アルモニア(後編)

「あー、お取込みのところ悪いが、俺たちも話を聞かせてもらっても?」

 驚いて振りかえると、クロの魔術板を手にしたミゴンさんが申し訳なさそうに頬をポリポリとかいていた。

「あとソイツがいつ目を覚ますかわからん。たき火のそばでな」

 魔力拡散で意識を失くしていた男に目を向ける。

 ボクはうなずき、女性の上半身の拘束はそのままにたき火のそばへと連れてきた。もっとも精霊魔法を使えば、この程度の拘束ならすぐにほどけるのだろうけど。

 ちなみに先輩はぐっすりと眠ったままだ。

「シィーはそのまま寝せとこうぜ。昼間の大事な戦力だからな」

 ボクもミゴンさんも異論はない。仮に起こしても、話が始まればまた眠ってしまうと思うし。

「クロは大丈夫なの? イストリア様が話されていたときには眠っちゃったよね」

「あのときは雰囲気に緊張感がありすぎたんだよ。あそこまでだと耐えられねえ」

 ボクの胸ポケットに移動したクロはバツが悪そうにうつむく。反省はしているみたいだし、いじめるのはこのへんにしておこうか。

「お名前をおうかがいしても?」

「アルモニア」

 短く答えた彼女は先程からボクから目をそらさない。自分の親のことを知らないというのはどうやら本当のことらしい。

「逃げないと約束してくれますか?」

「こんな話ふられて逃げられると思う?」

 嫌そうに顔をしかめてきた。

 ボクは苦笑しつつ彼女の手の拘束をはずす。

「その話がガーバートでお前たちがしていた内緒話の内容なんだな?」

 彼はボクの行動はとがめず、たき火に薪を追加しながらたずねてくる。

 アルモニアさんには聞く権利があると思うし、ミゴンさんに隠すのもおかしい。イストリア様には再開した時にでも、事後承諾を得ることにしよう。

 他言無用にしてほしい旨を伝え、ボクはノマッド・グリモリオの強奪未遂事件から、イストリア様に聞いた生き別れの娘さんの話までを、簡単に話してきかせる。

「あの子の親父さんは死んじまったんだね。……言い訳にしか聞こえないだろうけど、あの家族に危害をくわえるつもりはなかったんだ。ただあの時に組まされた連中の中に精霊魔法を理解しないうえに、先走るやつがいてね。もっとも真っ先に奥さんに斬りふせられていたけど」

 彼女は苦々しげにつぶやく。

「俺の個人的な見解だが、以前数人のハーフエルフに会ったが共通の特徴なんてのはなかったな。エルフにしか見えないやつもいれば、人間にしか見えないやつもいた。この人のような特徴のハーフエルフに会ったのは初めてだな。イストリア様の娘である可能性は充分にあり得ると思う」

 なるほど。ハーフエルフがみんなこういった耳をしているわけではないんだね。

「これまで父親を探したことなんてなかったよ。そもそもエルフは母親のほうだろうって思ってたから。たゆたう森のイストリア。まさかそんな大物の名前がでてくるなんてね」

 アルメニアは大きくため息をつく。現状、彼女がイストリア様の娘であるというのは、ボクたちの想像の域をでていない。

 ただ、もしも実際にそうであったのなら、彼女を警備隊にひきわたして罰をあたえるという単純な話ではなくなる。イストリア様は望んでいないだろうが、イストリア様はエルフ界を代表するかただ。可能性を無視して罰したとあれば国際問題になりかねない。

 どうしようかな?

「警備隊にひきわたして終わりにはできないとか、考えていないだろうな? ひきわたして、責任者に事情を話し終わりだぞ。政治的判断は彼らに任せるべきだ」

「イス兄のことを思うなら、急いで世界樹にむかおうぜ。事情をイス兄に説明するのが一番だ。途中でエルと合流すれば、補助魔法で移動の手助けもしてもらえるはずだしな」

 ふたりがそろってボクに意見をのべてくる。

 正論だとは思うのだけど、知ってしまったからには、無責任なことはできない。マオの家族の心情もあるし。話を聞いたかぎり、彼女がマオのお父さんを傷つけたわけではないようだ。だからと言って罪がないわけじゃない。複雑な事情が絡みあいすぎて、思いもよらない最悪の事態をひきおこす可能性がある。

