魔法神の巫女と守護霊獣(前編)

「よし。お前たち三人は情報収集を頼む。カレジ、お前に預けていた通話魔具を」

 カレジは素直に指示に従い、手の平の大きさの黒い箱をミゴンさんに渡す

「この中央通りの真ん中に太陽が来たらここで落ちあって、ベルが連絡をいれろ。もう一度確認しておくぞ。行動する時にお前たちが考えるべきことは?」

「はい。必ず三つの選択肢を考えることっす」

「その三つが三人の誰に向いてるかを考えるんですよね」

「そこから続けて自分の最良の動きを考えます」

「よし。行って来い」

 揃って元気よく返事をし、彼女たちは綺麗に三方向に散っていく。

「我々はゆっくりとレグラ山の修道院を目指しましょう。バグロームの森から夜通しかけていれば、夜明け頃にはここについていたはず。修道院が一枚噛んでいれば、もしかしたら王都への使者とかち合うことができるかもしれません。修道院から王都に向かうにはこの街を通るのが最短ですから」

 彼に先導されるままレグラ山にあるという修道院を目指し始めたアタシたちだったが、アタシの胸ポケットに戻ったクロが、先ほどからなにやら鼻をヒクヒクさせている。

「どうしたの?」

「悪ぃ。ちょっと黙っててくれ」

 そう言って鼻に意識を集中するためか目をとじてしまう。クロが嗅ぎとれるのって普通の匂いだけじゃないんだよね。人の感情とか魔力に溶け込んで空気中に放出されたモノも嗅ぎとることができるんだって。

 とにかく邪魔しない方がいいと思い周囲に目を向ける。

 もう間もなく街を出て山へと続く道に入るようだ。これまで見てきたのが大都市ばかりだったから、ラオブがとても田舎に感じてしまっていたけど、ここまでくると、アタシの住んでいたラオブの首都であるゲムマの方が都会に見える。

 ここと違って麓ではなく山のど真ん中にあったけど、鉱山資源の加工業がとても盛んだったから人の出入りは多かったんだ。

 故郷に思いをはせているあいだに建物が途切れる。その風景の向こうに黒いローブを着た男性がこちらに向かってきているのが映る。

 思わずドキッとしてしまう。トリス様をさらったのが黒ずくめの連中って聞いてたから。でもその人はひとりだったし、近づいてくるその顔は、頬がとてもこけていて、人を拉致するなんて荒事ができるようには見えない。それにあの服。色こそ黒だがブスカさんの着ていた服と同じ意匠に見える。魔法神教団の修道院の司祭服のようだ。

 男の人もこちらに気づいたみたい。普段はあまり人が通らないためかアタシたちを見て少し驚いたようだが、すぐに胸に手をあて会釈してくる。

「ミゴン。アイツ捕まえてくれ。うまく隠してっけど、オレたちというか姉ちゃんに対してすんげえビビってる。胸になんか隠してるみてえだしな。それにやっぱりコレ。かなり薄いけどトリスの匂いだ。トリス、魔力が少ないからあんまり匂わねえんだけど、間違いねえ。進めば進むほどはっきりしてきた。トリス、この道を通ってる」

「ホントに! こっちにトリスちゃんいるの⁉」

 パトリ様が目を輝かせて振りかえってくる。

「信じろって。オレとトリスは義兄弟だからな。アイツの匂いを間違えたりしねえよ。とにかくお前は落ち着け。逃げられたらトリスを助けるのが遅くなっちまうぞ」

「わかったわ、お義兄ちゃん。落ち着く!」

 彼女の大きな声に男が逃げ出すんじゃないかと不安になったが、幸いアタシの杞憂に終わる。まあこの状況で逃げ出したら、自分から怪しい者ですって言ってるようなものだけどね。

 ミゴンさんがとっても良い笑顔で男に会釈すると、男も穏やかそうな微笑でそれに応える。だがすれ違おうとした瞬間、男の顔が苦痛にゆがむ。あっという間に男の腕を捻りあげたミゴンさんは、彼の襟元から手をいれ書状のような物を抜きとり、男を地面に押し倒して組み伏せた。

