好奇心の女神

「余計な出費をさせおって、このゴミクズが!」

 もう何度言われたかわからない言葉と共に、かび臭い地下室の壁に設置された金具で、両手両足を広げるような状態で拘束されたボクの体が、棒で打ちすえられる。

 もう悲鳴をあげる体力も気力も残っていない。小さく呻き声がもれるばかりだ。

 ボクを打ちすえた背の低い小太りの男は、ボクの反応の薄さが気に喰わなかったようで、またわめき散らしながら棍棒を振り上げる。

 それにしても拷問をうけるのは予想外だったよ。

 交渉材料にされると思っていたから。

 実際にバグロームの森でボクを捕縛した黒ずくめの集団は、ボクを丁寧に扱ってくれた。麓の街を通過するときこそ樽の中に詰めこまれたが、それ以外の場所では手足こそ縛られてはいたものの、身体の負担が少しでも軽くなるように、荷台に藁を敷きつめてくれたり、手足の拘束をゆるくしてくれたりとかなり丁重に扱ってくれた。ボクが反抗したり逃げ出そうとしなかったからというのもあるのだろうけど。

 これはありがたい予想外だったのだけど、修道院にたどり着き、ボクの捕縛を彼らに依頼した枢機卿の前まで来ると、ありがたくない予想外が起きた。

 彼らが枢機卿に素直にボクを渡さなかったのだ。

「嘘は言うなと言っておいたな。わからないことに関してはわからないと言えと。なにがなんら戦う術をもたない落ちこぼれだ。この男に部下が三人殺されかけた。生きているのは、ひとえにコイツにこちらを傷つける意思がなかったからにすぎない。我々は三名分の追加料金を要求する。できぬと言うならこの男は渡せない」

 この言い分に難色を示したのは枢機卿ではなく、いまも顔を真っ赤にしてボクを棒で打ち続ける修道院長だ。

 どうも資金的なものは修道院長が担っているらしい。それでも枢機卿に強く言われると逆らうことはできないようで、渋々と金を用意したようだった。

 ただ納得はできなかったようで、枢機卿が慌てた様子で部屋を出ていったあとは、こうして拷問でうさ晴らしをしているみたい。

 それにしても、こうして拷問をうけ続け体力的には限界を迎えていても、現状を冷静に考えられるのは、体術の師匠による五年間の修行のおかげだろう。

 師匠本人に一日中たたきのめされ続けたこともあれば、魔獣の群れの中心に放りこまれるとか、幼い子供がよく生き残れたなと思うことばかりされた。

 でもきっとそれだけじゃない。

 枢機卿がボクに語った言葉が気になってしまって、痛みどころではないというのが大きいと思う。

『光栄に思うがいい。お前のようなゴミクズを、魔法神様の加護を受けた最新ゴーレムの核として使用してやるのだから』

 人間を核としたゴーレム!

 見たい、見たい、見たい!

 聞いた時点で我慢ができなくて、どんな機能を持っているのか、既存のゴーレムとの性能差はどれほどのモノなのか、矢継ぎ早に質問をしたのだが、枢機卿がなぜか顔をひきつらせてボクから離れてしまったんだよね。その直後に修道士がひとり部屋に飛び込んできて枢機卿になにやら耳打ちすると、修道院長に殺すなと指示だけを残して枢機卿は部屋をでていってしまった。

「クソ。枢機卿様はなぜお戻りにならない。いったいなにがあったのだ⁉ ここは私が管理する修道院だぞ。私に説明もせずに行かれるとは。……もういい!」

 不満を一切隠すことなく、棍棒を石床に叩きつけると部屋を出ていってしまう。

 ひとりにされると、これまで誤魔化しがきいていた傷の痛みが、はっきり感じられてくる。

 さすがに辛い。

 顔も何度か殴られているから、だいぶ腫れているのだろうな。口の中も外も、とても痛い。できれば顔は避けてもらいたかったんだけどね。姉さんが助けに来た時、この人たちごと周囲を吹き飛ばしかねないから。

 でも目的が姉さんならある程度対策は考えているよね。ボクを人質にするくらいでは、安全の確保としては確実性にかける。普通に考えるなら魔法封じか魔力抑制のアイテムなんだけど、半端なアイテムでは姉さんの魔力を抑えきるのは難しい。

 ゴーレムがなにか関係しているのかな? ボクを核にするってことはそのゴーレムの核に必要なのは魔力ではないということか。

 でもゴーレム自体が魔力により自立行動を可能とする魔術具と言っていいものだ。魔力が強い物を核に据えるのが基本。それをあえて魔力の低い人間を核にする意味とはなんだろう? 

