赤き守護霊獣の導き(前編)
母さん。産んでくれてありがとう。
ボクは幼い頃、魔力のほとんどないこの身体を恨んでいました。
でも、いまは違います。
いまのボクには夢があるんですよ。この身体だからこそ持つことのできた夢。
かつて一度手放してしまった夢です。
でも、そんなボクの手を引いてくれる友に出会いました。夢への協力を申し出てくれた仲間もいるんです。手を差し伸べてくれる人たちにも気がつくことができました。
かけがえのない多くの出会いのおかげで、ボクはまた夢への道のりを歩くことができているんですよ。
母さんがボクをラブリース家の次男として、命懸けで産んでくれたおかげです。
母さんの墓の前で黙祷を捧げながら、胸の内で想いを伝える。
父と兄の家族、そして姉さんが一緒だ。少し離れた街道ではオルバンが二台の馬車とともに待機している。
約束していた家族での母の墓参りだ。なのでマオやクロにはご遠慮願った。なぜか姉さんよりも父さんが、マオを連れて行かないことを残念がっていた。どうしてだろう? マオは良い子だから、父さんが気に入っても不思議はないのだけど。
まあいいか。
ボクの拉致事件からすでに一ヶ月。傷を癒し、元の状態まで身体を動かせる状態にできるように身体を鍛え直している間に、時はあっという間に過ぎた。
幸い後遺症はまったくない。旅の再開も問題ないだろう。
ただし全く消えそうもない痣もある。
おそらくこれがレンダ様の言っていた『印』なのだろう。
もしかしたら、痛みを誤魔化すために見た幻ではと考えてもいたのだけど、そうではなかったようだね。
レンダ様は英雄譚になってるのじゃないかと言っていたが、この大陸での英雄譚は30年前魔導王国の北に位置するロウレイロ帝国と、その東にあった魔族の国との間で起きた戦争を、その五年後に魔王を討伐することで終わらせた勇者ファロスの話くらい。
でも彼が神の使徒だったとか、いずれかの神の加護を受けていたという話は聞いたことがなかった。
とりあえずこの件は保留するしかないね。いまのところ、この痣がなにか身体に影響をおこしているわけではないし、レンダ様に呼びかけてみたけど反応もない。レンダ様の方から接触してくるのを待つしかないのだろう。わがままっぽかったからね。ボクの意見は聞いてもらえない気がする。
話はかわるが、レンダ様を引き寄せた原因にもなったボクの拉致事件は、首謀者と推測されたファーナー枢機卿が姿をくらまし、有耶無耶になったままの解決で幕を閉じた。姉さんをどうするつもりだったかは分からず終い。
教皇様により、世界中の教会に枢機卿の破門及び発見時の拘束令がだされているが、おそらく捕まらないんじゃないかな。こうなることも可能性として考えていたように感じる。
捕えられた修道院長は枢機卿の研究には関わっておらず、その役職と引き換えに協力していただけ。本人の自室にも研究資料等は見つからなかったらしい。もっとも教団が王国側に正直に報告してくれていればだけど。禁忌に触れるものだから、見つけても闇に葬られるかもしれない。
人を核にしたゴーレムだが、結局ボクが見ることは叶わなかった。
姉さんとクロが協力して捕獲したらしいのだけれど、その先の対応は二人ではできず、兄さんが率いる宮廷魔術師団に引き渡されたとのこと。