「中身を確認してくれ」

 カウティベリオに書状を投げて叫ぶ。

「なにをするのですか! それを返しなさい!」

 そんな言葉にこちらが従うわけもなく、馬鹿弟子が書状を開く。

「……ミゴン殿。もう三人を呼び戻してもよさそうだ。これ以上情報を集める必要はないだろう」

 それを聞いた彼が笑う。初めて見せる獰猛な笑顔だ。

「司祭殿。貴方にも立場があるだろう。上の人間の指示には従わざるをえませんよね?」

「そ、その通りです。私は早朝に院長からその書状を王都で人を雇いラブリース侯爵邸に投げ込ませるように指示されただけなのです! 中身に関してはまったく知らされていないのです!」

 スゴい。ミゴンさんの予測が本当に当たっちゃった。

「ただ指示内容から、ラブリース家にとってあまり良くないものであることは察しがついた。それなのに麓の街でパトリ様のお姿を見た貴方は慌ててしまったわけですな。これは修道院に急ぎ戻って報告しなければいけない。パトリ様が供をふたり連れ修道院にむかってきているってね」

 彼の言いように、アタシと司祭様はそろって首をかしげた。

 どういうこと? アタシたちのことを知らせたらトリス様危なくない?

 ミゴンさんは司祭様を立ちあがらせ腕を解放すると、正面を向かせて顔をグイッと近づける。

「もちろん私にそう言えと言われたことは内密に。そうすれば私はラブリース侯爵閣下に、あなたはトリス様拉致事件には関係なく、トリス様救出の協力者であると報告ができる」

「ら、拉致⁉」

「ミゴン。そいつトリスのことに関しては本当に知らないみたいだ」

 ミゴンさんは頷き、先程の箱をとりだし魔力をこめる。箱の表面に青い光で魔術陣が浮かび上がった。あれが携帯式の通話魔具か。

「こちらミゴンだ。聞こえるか、ベル」

(はい。感度良好っす)

「状況がかわった。ふたりと合流して修道院にむかってこい。山道に入る手前で待ってる。できるだけ急げ」

(了解したっす!)

 通話が終わり再びただの黒い箱に戻った魔術具を懐に戻す。

「さて。これはお返ししたほうがよろしいですな」

 ふたりに歩み寄ったカウティベリオが、元の状態に戻した書状を司祭様に手渡す。

「さすがですね。落ち着いているときのあなたは話が早くて助かる」

「一言余計ですな」

 微妙な褒められかたをした彼が、つまらなさそうに鼻をならす。

 司祭様が山道を登って行くのを確認して、いくばくもしないうちにベルたち三人が合流する。

 それほど長い時間の活動ができたわけではなかっただろうに、三人はきっちりと役目をこなしていたようで、トリス様が修道院に連れて行かれたことを裏付けるような情報を入手してきていた。

 深夜に行商人と思われる荷車を牽いた集団が修道院にむかっていったというものと、その集団が修道院方面から戻ってきて街を抜けていったという二つの目撃情報。

 どうやら障害になりそうだった黒づくめの集団は、もう修道院にはいないようだ。

「パトリ様。私は三人を連れ、道をはずれるかたちで先行いたします。みな様は道なりに修道院に、ゆっくりと堂々とむかっていただきたい」

「囮ですか」

 カウティベリオがすぐさま反応する。

「ええ。相手にとってパトリ様がこんなに早くここにたどり着くのは想定外に違いありません。とはいえ、トリス様の正確な位置を把握できていない状況で急襲をかけることは、逆に追いつめられた彼らによってトリス様が危害をくわえられる可能性が高い。そこで彼らにゆとりを与え油断を誘います。うまくいけばパトリ様の動きを封じるために、彼ら自身がトリス様を連れてきてくれるでしょう。そうならなくとも我々がトリス様を見つけます」

 うん。全部理解できたとは言わないけど、だいたいわかった。けどやっぱり、あえて司祭様を修道院に帰す必要があったんだろうか? いくらお供の数をごまかしたとはいえ、わざわざパトリ様が来ていることを知らせなくても良かったんじゃ。

 自然に顔に不満がでてしまったのか、ミゴンさんが微笑みながらアタシに耳打ちしてくる。

「事前にこちらの手を教えることで、相手の手を制限することができることもあるんですよ。不安かもしれませんが、いまは私を信じて。必ずあなたの大事なトリス様をお助けしますから」