 うわ。ますますゴーレムのことが気になってきた。

 研究資料なんかは保管していると思うけど、この件が片付いたら教団が隠しちやうよね。ボク個人に見せてくれるとは思えない。

 だからボク自身が体験してみたいのだけど、そのあとのゴーレムからの無事な生還はできないのかな?

 もちろん人を核にするなんて非人道的なことを認めるつもりはないよ。

 でも誰かにその行為をやってはダメだって言うのは、きちんと内容を把握していなければ、たんなる言いがかりになっちゃうからね。把握しておきたいよ。やっぱり。

「修道院に保管してるのかな?」

 思わず口を動かして、全身にまで痛みが走りぬける。

 うう。なんとか調べられないかな?

 無駄だとはわかっていたけれど、魔糸を指先から伸ばし宙を漂わせる。

 魔糸の伸ばせる距離は、ボクの魔力量ではどんなに細くしても三メートルが精一杯。この部屋から出すことさえ適わない。

 なんとかならないかな。

 ボクは未練がましく、魔糸を目前でゆらゆらと揺らす。

(ちょっと。さっきからボクの胸を撫でまわしてるんだけど。君って見かけによらずエッチなんだね。ムッツリスケベってやつ?)

 突然ボクの頭にハツラツとした女の子の声が響いた。

 なにこれ? 魔糸を通して頭に直接響いてくる。

 そもそもムッツリスケベってなに? どういう意味?

 いや、それより近くに精霊がいるの?

 でもおかしい。彼らは力そのもの。よっぽど高位の精霊でなければ、ガーバートで会話した闇の精霊のように片言のようなモノになるはずだ。

 でも、いまボクの頭に響いてきたのは、すごく明確な意志であり言葉だった。

(んー、ちょっと待ってね。君の魔力量じゃ、目でボクを映し出すのは無理だと思うから、この魔力に直接姿を映すから) 

 言葉と同時にボクの脳裏に、ボク自身の姿と白く光沢の『キトン』と呼ばれている一枚の布でできている衣服に身を包んだ小柄な女性の姿が浮かび上がる。

 容姿はボクら王都の住民に似ている。短く切り揃えられた金色の髪。細身の白い肌。ただその瞳は吸い込まれてしまいそうな翠。美しいと言うよりも、なんだか神々しい。

 彼女は興味深々といった様子で、こちらをのぞきこんでくる。

(いやー、暇つぶしで世界をのぞいていたらさ、とっても強い好奇心を感じてふらりときてみたんだけど、こんな状況で好奇心燃やしてるなんてね。もしかして君ってマゾってヤツ?)

(マゾ?)

 またもや聞きなれない言葉を聞かされ、ボクは心の中で問い返す。

(あー、ごめん、ごめん。この世界にはない言葉だっけ。友達が普通に使うもんだからつい。痛めつけられたりすると性的快感を感じて喜んじゃう人のことだよ)

「違いますよ!」

 初対面の、しかもなんだかとても高貴な雰囲気のある女性に、とんでもない性癖をもたされそうになり、思わず大きな声をだして否定してしまう。

 それにしてもこの姿。それに視察で世界をのぞくって……まさか神様⁉

 え⁉ 神様って人間が心の支えのために創ったモノじゃないの!

 仮に神様だとしたらこのタイミングでお出ましになられたということは……。

(ひょっとして、オルター様?)

 教団で崇められているのは男性像であるが、人の世界で伝えられる姿が実際の姿とはかぎらないのではないだろう。

 でも彼女は、顔を真っ赤にして否定してきた。

(ちっがーう! なんであのオジサンと一緒にするわけ! ボクの話聞いてた? ボクは君の好奇心に誘われてここにきたんだってば)

 ああ、そういえば言っていたね。その後の言葉の印象が強すぎて忘れてた。

 オルター様を『あのオジサン』呼ばわりできるということはやはり神様なのかな。

 世界には地方でだけで信奉されている地方神も含めて、百五十近い神が崇められている。

 その中で『好奇心』を司るのは一人の女神。

 名は『旅と好奇心の女神レンダ』

『旅』も司っているため冒険者、旅商人、旅芸人などの間でも広く信仰されている女神様だ。魔導王国は国外へ出ることも、国外から人を迎えるのも積極的な国ではないため、オルター様ほど人気はないが、世界的に見ると船旅であろうと都市間の移動であろうと祈りが捧げられる大人気の女神様。あの先輩でさえ、旅で餓えずにすむのはレンダ様のおかげと言うくらいだから、認知度は推して知るべしだ。

(レンダ様……なのですか?)

(うん。そうだよ)

 あっけらかんとした様子は、ボクから疑うという意識を奪いさった。

(なぜ、こんなところに?)

