魔法神の巫女と守護霊獣(後編)
生えていたのは胸辺りから上。その下は完全にゴーレムに埋まっていた。
金髪で裸にされている男性。ぐったりとうなだれていてピクリとも動かないので顔がみえない。まさか⁉
「トリス様⁉」
アタシの口から悲鳴に近い声がもれる。
「落ち着け、マオ。アイツは違う。匂いが違う。生きてはいるみたいだけど……ひでぇことしやがる。ゴーレムの核に人間を使うなんて!」
アタシたちの反応に枢機卿は申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「これは申し訳ない。ゴミ違いでしたな。この中のどれかに入っているとは思います。ただ大事な実験体ですので、できればこれ以上破壊するのはご遠慮させていただきたいのですがね」
いまにも泣き出しそうな顔で振り向いてくる。
「クロちゃん!」
こんなすがるような声をあげるなんて……。パトリ様の弱気な姿にアタシもどうしていいかわからくなる。
そんなアタシの気持ちを後押しするように、クロの答えは明るいモノじゃなかった。
「ダメだ。あのゴーレム自体の匂いしかしねえ。あの身体の石って特別なモノなんだろ? 中から魔力が漏れだしてきてねえし、この身体じゃ中の匂いまで嗅ぎ取れねえよ……ゴメン」
意気消沈していくアタシたちとは対照的に、意気揚々と枢機卿が襟をただす。
「さて、巫女様。私が誤ってゴーレムを破壊してしまう前に、こちらへおいでなさい。断っておきますが、私以外に生きたまま核としたゴミを取り出すことができる者はおりませんので、滅多なことはお考えにならないように。もっとも、誰もアナタに考えることを期待してはいません。魔法神様にこの大地へと降臨していただくのに必要なのは、その魔力だけですからな」
パトリ様は再び枢機卿と向かい合うと、下唇を噛んで枢機卿のもとへと進みだす。
でもその手をカーウティベリオが掴んだ。
「計画からずれているとは思いますが、元々パトリ様を呼び出すつもりではあったようです。貴女の力を封じるなんらかの対策を持っていると考えた方がいい。このまま彼らに身をゆだねては、それこそトリストファーに会えなくなるかもしれませんぞ」
「で、でも!」
カー君はパトリ様の腕をグイッと引き寄せ、枢機卿には届かないような小声でささやく。
「残りの三体の中にも、トリストファーがいるとは私には思えません。人間をゴーレムの核にするなんて、どう考えても精密で大がかりな作業です。とても短時間で終わらせられるとは思えませんし、枢機卿の言葉にも気にな―――」
「なにを語られているのかはしりませんが、私も暇な身ではないのでね。お早くしていただきたいのですがな」
枢機卿がじれったそうに言葉を投げつけてくるが、彼は手を放さない。
「……仕方ありません。一号、二号、三号。そのゴミクズをプレゼントして差し上げた上で、パトリ様をこちらにお連れしなさい」
枢機卿の声を合図に、三体のゴーレムが動きだす。
三体のゴーレムによって半壊したゴーレムが担ぎ上げられた。
「ふたりとも、私のうしろに!」
半壊のゴーレムが投げつけられ、カウティベリオの腕を振りはらい吠える。
あっという間に迫ってきたゴーレムが、パトリ様の眼前で嘘のようにプカプカと浮かぶ。
半壊のゴーレムが静かに地面に置かれた。でも核とされた男性の安否を確認している暇はない。
三体のゴーレムが、飛翔魔法を使っていたパトリ様のように、足を動かすことなく前進してくる。ただしこちらは宙に浮いているわけではなく、土煙を上げての前進だ。
パトリ様が私たちの手を掴んだかと思うと空高く舞いあがる。
先程まで立っていた場所に到達したゴーレムたちを見下ろすパトリ様の顔はこれまで見たことがないくらい引き締まった表情だった。
まるで永き眠りから目覚めたドラゴン。普段ののほほんとした雰囲気は消え失せ、その真剣な眼差しはトリス様の瞳と重なっていく。
やっぱりこの方はトリス様のお姉様なんだ。ラブリース侯爵家のお一人なんだ。魔法以上に人を愛する一族の人なんだ。