兄さんから聞いた話では、人命を優先し、核とされた人々をゴーレムから救出することに全力を注いだ結果、核にされていた四名の方は、かなり衰弱はしていたもののなんとか救出に成功したらしい。ただその人たちは核にされる少し前からの記憶を失くしているらしく、紫色のゴーレムに関する調査は、まったく進んでいないのだそうだ。
加工がほぼ不可能と言われているホーレイト金剛石の加工法、魔力を受けつけないはずの鉱石をゴーレムとして活用できた術、人間をゴーレムの核とした術式。いずれも解明できていない。
「さて、今日はもう行くとするか。オルキデア、また来る」
父さんが母さんの墓にむけてそう声をかけると、皆がそれにならい順に母さんに言葉を送る。
最後にルーティがバイバイと手を振って、ボクらは馬車へと戻る。
「トリス。それでは二日後にな」
二台の馬車うち、前の馬車の踏み台に足をかけた父さんが、振り返り念を押すように言う。
「はい。正午にはおうかがいいたします」
「うむ。私とラビリント、パトリベータは見送りはできんからな。その日の晩餐が最後となろう」
「う~。なんでわたしまで……」
姉さんが肩を落として文句を言うが仕方ない。
三日後に王都を出て世界樹を目指すことに決めたのだけど、当然その時は先輩も一緒。姉さんに見送りにこられたら振り出しに戻ってしまうからね。
笑って姉さんを慰めてから、兄さんの家族にも声をかけ、一人後ろの馬車に乗りこむ。
二台の馬車は行き先が違う。前の馬車は王都に戻り、後ろの馬車は別荘に向かうんだ。
理由は、ボクとマオが今日明日と先輩とクロの待つ別荘で過ごすから。すでにマオは到着しているはずだ。
世界樹に向かうには国外に出なければいけない。帝国領を通り、迷いの森と呼ばれる地を抜ける必要がある。
国内での移動とは違い綿密な計画をたてたほうがいい。この国の常識が通用しないからね。それを四人で今日と明日でするつもり。軸となる予定は用意してあるから、それを皆に話して、意見をもらいながら煮詰めることになるだろう。
明後日は先輩にも王都に移動してもらい、先輩の冒険者登録と必要な品の購入をしてもらう。ちなみに必要な品の手配はオルバンに頼んだ。
オルバン、喜んでたな。
『二ヶ月滞在して、ようやくわたしめに要望を言ってくださいましたな。わたしめの存在を忘れてしまったのかとおもっていましたぞ』
なんて言ってた。
なにかしたくて仕方がなかったのかもしれない。オルバンからしたら、ボクは孫みたいなものだろうから。
別荘に到着し予定通り行動したボクだったが、胸のうちに生じた違和感を消化できずに、悶々とした夜をあてがわれた部屋で過ごしていた。
先輩とクロに関してはいつも通り。普段は考えることをボクに一任しているふたりだけれど、真剣に意見を求めると、二人なりに一生懸命考えて意見をくれた。ボクひとりでは考えられることに限界があるからね。ふたりの意見が聞けて良かったよ。
ボクに違和感を残したのはマオだ。
広間に集まった時から、なんだか心ここにあらずといった様子で、二人と同じように意見をお求めると、しどろもどろになってしまってやがては黙りこんでしまう。
心配だ。
ボクが拉致された時には、心配させたうえに積極的に救出に動いてくれたと聞いている。かなり無理させたのだろうな。
申し訳ないなと思う気持ちに隠れるようにして、彼女に心配して貰えたことを喜んでいる自分がいる。
胸のうちの違和感が罪悪感へと姿を変えてしまった。
まだ眠りにつくには早いよね。様子を見に行こうかな?