(だから君の好奇心に誘われてきちゃったんだってば)

 腰に手をあて、呆れたように言う。

(ボクらの仕事ってさ、基本的に大地に生きる生命を見守ることなんだよ。ほとんどの場合は、自分に関係することをしている子たちを頑張れーって応援するだけなんだけどね)

 ウンウンとひとり頷いている。

(ボクの唯一の使徒が迷いの森を拠点にしてるから遊びに行ってたんだけどね。そしたら近所でスゴく強い好奇心を感じてさ。ちょっと魂の記憶見せてもらうね。君の好奇心がどこからきてるのか興味あるから)

 レンダ様は仕事をしていたことを自ら否定し目を閉じた。そのお身体から光が溢れだす。ボクの中で起きている出来事のはずなんだけど、畏れ多くて直視できない。

 見惚れてしまう程の真剣な表情で集中していたレンダ様が吹き出したかと思うと、声をあげて大笑いし始める。

(面白い! オルターの保護がほとんどないのに、やろうとしていることがオルターっぽい。うんうん。いいね! 君にはこの国も大陸も世界も狭いくらいだよ。さあボクと一緒にいますぐ旅にでよう!)

 一人で盛り上がっている。

(せっかくのお誘いですが、ごらんの有様ですし、解放されても旅を再開するのは怪我を癒してからになるかと)

(ああ。ゴメン、ゴメン。そうだったね。どうしようかな? 外せないこともないけど、直接手を出すのは罰則対象なんだよね。ちょっと待って)

 可愛らしくペロリと舌をだして謝ると、当たりを見回す。

(お、ちょうど良さそうな子たちがいた。うん、うん。ボクを信仰してくれてるね。それじゃあ、神の啓示をプレゼントしましょうか)

 プレゼント……確か中央大陸の言葉だよね。贈り物だったっけ。

(もうすぐ助けがくるよ。ボクはいったん帰るけど、『印』つけるからね)

(印?)

(うん。ボクの二人目の使徒にしてあげる。君のこれからを見過ごすなんて、ボクの好奇心が許さないからね。世界樹に向かうなら、迷いの森は絶対に通るから一人目にも会えると思うよ)

(使徒? どういうことです?)

 ボクの質問にレンダ様が顎に手をあてて首を傾ける。

(聞いたことない? 神の力を借りうけたりする話。地上だと英雄伝説になったりしてるんじゃないの? もっともボクは今も昔も、使徒はシャーロだけだからそんな物語にはならないけど)

 まったくどういうことかわからない。

(さっき言ったけど、ボクらって直接地上のことに手出しするのは禁じられているんだ。その代り、世界の均衡を保つためになら、持っている力に応じて、自分の力の一部を貸し与える存在を地上に指定することができるの。本来ならボクは二桁近い数の使徒を持てるんだけど、それじゃあ地上を眺める楽しみが減っちゃうから、シャーロにだけに力を貸して、世界中の噂話集めてもらってるの!)

 神の力で噂話の収集? なんだかすごい力の無駄使いのような気がするのは気のせいかな? というかボクも噂話集めなきゃいけないの? 拒否権ないのかな?

(おっと、お喋りはここまでかな)

 ボクの意識の外から複数の足音と話し声が聞こえてくる。

「早くその鍵を渡すんだ!」

「わ、わかったから殺さないでくれ」

「いいからさっさとしろ。アンタの処分は教団が決める」

 修道院長と会話している声。聞き覚えがある。

 えーと、ミゴンさんだったかな。アミナさんの同僚の。

(それじゃあね、トリス。ボクの使徒らしく、きっちりとボクの好奇心を満たしてよね)

 その言葉を最後に、脳裏に浮かんでいたボクとレンダ様の姿が消え、意識が現実の世界へと戻ってくる。

 目の前には、すでに修道院長と彼の背後から彼の腕を捻じり上げているミゴンさんがいた。さらにその後方。もうすでに懐かしささえ感じるボクの三人の仲間が、その瞳にいっぱいの涙をにじませ立っていた。

 三人がボクに駆けよる。

「いま外すから!」

 ベルがボクの四肢に取り付けられていた拘束具に飛びつき、鍵穴に修道院長から回収したらしい鍵を差しこむ。拘束が外れ、崩れ落ちるボクの身体をカレジが支えてくれ床にゆっくりと寝かせてくれる。ボクの頭を膝に乗せたミセリが回復魔法の詠唱をはじめた。

 あれ? いつの間にか見事な連携ができてる。

 感心と安心が胸いっぱいに広がって、ボクを急激な眠気が襲ってきた。

「ミセリ。顔だけでお願いします。回復魔法は身体への負担が大きいので」

 ミセリが涙をボクの頬に落としながら、微笑み頷く。

 つられるように、微笑みながら閉じかけた目をミゴンさんにむけると、懐から小さな黒い箱を取り出すところだった。

 小型の通信場魔術具かな?

 調べさせてくれないかなと思いつつ、ボクは意識を手放した。

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