪いよねこんなの?」


いやぁ、驚きの方が強いです。世の中には凄い人が居るんですね。


「はぁー、君面白い子だね。こんな俺を気持ち悪がらないとか。というか普通に喋って。このままだと俺一人で喋ってることになっちゃってるから。」


あぁ、そうか。心の中でずーっと喋り掛けてた。すいません。


「すいません。」


「ぷっ、心と口で同時に謝るとか。やるね君。」


「す、すいません。つい。」


さっきまでの怒り顔が一変して爽やかな笑顔を振りまく隣の人。こうして見ると結構イケメンかもしれない。


「イケメン?ありがとう、褒められると嬉しいよ。」


「い、いえどういたしまして。」


「クレームの件で何かお礼がしたいんだけど、何かある?」


「い、いや、申し訳ないので・・・」


本当は会社の愚痴とか聞いて欲しいなぁ、なんて。


「会社の愚痴?良いよ、聞いてあげる。どっか近所ファミレス行こうか?」


「あっ、いや、その。」


心の声が聞かれるのすぐに忘れちゃう。慣れないなぁ。


「遠慮しないで行こうよ。まぁ、そのパジャマは着替えた方が良いかもだけど。」


半笑いの隣人さん。そうだキャラ物の柄のパジャマ着てたんだ。

急に恥ずかしくなる私。こうして心の声とは関係無い秘密までバレてしまった私は、この後ファミレスで三時間程、会社の愚痴をこの人に言うことになるのだった。


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