トリストファー救出隊(前編)

「マオ、おっはよー! はりきってトリスちゃんを探すわよ!」

「きゃっ」

 部屋をでようとするのと同時に扉が押しひらかれ、驚いたアタシは手にしていたクロの住家である魔金属製の魔力板をとりおとす。

 アタシは昨夜、シィーさんをなだめたあと、そのままあちらに泊まり、早朝にクロを連れてラブリース家本邸へと戻って来た。

 昨夜シィーさんが引き起こした騒ぎにかんしては、別荘の皆さんも領民のかたがたも、シィーさんが留まることを決意したことに心から安堵し、笑って許してくれたんだよね。

 恐るべきはやはりシィーさん。この一週間で使用人の皆さんとはもちろん、領民の人たちとも良好な関係を築きあげていたみたい。なんでも食後の散歩と称して、領内中を走りまわっては、各村、各町で、力仕事という力仕事を根こそぎ解決していたようだ。恐るべき体力と社交性。こればっかりはアタシもトリス様も真似できない。

「もう。昨日はびっくりしたわ。なにか難しそうな話をしているなと思ったら、突然飛びだしていっちゃうんだもの。心配したんだからね!」

 勢いよく姿を見せたパトリ様が、そう言ってアタシにグイッと近づきアタシの手をとる。今日はアタシ同様に、動きやすい格好をしている。

「フギャ!」

「トリスちゃんにもしものことがあったらと思うだけでも死にそうなのに、この上あなたにまでなにかあったら、わたし確実に生きていけないわ!」

「ウ~ギャ~!」

「もうわたしの計画はあなたなしでは成立しないの。だから危ないことはしちゃダメよ。必ずわたしに相談してちょうだいね。きっとカーちゃんがなんとかしてくれるから」

「いいから足をどけろ! 痛い!」

「さっきからウっさいわね! いまマオとお話ししてるのよ! 黙ってなさい!」

 パトリ様が手をはなし床にむかって怒鳴りつける。

「あら? アタシの靴が喋ってる」

「靴が喋ってんじゃねえよ! その下だ、下! 早く足をどけろ! マオ、拾ってくれ!」

「ご、ごめん!」

 パトリ様が少し足をうかせると、すぐに魔力板を拾いあげた。

「あら? なにその青い毛虫」

「毛虫じゃねえよ! クマだ! おい、マオ。まさかコイツが……」

 パトリ様にのぞきこむように顔を近づけられたクロが、すごく嫌そうに顔をしかめる。

 ああ、そっか。前にクロがパトリ様を見たのは、シィーさんが倒れた時の一瞬だけだもんね。それじゃあ憶えてないのも仕方ないか。

「うん。トリス様のお姉様のパトリ様だよ。パトリ様、こちらの方はクロガラ様です。トリス様の親友でイディオ・グリモリオの守護をされていた守護霊獣様です」

「トリスちゃんの親友!」

 パトリ様が両手でガシッとクロを掴む。

「あなたも一緒にトリスちゃんを探しに行きましょう!」

「わかった! わかったから放せ! お前、身体中から魔力が溢れてて、握られると普通に痛いんだよ!」

 さすがにクロが可哀想だったので、興奮気味のパトリ様の指を丁寧にはがして魔力板をシィーさんと同じように作業着の胸ポケットに入れた。それにしても、さらりとイディオ・グリモリオのことを聞き流していたけど、知らないわけじゃないよね? トリス様の親友というところに気をとられただけだよね?

「あのーパトリ様。公爵様の指示に従うように言われてませんでしたっけ?」

「うん。そのお父様が探しに行っていいよって。陛下とエアちゃんの許可をもらえたならって」

 陛下? もちろんこの国のだよね。魔法魔術ギルドの長であるエア様の許可はわかるけど、なぜ国王陛下まで?

 さすがにこの国の事情はわからない。クロも知らないだろうな。トリス様がいてくれないとなにがなんだかさっぱりだ。本当に心細い。なにより寂しい。アタシだっていますぐ探しに行きたい。