 これからむかう七大都市のひとつである城塞都市ダヤンを管理しているのは、ブリストラ辺境伯。魔導王国のなかで五本の指にはいる権力者だ。ボク自身は会ったことはないが、父も兄も傑出した人物であり辺境伯が辺境伯領にいるからこそ、ロウレイロ帝国が平和条約を結んだと語っていた記憶がある。

「父から出国許可証はいただいていますが、ラブリース家の名前をまた持つことになった以上、辺境伯にご挨拶にうかがうのは礼儀です。国の大事になることかもしれませんので、直接ご報告しようと思います」

 ボクの答えにふたりだけではなく、なぜかアルモニアさんまで首をすくめる。

「私は犯罪者の自覚はあるからね。どう処罰されようと文句を言えたぎりではないけど、なにも面倒そうな選択肢を選ばなくてもいいんじゃない?」

「あきらめろ、トリスはこういうやつだ。相手がどんなやつだろうと関わった以上ほうっておけねえんだ」

「ああ、だいぶ理解してきましたよ。巫女様とは違った意味で手強い」

 たきぎの燃えるパチリという音が相づちをうつように静かな夜空に響く。

 クロと出会ってからこういう対応をされることが増えた気がする。

 納得がいかない気持ちもあるけど、反対はされなかったからよしとしよう。

「身柄のひきわたしに関してはトリスに任せよう。さしずめもうひとつの問題を解決しようか。アルモニアさん、アンタの雇い主は誰だ? ソイツも下請けかもしれないが、クロガラ様を堂々と連れまわすわけだからな。これからも刺客に襲われる可能性がある。大人しく吐いてくれると助かるんだが」

「アルカのオルデンで裏社会を仕切ってるスルガーってやつだよ。間違いなく下請けだろうね。アイツが伝説の魔導書を集めたってなにかができるとは思えないもの」

 ためらいなく答える様子は嘘をついているようにはみえない。

 ちなみにアルカはマオの故郷ラオブと同じ諸国同盟の一国だ。オルデンは首都だったはず。

「なるほど。それなら今回襲ってきたのは、クロガラ様をノマッド・グリモリオの代わりにしようとしたんであって、最初からクロガラ様を奪うことを計画してのことじゃないと考えていいかな?」

「計画していたのならもっと慎重に行動しただろうね。あんな芸もなく化け物に近づいたりはしないよ」

 幸せそうな顔で寝がえりをうつ先輩に呆れたような視線をぶつけてぼやく。

「確かにこちらの戦力を警戒している様子はなかったな。昼間にシィーの戦闘もみていなかったようだし」

「こっちはふたりで、信頼しているあいだがらでもないからね。魔獣が活発に動かない、昼間にまとめて休むほうが、安心できんだよ。街道から外れるとも思えなかったし、夜になれば火くらいは使うだろうから追うのは難しくない。実際にすぐに見つけられたよ。でも一番たいしたことないだろうと思っていた坊やでさえ、得体の知れない技を使ってくるとは予想してなかったけどね」

 お手上げといったように、両手をかかげる。

「ノマッド・グリモリオの強奪理由を聞かされていないのは想像がつくが、思い当たるふしとかはないかな?」

「ないよ。ほとんど惰性で生きてきたようなものだからね。長く裏社会で生活していると言われたことだけやって、余計なことは考えないのが一番生きやすいんだ」

 ミゴンさんは一瞬だけクロに視線を向ける。クロが小さくうなずいた。どうやら彼女は嘘をついてはいないみたい。

「話はこれまでにしましょうか。アルモニアさん、申し訳ありませんが朝までまた木に拘束させてもらいます。大人しくさえしてくれれば、ボクもひきわたす際には、軽い罰則ですむように、辺境伯に口添えさせてもらいますので」

 彼女は嫌そうな様子もみせずにうなずく。

「どうぞ。ただ言わなくても大丈夫だと思うけど、いまの会話はあの男には言わないでね。知ったところでアイツになにかできるわけじゃないけど、聞かれたい話でもない。アイツはあくまで仕事で一緒になっただけの相手だから」

 もちろん異論はない。まだイストリア様と親子の可能性があるのではという段階。それを抜きにしても、余計な人に広めるような話でもないしね。

 翌朝、男は再び野盗と勘違いしたという主張を続けたが、ボクが彼の顔の前に手をかざすと、顔を引きつらせて黙りこむ。

 カウティベリオ君もボクの魔糸に気づくまでは恐怖心が強かったみたい。手をかざされただけで気を失うというのは、得体のしれない恐ろしさがついてまわるんだろうね。自分では経験しようがないから想像でしかないんだけど。