 なんだか唐突に恥ずかしくなってきてしまい、頬が熱くなるのを意識しつつうつむいてしまった。

 彼はそんなアタシの頭を優しい手つきでなでると、カウティベリオに自身の通話魔具を渡し、ベルたちを引き連れ山道を登って行く。

 パトリ様もすぐそれに続こうとしたが、自称弟子にひきとめられ、人の話にはちゃんと耳をかたむけなさいと説教をされていた。

 アタシはこれから登るレグラ山の山頂を見あげる。

 問題の修道院は山の中腹。平坦になっている箇所の山林をきりひらく形で建てられているらしい。

 トリス様が拉致されたと報告を受けてから、まだ一日も経過していない。だというのに、もう何日もトリス様にお会いできていないように感じる。

 早く会いたい。またあの優しい微笑みをむけてもらいたい。

 しばらくして、アタシたちも山道を登り始める。修道院に唯一繋がっている道のせいか、それほど通行量の多い道ではないだろうに、きちんと整備されていたので、登るのは苦ではなかった。アタシが山道に慣れているせいもあるかもしれない。カウティベリオはきつそうだったから。運動不足だね。間違いなく。

 パトリ様は平気そうだ。ほとんどの移動を転移魔法に頼っているから、てっきり途中で我儘を言い始めるんじゃないかと内心ドキドキしていたのだけど、汗ひとつかいていない。アタシよりも平気そうだ。

 パトリ様は体力もあるのかと感心しかけたアタシだったが、クロが呆れたように述べた言葉に、アタシも驚きを通り越して呆れることになる。

「パトリの姉ちゃんは本当にとんでもねえな。総魔力量以上に回復量がとんでもねえんだな。飛翔魔法をずっと使い続けてっからけっこう魔力消費してるはずなのに、ほとんど減ってる気配がねえよ」

 クロの視線がパトリ様の足元に向けられていたので、アタシも見てみると足がまったく動いていなかった。地面に足をつけてすらいない。その状態でアタシたちの歩調にあわせて前進している。これでほとんど魔力消費がないとか、本当になんでもありだな、この人。

 そんな道中も陽がかたむき始めたころに終わりをむかえる。

 修道院と思われる建物がアタシたちの視界に映った。ただ斜面を登りきる前に、アタシたちの歩みはとまる。

 アタシたちを見おろすように立ちふさがる人影。

 高級そうな生地を使ってると思われる白い司祭服に身を包んだ、厳めしい顔の中年男性が黒の修道服姿の男の人を二人引き連れ立っていた。

「ようこそお越しくださいました、巫女殿。巫女殿が幼少の時に一度お会いしましたが、魔法神教団において枢機卿を任されております、ファーナーと申します。近々こちらからお招きする予定でございましたが、自ら率先してお越しくださるとは光栄にございますな。ようやく巫女殿の使命に目覚められたのですね。あなたのお力は魔法神様より与えられしお力。主に還元されることを主もお喜びになるでしょう」

「わけのわからないこと言ってないで、トリスちゃんをかえしなさい!」

 自分の言葉に酔うように語る枢機卿に、パトリ様が吠える。

 だが、枢機卿はパトリ様の言葉がまったくわからないとでもいうように不思議そうに眉をひそめる。

「かえす? なにをでございましょうか? そもそもトリスとはどなたのことでございましょう?」

 とぼけるつもりらしい。ああ、そうか。確かミゴンさんの作戦で、司祭様は捕まる前に気づいて戻ったということにしてあるんだっけ。書状を見たことは伝わってないということだ。

「トリスちゃんといったら私の弟に決まってるじゃない! いいからさっさと連れてきなさい!」

 パトリ様の声がどんどん荒ぶるが、枢機卿の表情はかわらない。

「弟? はて、巫女殿に弟がいたとは初耳でございますな。ラブリース侯爵家では宮廷魔術士団長と巫女殿がお生まれになったあとに、人の子がうまれたという話は聞き及んでおりませんが」

 枢機卿の表情がくずれた。まさしく破顔と言ってよい笑顔だった。

「そう言えば昨年、侯爵閣下が魔法神様のご加護を与えられなかったゴミクズを破棄なされたそうですな。ただそのゴミクズが処理されずに放置されておりましたので、せめて魔法神様のお役にぐらいはたたせてやろうと思いまして、昨日回収させた次第でございます」

 このクソジジイ! 

 言うにことかいて、トリス様をゴミクズって表現しやがった!