「許可はもらえたのですか?」

「わかんない。でもきっと誰かとってくれると思うから」

 微笑みながらあっさりと言う。

 うわー、もらってないんだ。

 アタシの心の声と同様にクロが呆れた声をあげる。

「おい。こいつ大丈夫なのか、マオ」

「アタシに聞かないで」

 アタシで制御できる人じゃない。だからといって、このままパトリ様に流されてもダメだよね。

「とりあえずエア様の許可だけでも貰いに行きましょうよ。カウティベリオさんに頼めば代わりに許可をとってくれるとおもいますよ」

「そうね! わたしの代わりに考えてくれる人は必要だし、カーちゃんは連れていきましょう」

 いや連れて行くんじゃなくて。さすがに自称弟子にまでこられたら面倒だ。

 反論する前に、しっかりと肩を掴まれる。転移魔法で飛ぶつもりだ。

「飛ぶ必要はないよ、パトリ」

 トリス様のお兄様の声がしたかと思うと、パトリ様の肩に白いネズミが姿を現す。ラビリント様の召喚獣だ。

「あらお兄様。お帰りなさい」

「いや、帰ってこれないからこの子をにきてもらったんだけどね」

 たぶんその理論はパトリ様には通じない。絶対、白ネズミとお兄様が一緒になってる。

「おう。トリスの兄ちゃんだな」

 白ネズミが丁寧に頭をさげてくる。

「クロガラ様、またも召喚獣でのご挨拶、どうかご容赦を」

「しょうがねえって。いそがしいんだから。それにトリスのために動いてくれてんだろ?」

「そう仰っていただけると助かります。おふたりに現状を簡単にご説明させていただきますね」

 後ろ足だけで立ちあがり姿勢を正す。

「現状、まだトリスを拉致した犯人たちからの接触は、どこにもきていないのです。とはいえ、相手からの接触を黙って待っていてはトリスの身が危険にさらされる可能性が高まる。こちらにもまったく手がかりがないというわけでもない。そこで極秘で捜索隊を動かそうということになりまして」

 白ネズミさんが言葉をきって、パトリ様を見る。

「相手はパトリのことも注視しているかもしれませんが、彼女の転移魔法による移動は監視しきれるモノではありません。戦力としてはともかく、捜査のとしては彼女以上の適任者はいない。陛下と魔法魔術ギルド長の許可は私の方でいただきました。もう間もなく、この作戦に参加してくれる冒険者四名とパトリのお目つけ役がそちらに到着します。詳しい内容の説明は冒険者の代表者にするよう指示がいっていますので、お二人にもご同行願いたいのです」

 トリス様を彷彿とさせるその理論的な言葉に、一瞬だけ視線を交わしたアタシとクロは、揃って白ネズミさんに向かってうなずく。

 部屋をでて玄関の間にいくと、そこにはすでに見覚えのある冒険者がアタシたちを待っていた。たしかクロの視察団に加わっていたS級冒険者ミゴンさん。

 隣には自称弟子もいる。

「パトリベータ様、クロガラ様、マオ殿。これよりデセルトの冒険者ギルドへ移動していただきたく思います。他の三名は先にいかせていますので」

 きらきらと光る頭をさげる。

「デセルトの冒険者ギルドね。見えた。つかまって」

 ミゴンさんは言葉の意味を計りかねたようだったが、カウティベリオが慌てて彼の手をひきパトリ様がさしだした手をつかむ。

 周囲の景色が玄関の間から貧乏くさい冒険者ギルドの受付にかわった。

 目の前で私と同い年くらいの冒険者が三名、突然現れたアタシたちに驚き腰をぬかす。

 ミゴンさんも驚きはしたようだが、さすがは高位ランクの冒険者。

 すぐに気を取りなおし、男の子になにか耳打ちする。

 彼はうなずくとギルドからでていく。

「ベルとミセリは飲み物を部屋へ持ってきてくれ」

「了解です」

「わかりました」

 元気よく返事をした女の子たちともそこで別れ、彼はアタシたちをギルド奥の一室に案内する。

「ここでトリスちゃんの居場所がわかるの?」

 待ちきれないと言った様子でパトリ様がたずねる。

「いえ。ここでトリス様の捜索の方針を皆様にお話しいたします。本来ならば移動しながらと考えておりましたが、パトリ様のおかげで時間がかなり節約できました。焦られるお気持ちはわかりますが、トリス殿の身の安全のためにも慎重を期さねばなりません。どうかご容赦を」

「トリスちゃんのためね。なら我慢する!」

「ありがとうございます。トリス様をお助けするには、最終的にパトリ様のお力が必要。そこまでの道は我らが作りますので、もうしばらくお待ちください」

「わたしがトリスちゃんを助ける⁉ うん、わかった! わたしにできることはなんでも言って。頑張っちゃう!」

「重ね重ね、お礼申し上げます」

 魔灯の光を反射する頭を再びさげる。

 私はこっそり自称弟子の袖をひく。

「いいんですか、カウティベリオさん。お仕事奪われちゃいますよ?」

 パトリ様を上手になだめるミゴンさんを見ながら、お目付け役である自称弟子に茶化すように言ってみる。

 彼が鼻をならす。

「むしろ奪っていただけるなら奪っていただきたいですな。パトリ様が別行動とならなければ、表向きのトリストファー捜索隊の魔法魔術ギルド員を指揮する立場として参加するはずだったのです。そのほうが何倍も気が楽なうえ、やりがいもあったというのに」

「わかる。オレもあの姉ちゃんにあってから、踏んだり踏んだりだったからな」

「おお。クロガラ様も被害にあわれましたか。心中ご察しいたします」

「うう。ありがとう。お前、わりといいヤツだったんだな」

 クロと馬鹿弟子は再会してから意気投合しているようだ。間違いなくパトリ様のおかげだね。

「ところでここってどこなんですか? 冒険者ギルドなのはわかるんですけど」

「宗教都市デゼルトのようですな。王都から南東へ一日ほどの距離です」

 一日の距離を一瞬で。あらためてパトリ様の転移魔法のすごさを思いしる。

「さあ、お座りください。これから我々が訪問しなければならない場所は、少々難しい場所ですからね。いまから緊張していては、とてもではないがもたない。いまは心の準備をするにとどめてください」