「眠っちゃってもひっぱっていけるから、遠慮しないでやっちゃっていいよ」

 先輩が笑顔で言うと涙目になって、その後は黙って歩き続けてくれたので助かったよ。

 太陽が真南までやってきたころ、視界に城塞都市ダヤンをとりかこむ壁が見えてきた。

「すごい、すごい、すごい! 街というより砦みたいだね」

「おう、俺も初めて見るけど、魔導王国って感じじゃねーな」

「15年ほど前までは、まだ帝国との小競り合いが続いていたんですよ。オルピド川を渡す大橋の手前に築かれたユスティア門という関所を抜かれれば、この街が防衛線になるので、このように城塞都市として発展したそうです」

 ボクも実際に訪れるのは初めてなんだけどね。

「ここより北は魔獣の活動も活発でな。討伐系の仕事が多くて、腕に自信のある冒険者が多いのも特徴だ」

 経験豊富なミゴンさんが補足してくれる。

 アルモニアさんは多少の緊張を感じるが、落ちついた様子で歩みを進めていた。

 対して警備隊につきだされることが確定している男は、どんどん足取りが重くなっているみたい。

 城塞都市の城門に設置されていた検問所で、足止めをくらうことになった。

「なぜそちらの女を渡さない? ふたりは仲間なのだろう?」

「間違いねえよ。俺とその女のふたりでコイツらの装備をねらって襲ったんだ。同罪だからな。俺を捕まえるなら、その女も捕まえねえとおかしいぞ」

 警備隊にひきわたす為に検問所で男を預かってもらうことになったのだが、ボクらがアルモニアさんをそのまま連れていこうとしたために、検問所の責任者から待ったがかかってしまう。男も自分だけが警備隊につきだされるのは理不尽と感じたのか、責任者の後押しをはじめる。

「S級冒険者のミゴンといいます。この者は国際問題に発展しかねない情報を持っておりました。ですから辺境伯の前にひきつれ、判断を仰ぎたいと考えております」

 彼の説明をうけ責任者の顔色がかわった。

「S級であろうと冒険者ごときが、辺境伯に直接つかえる我々をさしおいて重大なことを伝えるだと? ふざけるな! 辺境伯にお伝えするかは、私が決める。その女も渡せ。でなければ街に入ることは許さん」

 彼の隣で男がニヤニヤと笑っている。彼女の扱いがどうなろうと彼の扱いはかわらないのだが、ボクらの思い通りにならないことが嬉しいんだね。

 ミゴンさんは責任者への説得を続けているが、話が進みそうもない。

 仕方ない。不本意ではあるけれど家名を使わせてもらおう。

「冒険者の立場で許されないのならば、ボクが辺境伯にお伝えします」

「なんだ、お前は?」

 不愉快な気持ちを隠すこともなく、責任者がねめつけてくる。

「ラブリース侯爵家次男トリストファー・ラブリースと申します」

 彼の目が大きく見開かれた。だが、すぐに嘲笑をうかべる。

「嘘をつくならもう少しまともな嘘をつけ。ラブリース候の子供は宮廷魔術師団団長殿と魔法神の巫女様だけではないか」

 ……さすがボク。知名度ゼロだね。

「自分の無知をさらさないでいただきたい。彼がこう名乗った以上、アナタが判断していいことではない。すぐに上司に報告すべき案件でしょう」

 しびれを切らしたのか、ミゴンさんの声はいつもより荒々しい。

「な、生意気な! こんなあからさまな嘘を守備隊長に伝えてみろ! 俺の首がとぶわ」

 目を吊り上げて主張する。まずいね。完全に逆上しちゃってる。

 どうすればなだめられるだろう?

「いやいや、それ以上しゃべったら、それこそ物理的に首が飛んじまうぞ。坊主の身元は俺が保証してやんよ。坊主は間違いなく侯爵の次男坊さ」

 陽気そうな大声が検問所に響く。

「先生? いやラブリース侯爵のお子さんはふたりでしょ?」

「名前が売れてんのがふたりってだけだ、ど阿呆」

「俺が侯爵家に呼ばれたことがあんのは知ってんな。俺は坊主が手の平に乗るくらいのころに、稽古をつけてやってんだ。間違いねえ」

 笑えない冗談に、ボクはがっくりと肩を落とす。

「師匠。初めてお会いしたときでも手の平に乗るのは無理です」

「そうだったか? がーはっは!」

 ボクに格闘術をたたきこんだ、パガモール師が豪快に笑った。




 


 

 

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