ボクがベッドから立ち上がると、ドアが軽く叩かれる。
「マオです。トリス様、お話ししたいことがあるのですが、いまお時間よろしいでしょうか?」
ボクの心臓がとくんと跳ねた。
招き入れたマオをソファーに座らせ、隣に腰をおろす。
彼女の横顔は、とても思い詰めているようにボクには見えた。
催促するようなことはせず、彼女が語りだすのをじっと待つ。
しばらくの時が過ぎ、マオが懐から取り出し、ソファーの前のテーブルに置いたのは、以前見せてもらったエルペッナ様の羽だった。
ここでエルペッナ様の羽を出す理由。
「まさか⁉」
思わず声をもらしてしまう。
ボクがなにを想像してしまったのか気がついたのだろう、マオが慌てて顔を上げる。
「あっ、違うんです! エル姉さんは無事です!」
そこで覚悟が決まったのか、大きく深呼吸をして、ボクの目をしっかりと見て話し始めた。
「むしろ逆なんです。エル姉さんはラオブで受けた呪いが完全に解けました。一緒に行動していた母もとっても元気です」
「連絡がついたの⁉」
先程とは別の驚きが、ボクに大きな声を上げさせる。
そんなボクとは対照的に、マオは落ち着いた様子で頷き、テーブルに置いた羽をもう一度手に取った。
「この羽なんですが、実は私もお昼にこちらに到着した時に知ったばかりなんですけど、エル姉さんの場所を示すだけでなく、連絡をとることもできるものだったんです」
事前に教えてもらっていなかったことが不服だったようで、頬を膨らませて語気が強くなる。
「ただエル姉さんを傷つけた武器の呪いのせいで、これまで連絡をとることはできなかったみたいなんですけど」
「呪いが解けたと言っていたものね。クロの言っていた通り、別のサイファー導士の造った守護霊獣に会いに行ってたのかな?」
「はい。カスカテーヤ様です。ソヴァール・グリモリオの守護をされている。詳しい場所は安全確保の関係上教えてもらえませんでしたが、帝国領だそうです」
なるほど。サイファー導士の魔導書は、このスウェードエスト大陸の大国である四か国でそれぞれ保管しているということなのかもしれないね。イディオがリュエル魔導王国、ノマッドがヴァイナード諸国同盟、ソヴァールがロウレイロ帝国。
となると、最後の魔導書ピオニエ・グリモリオは魔導王国の遥か南方メチェーリ王国で管理されている可能性が高いかな。
「それでその、私の近況を報告したら、エル姉さんと母さんがトリス様とお話しをしたいと……よろしいでしょうか?」
「ああ、うん。それはもちろん」
「ありがとうございます」と答えたマオは、エルペッナ様の羽をテーブルに戻すと、初めてボクらが出会った日に口にした呪文を、最後の文言だけをかえて唱える。
「我、マオ・グノシィなり。汝の持ち主たるエルペッナの友であり、妹である。我の想いをエルペッナに届けたまえ」
エルペッナ様の赤い羽が、彼女の声に応え淡い緑色の光を放つ。
羽から広がるその光の中に、白鳥を朱色に染め上げたような美しい鳥の姿が浮かび上がる。
「イラ、マオが魔力を繋げてくれましたよ。ワタシの隣に来てください。それでアナタの姿も映りますから」
「ああ、わかりましたよ。向こうの姿は見えないんですか?」
「映せますよ。そちらの壁に映しますから、こちらに来てご挨拶なさいな。初めましてトリストファーさん。お会いして早々申し訳ないのだけれど、もう少しマオと寄り添っていただけるかしら。ワタシだけなら大丈夫なのだけれど、こちらにも連れがいるのよ。どうせお話しするなら、お互いの姿が見えたほうがよいでしょう?」
エルペッナ様の隣にマオを三倍くらい精悍にした顔立ちの女性の姿が映る。
この人がマオのお母さんか。
エルペッナ様に指示された通りにマオとの距離を詰めると、イラさんが頭を下げてくる。
「トリストファー様ですね。アタシはマオの母親でイラと申します。ウチのお転婆がなにからなにまでお世話になっちまったみたいで、心からのお詫びと感謝を申し上げます」
「いえ。たいしたことはしていません。むしろこの間はボクの方が助けてもらったくらいですから」
ボクの言葉を聞いてイラさんがニヤリと笑う。