 幸か不幸か、遠回しな表現だったためパトリ様は理解できずに首をかしげていたが、カウティベリオが汚らわしいモノを見るような視線を枢機卿にぶつけている。

 ただ、クロの様子がおかしい。いつもなら真っ先に怒鳴ってもおかしくないのに、なんだか小刻みに震えている。

「どうしたの、クロ」

 心配になり声をかけると、絞り出すようにして言葉をかえしてくる。

「アイツからトリスの……血の匂いがする。ガーバートでエルフともめた時に嗅いでっから間違いねえ」

 アタシは驚いて枢機卿に視線を戻す。

 トリス様の血の匂いって……まさか⁉

「いまいち私の言っていることをご理解されていらっしゃらぬようだ。いいでしょう。実際にお見せした方が早い。そのゴミクズを魔法神様のためにどのように役立てたかお見せしてさしあげよう」

 枢機卿がパチンと指を鳴らすと、背後に控えていた修道服の一人がブツブツと詠唱らしきモノを唱えはじめた。

 彼らが立っていた横から天に向かって青白い光が立ちあがる。どうやら地面に魔術陣が描かれていたようだ。しかも召喚魔術。地面からゆっくりと姿を現したてきたのはゴーレム。濃い紫色の鉱石系のゴーレムが四体。

 もしかしてあれって……。

「ホーレイト金剛石?」

 アタシの呟きを聞いた枢機卿の目が見開かれる。

「これは驚いた。まさかこの鉱石を知る者が、この国にいるとは。しかもこんな小娘とはな」

 この大陸の鉱石じゃない。このスウェードエスト大陸のはるか北西、五大大陸の中でも一番遠い大陸であるセブデーンス大陸。

 アレはその大陸にかつてあったという王国で産出されていた特殊な鉱石だ。

 とにかく重くて固い。そのあまりの強度のため加工すること自体が非常にむずかしく、熱や水にも強い。

 用途としては、大きな物は掘り出された状態のまま吊りあげ式の門として使用するとか、小さな物は他の鉱石を削ったりするのに使用するといった使用法がほとんど。それ自体を道具に加工するのは難しいと言われている。父さんも手の平程度の欠片を持っていて、あれこれと試していたたけど結局加工できず、最終的に工房の飾りになっていた。

 それをあんな綺麗なゴーレムに作り変えるなんて、いったいどんな技術をつかったのだろう? すっごく気になる。

「貪欲なる大地よ。汝より奪われし尊き血肉を、その大口を持って体内へと呼び戻したまえ。アースグラトニー!」

 アタシの感動など知ったことかと、パトリ様が問答無用でゴーレムの処分にかかる。浮いているパトリ様の足下の地面が割れたかと思うと、亀裂が一気にゴーレムを従えた枢機卿へと向かって行く。

 なるほど! 地面を割ってそこにゴーレムを落してしまえば、身体がどれだけ硬かろうと関係ない。絶対考えていないだろうに、この場で最も効果的な魔法をすぐさま選択するなんて、さすが天才!

「おやおや、弟と呼んだゴミクズを自ら始末されるおつもりですか? 大事にしているようでもしょせんはいらないゴミクズということですな」

 枢機卿の不穏な言葉に、パトリ様がすぐさま地面に手をつく。裂け始めていた地面が、嘘のようにその口を閉じていき、完全にもとの状態にもどる。

「どういう意味?」

 パトリ様の声に戸惑いが感じられる。

「言ったでしょう。どのように役立てたかをお見せすると。四号、前に出よ」

 枢機卿の言葉に反応し、紫色のゴーレムの一体が前に進みでた。

「この鉱石は魔力に対しても抵抗力がありましてね。外側からの魔力はほとんど弾かれてしまうので、魔力を使った指示は受け付けにくい。そこで声による指示の受理と、ゴーレム自身の思考を可能にするために、とある工夫をいたしましてね」

枢機卿の口角が吊りあがる。

ぜよ、四号」

 突如として、前に進み出たゴーレムが大きな音をたてて爆発した。

 破片が四散する。

 枢機卿たちに向かった破片は三体のゴーレムが盾となって防ぎ、アタシたちに向かってきた破片は、パトリ様が腕を振り下ろすなり全て地面へと埋まる。

 あの鉱石を砕くなんて、いったいどんな仕組みなの⁉ 加工した技術といい、アタシの知識を完全に超えてる! 無茶苦茶知りたい!

 好奇心にとりつかれかけたアタシだったが、爆発した跡を見てそんな気持ちは吹き飛ぶ。

 そこにはゴーレムの下半身が残っていた。爆発したのは人間でいうヘソから上だけであったらしい。

 そしてそのゴーレムの下半身から生えていたのは、まぎれもなく人間だった。

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