 ミゴンさんにうながされ椅子にすわると、そこに先ほどの女の子たちが人数分のお茶をお盆にのせて部屋にはいってきた。

 とんがり帽子の子がお茶を皆に配っている間に、ショートボブの子がミゴンさんになにやら耳打ちしている。

「やはりいたか。そのまま目立たぬようはりつけと伝えろ。無闇にとりおさえようとしないようにともな。そのあとはお前は扉の前に立っていてくれ」

「了解です」

 ひとつうなずき、再び部屋をでていく。

「ミセリは襲われたときのことを事実だけで語ってくれ。主観はいれんようにな」

「はい。わかりました」

 ミセリと呼ばれた子は緊張した面持ちでうなずく。

「彼女たち三名は、トリス殿が拉致されたときにともに依頼をこなしていた者たちです」

 思わぬ言葉に立ちあがりかけたアタシの腕をカウティベリオが掴み、クロも服の襟をグイッと引っ張ってくる。

「まずは話を最後まで聞こうぜ、マオ」

「う、うん。そうだよね」

 息を大きく吐くと、椅子に座りなおす。ミセリを見れば申し訳なさそうにうつむいている。

「どうか三人を責めないでやっていただきたい。襲撃者との実力差がトリス殿も含めてかなりあったと思われます。トリス殿を置いての逃げるという選択は、彼自身の指示でもあったようですから。それではこの者に当時のことを説明させる前に、パトリ様」

「ん? なになに、早速なにかする?」

「はい。できればこの部屋に魔法による干渉がないか確認していただきたい。床下や天井に人が隠れていないかもわかるようでしたら」

「はーい」

 明るく返事をして、人差し指をくるりと回す。

「うん。大丈夫。どこにも魔法とか魔術はないよ。人もいないみたい。一応結界張ったほうがいい?」

「お願いします」

 もう一度明るく返事をしたかと思うと、すぐさま部屋が青白い光に満ちる。

 本当にすべての魔法が一瞬だ。でもパトリ様って時々詠唱もされるんだよね。なんでなんだろ?

「ありがとうございます。それではミセリ。頼む」

 ミゴンさんにうながされ立ちあがると、バグロームの森という所で黒ずくめの集団が襲ってきたことから、トリス様にパトリ様に伝えるよう言われ逃げたことまでを、時折泣きそうになりながらも、しっかりと説明してくれた。

 実にトリス様らしい言動だから嘘はないと思う。アタシがそばにいても、同じように行動させただろう。うん。三人のことは責められない。いまは救出することに集中。

 彼女が座ると今度はミゴンさんが立ちあがる。

「私は冒険者として様々な国を渡り歩いてきたのですが、三人が語った集団に心当たりがありましてね。おそらくコイツらはこの国の者じゃない。雇われ者です。三人を逃がしてトリス殿を拉致したことをおおやけにしているにも関わらず、いまだになんの接触もしてこないことからも間違いないかと」

 自称弟子が鷹揚に頷く。

「なるほど。つまりバグロームの森から、雇い主の待つところまでトリストファーを運ぶのに時間がかかっているということですか」

「さすがカウティベリオ殿。御明察です。その運んだ場所で依頼主がトリス様を確認してから連絡手段を講じるとしたら、早くても接触は今夜か明日の朝。私はそうみております」

馬鹿弟子の眉間の皺が深くなる。

「その見立てでここへ来たということは……。いささか結論が短絡的ではありませんか?」

「仰りたいことはわかります。ですがあなたなら、組織というモノが大きくなればなるほど一枚岩ではいられなくなるということが理解できるはず。なによりパトリ様が直接このギルドに転移してくれましたが、先ほどカレジから慌てた様子でギルドを出て大聖堂に向かう者がいたとの報告がきました。いまのところはまだ泳がせていますがね」

 うわ。内容はいまいちわからなかったけど、この人ほとんど計算ずくで動いているみたい。以前ガーバートに来た三人の冒険者さんの中では一番人がよさそうだったけど、そうでもないみたい。

「通話魔法はとんでもなく高技術なうえ高魔力が必要ですし、通話魔術具はたいへん高価です。使いぱっしりにまで配備できる物じゃない。我々は今回、宮廷魔術師団から通話距離がそれほど長くないかわりに、携帯できるものを一組借りうけましたがね。ともかく、それで敵方にご注進に走る奴がいるんじゃないかと思っていたわけですが、案の定でした。それでは、我々も向かうといたしますか」

 え? どこに?

 パトリ様はもちろんアタシも戸惑って立ちあがれずにいると、横からカウティベリオが説明してくれる。

「冒険者ギルドの裏切り者が向かった大聖堂に、我々もむかうということです。ミゴン殿はトリストファーの拉致に魔法神教会がかかわっていると言っているのですよ」

 自称弟子は憂鬱そうに息を吐きだした。

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