「なるほど。マオが言っていた通り謙虚なかただ。マオ、さっきも言ったが、こっちのことも、タクのことも気にしなくていい。タクのことはパシオン様が責任もって面倒見てくれるお約束だからね。アンタはアンタのやりたいようにやってみるといいさ。ただし、トリストファー様の承諾はちゃんと得るんだよ」
「わかってる。このあと、お話しするから」
イラさんが満足気にうなずく。
「うん。それでこそアタシと父ちゃんの娘だ。エル様、出鼻をくじいちまってすいませんでしたね。アタシの話は終わりましたから」
「かまいませんよ。むしろゆっくりとお話しさせてあげられなくてごめんなさいね。さてトリストファーさん。こちらの都合で申し訳ないのですが、長時間魔力の放出をしていますと、面倒な者たちに居場所を特定されてしまう危険があるので、手短にこちらの要件と言いますか、お願いを伝えさせていただきますね」
「お願いですか?」
急な話にボクは首を傾げることしかできない。
「マオから世界樹を目指すことは聞きしました。できればその途中で、迷いの森近郊にあるイクソスの街に寄っていただき、ワタシたちと合流していただきたいの。三日後にはブルカンをお発ちになるということですから、イクソスに到着するのは早くても二ヶ月はかかりましょう。ワタシたちもそれまでにはイクソスに行き、トリストファーさんの到着を待ちますので」
エルペッナ様の要望を聞き、ボクは頭の中で旅程を想像してみる。
確かに距離的にはそれくらいだろうが、魔導王国とロウレイロ帝国は、現在こそ和平条約を結んでいるものの、国境検問所での入国手続きは時間がかかると聞いているんだよね。しかもこちらにはクロがいる。いろいろと問題にされそうだから、簡単には許可がおりないかもしれない。二ヶ月と言うのも希望的観測だね。
「国境をまたぎますから、下手をすればもっとかかるかと思いますが」
「それはかまいません。要はワタシたちに会っていただき、力を貸していただければそれで」
「力を貸す?」
「ええ。クロとの経緯を、マオから聞き驚きました。貴方は別の宿さえ用意すればワタシたちを魔導書から移すことができるのですね。お手数なのですが、ワタシにもそれをお願いしたいのです。理由などの詳しい話はイクソスでということで、まずはお会いする約束だけでも取りつけたいのですよ」
なるほど。理由はある程度推測できるね。狙われているのはあくまでもノマッド・グリモリオ。サイファー導士の魔導書の真の価値が守護霊獣にあっても、それに気づいている人は少ない。魔力の低い媒体に住家を移してしまえば、守護霊獣を魔力感知で追いかけるのは難しくなる。
「わかりました。どちらにしろイクソスには寄ることになると思いますので、できる限り急いでいうことでよろしければ」
「ありがとう。快い言葉を聞くことができてよかったです。実際のお引越しに関しては色々と条件もあるのでしょうから、お会いしてからお話しを聞かせてください。それでは慌ただしくてすみませんが、今回はこれで通話を終わらせていただきます。お会いできる日を楽しみにしていますよ。マオも、いつか再会できる日を心待ちにしていますからね」
「はい、姉さん。我儘ばかり言ってごめんなさい」
エルペッナ様とイラさんがそろって優しい目つきで彼女を見る。
「ラオブにいた時のアナタのわがままに比べたら、とても素敵なわがままでしたよ。それではトリストファーさん、御機嫌よう」
その言葉を最後にふたりの姿が消え、赤い羽からも光が失われた。
マオがその羽を胸元にひきよせ、再び深呼吸するとボクを見あげてくる。
「トリス様、大事なお話があります」
エルペッナ様とイラさんの件はおまけで、ここからが本番なのだと、その真剣味を帯びた瞳が物語っている。
「あ、ああ。なにかな?」
グッと近づけられたその綺麗な顔にドギマギしながら、ボクはなんとか答える。
「……アタシ王都に残ろうと思うんです」
修道院で拷問をうけたとき以上の衝撃が、ボクの頭と胸に同時に襲いかかってきた。
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