「カーちゃん、仮にトリスちゃんがあの中にいなかったとしても、吹き飛ばすのはマズいよね?」
「そうですな。核に人間が使われているとわかったいま、助ける方法を考えたいところです。ただ、いまの段階ではアレに対する知識がたりない。研究をするためにも捕縛と拘束を狙いましょう」
彼もパトリ様の変わりように驚いたみたい。それでも状況を冷静に判断することくらいは普通にできるんだね。
ただこうしている間にも、ゴーレムたちはそのゴツゴツした両腕をあげ、それぞれ十本の指をアタシたちに向けてきている。
無言のままの彼らの目が怪しく光り、アタシの頭くらいの大きさの岩石が、合計30個射出され襲いかかってきた。
アタシとカウティベリオをひきつれながらも、パトリ様はなめらかに宙を移動し、すべての
そのままどこかに飛んでいってくれればよかったのだが、なんとすべての岩石が向きをかえ彼らの指へと戻っていく。
「追跡まではできないようですな。クロガラ殿、先ほどその姿では感じとれないと仰っておられましたが、宿り先の魔力量が弱いせいでしょうか?」
「え? ああ、うん。そうだ」
「確か魔力の放出を抑えられるように魔術陣を書き換えたのでしたな」
「お、おう。でも元に戻しても嗅ぎとれねえとおもうぞ」
納得したようにうなずく。
「どうでしょうか? その魔術陣を逆に魔力を注ぎ込むモノに変えることはできませんか?」
「ん? できると思うぞ。ちょっと待ってな。えっとこっからだとどうすりゃ―――」
「また来た」
呆れた声とともに、アタシたちはゴーレムたちの背後の上空に一瞬で移動する。
クロはアタシの胸ポケットに顔を突っ込んで、ああでもないこうでもないとやっている。
胸の上でもぞもぞされるのって……うう、ちょっと顔が熱くなってきた。
「もう! クロ、ちょっと指貸して!」
気恥ずかしくなってきたうえに、じれったくもなってきたので、魔力板をポケットから取り出しクロの指を摘まむ。ちょっと乱暴になったが、アタシは魔力をまとったりできないから痛みはないはずだ。
「ええと、この形だとここをこうして……この線消すことできる?」
「お、おう。線に詰め引っ掛けるようにして上に持ち上げてくれ」
「わかった」
言われた通りのやり方で消したり、魔力線を付け加えたりしながら、魔術陣をつくりかえていく。
それにしても空に浮遊しているのに、普通に地面に立っているのとかわらない安定感。作業するのもまったく問題がない。おかげでもう一度ゴーレムの攻撃を避けているあいだに、魔術陣の書きかえが終わった。
「終わった!」
「すげえな、おい。こんなに簡単に書き換えちまうなんて!」
クロの驚きの声と共に、クロの身体が小さな子供くらいの大きさにまで大きくなる。
「パトリ様に渡してください!」
言われるがままにパトリ様に魔力板を差し出す。
ゴーレムたちに目を向けていたパトリ様だったが、名前を呼ばれてアタシに顔を向ける。少しばかり不思議そうに首を傾げたが、カウティベリオの言葉に逆らうつもりはないらしく、おずおずと魔力板を受け取る。
瞬間、クロの姿が消えた。
姿は見えない。
でも魔力板からは青白い光が広範囲に、さらには遥か上空まで伸びて、薄暗くなってきていた世界を照らす。
もしかして……。
「クローッ!」
上空にむかって大声で呼びかける。
「マオーッ。どこいったーっ。つーか、ここどこだ。暗くてなにも見えねえぞ」
すごく遠くからのようではあるが、上空から辛うじてクロの声が聞こえてくる。
「したーっ! 下みてーっ!」
「下? 青っぽい玉が浮いてるだけだぞ」
青い玉? なんのことだろう? とにかくクロがはるか上空まで大きくなってしまったことには間違いないようだ。
「パトリ様、魔力を魔力版に流しすぎです。苦手なのは知ってますが、魔力を抑える意識をしてみてください」
「わ、わかった」
こうなることは想定済みだったようで、彼は落ちついて彼女に指示をだす。
「おおお! なんか縮んだ! あれー、マオなんか小さくなったな。蟻より小さくなったんじゃないのか?」
