ふもっふ ⑦

「墓とラブホの街……かな?」


 さすがの瑞穂も、道行のこの答えには意表を衝かれた。


「ファアッ!!?」


 と先日、母親の前で発したのと同じ奇声を上げてしまった。


「あ、いや! 別に変な意味じゃ――!」


 道行も慌てた。

 実はこの日暮里にっぽり駅の周辺は、都内でもことさら史跡の類いが多い土地柄なのである。


 少し歩けば上野の寛永寺があり、目の前の谷中霊園には “徳川慶喜” を初めとする歴史的人物の墓がある。

 最近アニメで話題になった遊郭で有名な吉原は指呼の距離であり、色町の気配は現在にいたるまで残っていて、いわゆるに使うラブホテルが隣駅の “鶯谷” を中心に群立している。

 また夏目漱石、森鴎外、樋口一葉、幸田露伴といった文豪たちのゆかりの地でもある。


 歴史好きにはたまらない街といっていい。


 だから道行にとってこの周辺はソープランド街というよりも、吉原遊郭を含めた史跡の宝庫――という意識が強い。というかそれしかない(実際道行は、吉原方面に足を伸ばしたことはなかった)。

 

 道行は取り立てて歴史に興味があるわけではなかったが、華やかな場所が苦手な彼にとって、墓と神社仏閣が並ぶ落ち着いた雰囲気は好ましかった。


「そ、そうですか。それを聞いて安心しました。さすがのわたしも心の準備はできていませんので」


 ホッと胸に手を当てる瑞穂。

 この少女は別に沿ういった知識が豊富なわけでも、ことさら興味があるわけでも、もちろん経験があるわけでもない。

 自分も女である以上いずれそういう体験をするんだろうな――程度に、漠然と思っているにすぎない。

 ただその相手として咄嗟に、目の前の少年が浮かんでしまっただけである。

 そしてそのこと自体に驚きはなく、むしろ当然のように受け入れていた。


 それでいて少女は、自分が少年に抱いている特別な想いに気づいていない。

 不思議ちゃんというよりも、この年まで恋を知らずにきたせいだろう。

 これまでに彼女の琴線に触れた数少ない異性は、小学校の先生だったり、親類のお兄さんだったり、通学路で出会う交通安全の指導員さんだったりしたわけだが、恋心になる前に年長者への尊敬へと、健やかに昇華してしまった。


 瑞穂は多分にファザーコンプレックスの気配があり、それでいて母親に強い尊慕も抱いている。

 だから無意識のうちに父親のように甘えられ、母親がするように世話を焼ける存在を求めていた。

 そして残念ながら、そのような同年代の異性とは出会えなったのである。


 これまでは。


 道行は日暮里駅南改札口を出て、天王寺方面に瑞穂を案内した。

 天王寺の横抜けると、そこはもう谷中霊園である。

 ふたりの記念すべき初デート初スポットは、“墓地” であった。

 ある意味、ふたりの今後を象徴していると言えた。


 一般的な一五才の少女が、初じめてデート(……とは本人たちは思っていないが)でこんな所に連れてこられたら、相手は即レッドカードで一発退場だろう。

 しかし瑞穂はニコニコしながら付いてくる。

 彼女もまた賑々にぎにぎしい繁華街などよりも、落ち着いた霊園の空気を好んだ。


 ふたりは『最後の将軍』の墓を参ったあと、新緑の薫る桜並木を抜けて “神田白山線” に出た。


あっちにいけば、寛永寺、東京芸大、国立博物館、西洋美術館、都立美術館、科学博物館なんかがあるけど――その前にこっちに行ってみよう」


「なにがあるのです?」


「昔ながらの商店街」


「そういうのは大好物です!」


 道行は苦笑した。

 もう出掛けのやりにくさはない。


 要するにこの希代の変わり者同士は、性格的にも趣味的にも抜群に相性が良く、良すぎるあまり感情の方が追いついていないのだった。


◆◇◆


 しかしここに、そんな道行と瑞穂を見て憤慨する者がいた。


「あいつ、頭おかしいんじゃないの?」


 草葉の陰ならぬの陰からふたり、主に道行を見張っていたリンダである。

 したがってこの場合の “あいつ” とは道行を指している。


「普通、初デートに “お墓” に連れ込む? まだラブホの方が理解できるわ」


 実際、地元からここまでの間、リンダの心配はだった。

 電車から、日暮里に近づくにつれて増え始めたラブホテルの看板を目にするたびに、元々少なかった道行への信用が揺らぎ始めていた。

 “Dungeon of Deathアトラクション”では本人なりに、瑞穂を気遣うような素振りを見せていたが、男の目的なんて最終的にはしかないと思っている。

 だから理解はできる。


 しかしこれはナンセンスだ。


 道行が瑞穂を連れてきたのは、およそ六〇年後のデートスポット、お婆ちゃんの原宿こと巣鴨の “ とげぬき地蔵” すら飛び越えて、いきなり “墓” だ。


 “墓” だ。


 リンダの常識では “墓” とは盆とか彼岸とか、あるいは葬式のあとに来るべき抹香臭い場所であって、断じて初デートで連れてこられる場所ではない。

 いきなりラブホに連れ込まれるのはもちろんだが、初デートで “墓” などに連れてこられた日には、リンダならPTSD級の大惨事だ。


 リンダは利己的な理由から、瑞穂の初恋成就を願っている。

 しかしそれとは別に、同年代の女として道行のこのチョイスはあり得ない。信じられない。許せない。

 これではいくらなんでも瑞穂が可哀想だ。

 それとも一緒の墓に入ろうという、隣の家に行くのに地球の反対を回って行くような遠回しなプロポーズだろうか。

 どっちにせよ、灰原道行あいつは狂ってる、と思った。


「……でも、瑞穂は楽しそうだ」


 同様に墓石に身を隠していた隼人の意見は違った。

 自分の価値観に縛られ歯ぎしりするリンダと違い、隼人はいくぶん冷静だった。

 さすがにやたらラブホの看板が目立つ駅に降りられたときには動揺したが、道行が瑞穂を案内したのは、そういった施設が建ち並ぶのとは反対の方向だった。

 さらに言えば、(あくまでひとりでくるならば)隼人もこういう雰囲気の場所は嫌いではない。


 だが……瑞穂もそうだとは思わなかった。


 確かに瑞穂は賑やかな場所に遊びに行くよりも、家で本や映画を楽しむことを好んだ。

 しかし、ひとりでこういう場所を散策する趣味はなかった。


(……一度しか会ってないのに、あいつは瑞穂のそういう好みがわかったのか?)


 隼人の目から見ても、道行はパッとしない少年だった。

 猫背気味で覇気が無く、やけに年寄り臭い奴だとさえ思った。

 それが……。


「……とにかくもう少し様子を見てみよう」



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