どうやらクロからはアタシの姿が見えているらしい。でもアタシからはクロの顔はまだ見えない。
「いったいなにをしているのだ、アナタがたは! 私のところへ来るだけという簡単なことがなぜできない!」
パトリ様の捕獲をゴーレムにまかせていた枢機卿が、しびれを切らしたのかその場で地団駄を踏んでいる。
「製作してあるゴーレムはまだ2体あるのです。そいつらに自爆を命じてもいいのですぞ!」
カウティベリオが露骨に軽蔑を含んだ視線を枢機卿に送る。
「まだ注がれている魔力が多いようですね。丁度良い。空いている手で、あのヒヒジジイの声をゴーレムに届かないようにする魔法はできますか? できれば魔力を注ぎ続けることで維持できるものが良いのですが」
「私もあのおじさんの声聞きたくない。私たちにも届かないようにしていい?」
「聞きたいことは後から聞けば良いでしょう。どうぞ」
彼女はまた一瞬で枢機卿とゴーレムのあいだにわりこむように転移し、すぐさま魔法の詠唱を始めた。
「静寂よ。心に平穏をもたらす静寂よ。穢れし泥沼の誘いより、我らを守りたまえ。ストルネスウォール!」
パトリ様が空いている方の手を高々と掲げると、アタシたちとゴーレムたちを外側から遮断するような薄紫色の結界が半球状で出現する。外の世界を遮断している結界の壁の厚みは2・3メートルだろう。その壁のむこうで枢機卿が大きく口を開いてわめきたてているように見えるが、まったく声が聞こえてこない。
結界の中が静かになっただけではなかった。世界を覆い始めていた夜の帳が、その闇の深みを急激に増す。
何事だろうと顔を上げてみると、クロの顔があった。
って、デカい、デカい、デカい! デカすぎる!
湾曲した結界の天井部をほぼ埋め尽くしてアタシたちを見下ろしていたクロは、嬉しそうに笑顔をみせる。話しかけてもきているみたいだが、枢機卿同様に結界の外のため声が届いてこない。
クロもそのことに気がついたみたいで、顔をしかめたかと思うと結界に顔を突っ込んだ。結界はなんの抵抗を示すことなくクロの突き出た狼の口を通過させる。
え⁉ この結界、こんな簡単に通過できちゃうの!
アタシは背筋が凍る思いにかられ、再び枢機卿を見る。
枢機卿はクロが結界を通過するのを見てニヤリと笑うと、結界の壁へと踏み込む。
だが数歩も歩かぬうちに、苦しげに喉を押さえたかと思うと、逃げるように後ずさり結界の壁から抜け出す。理屈はわからないけど、普通の人間には通過するのが困難な壁であるらしい。
安堵する間もなく、今度は派手な音をたててゴーレムたちが動きだす。
その派手な音に驚いて、勢いよく首の向きをかえたアタシの前で、青い毛皮に包まれた鋭い爪を持つ巨大な手が、ド迫力で直進してくる三体のゴーレムをまとめて包み込む。クロだ。
クロはゴーレムたちを軽々と掴みあげ鼻先へと持っていき、三体まとめて吸い込んでしまいそうな大きな鼻の穴をヒクヒクとさせている。
「三体ともトリスじゃねえな」
「生きていますか?」
「うん。生きてる。元気とは言えねえかもしれねえけどな」
クロは憐みのこもった視線を手の中のゴーレムたちにむける。
アタシは、先ほどから酷使しまくりの首を休ませるのを後回しにし、坂の上に顔を向け、命を弄ぶ枢機卿をにらみつけてやる……つもりだった。
「いない!」
アタシの叫びに、皆が先程まで枢機卿たちが立っていた場所に視線を移す。
「逃げましたか」
「近くにも姿は見えねえな。転移魔法か」
「トリスちゃんは⁉」
パトリ様の求めに応じるように、カウティベリオのズボンからミゴンさんの声が響く。
「こちらミゴン。カウティベリオ殿、聞こえるか?」
「ああ、ミゴン殿か。良好だ」
すぐさまポケットから通話魔具をとりだし応答する。
「トリス様を発見。保護した。怪我はされているが、命に別状はない。意識もはっきりされている」
アタシたちから歓声があがったのは、言うまでもない。
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