初めての依頼(後編)

「この枝って切っちゃっていいの?」

「長さとしては腕の長さ程が良いということですから、あまり短くしないように注意してください。葉のほうは落としてしまってかまいませんので」

「はーい」

「ウッドバッドってそのまま袋突っ込めばいいのか?」

「それでもかまいません。解体はギルドでもやってくれるそうなので。必要なのは牙が六本に翼が四翼になります。そのまま入れる場合は、状態の良いモノを二匹選んでください。ただせっかくですから、魔核は全て回収しておいたほうがいいとは思います」

「そうだな。了解」

「お願いします。ミセリのほうはどうですか?」

「こっちは大丈夫。カエユリ草は見分けつくから」

 街道でディミオススネイクを倒したあとは、なにごともなく目的のバグロームの森近隣にあるパンセ村に到着し、村長に挨拶をしてから、村で小一時間ほど休憩をとり森へとはいった。

 今回の依頼で集める採集物は複数あったが、ほとんどの物が素材として集める必要のある牙と翼を持つ、ウッドバッドという蝙蝠型の魔獣の生息地域で集まるものだったので、森の中で不必要に歩きまわる必要はない。

 ウッドバッドの生息が確認されている区域にはいると、好戦的な個体が六匹、森の薄暗さに便乗するように羽音をたてずに襲ってくる。

 でも、こちらには初歩的な魔法ばかりとはいえ、幅広く柔軟に、しかも正確さまで兼ねそなえた魔法士が三人。ボクが気をひいてやるだけで、苦もなく倒すことができてしまう。この三人ならいまの実力のままでも、指示をだす者さえいれば、それほどときをかけることなくDランク、いやCランクぐらいまでなら昇級できるのではないだろうか。

 こうして必要な数のウッドバッドを倒したボクらは、それ以上彼らを刺激する必要はないので先には進まず、その場で他の素材の収集をおこなっているわけである。

 三人にそれぞれ指示をだしながら、ボクもインカーズマッシュと呼ばれる食用にも使えるキノコを集めていた。

 ボクは特に信仰している神はいないので、なんの儀式に使うものなのかはよくわからない。もっとも家族で魔法神教の一般信者であるらしい三人も、どういった儀式にこれらが必要なのかはわからないそうだ。興味はあるね。なんと言っても魔法を司る魔法神を崇める集団の儀式だからね。

 ボクが儀式に思いを馳せながら四つ目のインカーズマッシュを採取したときだった。

 周囲からなんだか粘りつくような視線を感じ、反射的に声をあげる。

「全員、カレジの所に集まって周囲に警戒を!」

 言いながら駆ける僕と同様に、ベルとミセリもウッドバッドを選別していたカレジのもとに集まる。背中を向かい合わせ、それぞれが四方に顔をむけた。

「探索魔法使うね」

「探索魔法使うぞ」

「探索魔法使うわ」

 三人がそろって言う。

「ミセリだけでいいです。ベルは魔法障壁で魔法攻撃に、カレジは風幕ふうまくの魔法で弓矢に警戒を!」

 指示に従いそれぞれすぐに別の魔法を展開する。

「トリス。まずいわ。囲まれてる。しかも魔獣じゃなくて人みたい。人数は十二」

「村の人たちじゃないのかな」

「村長さんには挨拶をさせていただきました。猟師のかたが活動しているのは別の区域だそうです。多人数で移動しているとも思えません。なにより声もかけずにとり囲むこと自体に敵意を感じます」

「同感だな」

 ベルの言葉に応えたボクの言葉に、カレジが同意を示す。

 相手の行動にそなえ、次の指示をだす前に、木陰からボクらを包囲していた者たちが次々に姿を見せる。

 十二名すべて、顔までも覆い隠す黒ずくめの姿。両拳には長く鋭そうな金属製の刃が四本ずつついた手甲を装着している。たんなる盗賊とも違うようだ。生い茂る木々をうまく活用し、的確な幅で包囲網を形成している。明らかに素人ではない。

 集団の中で、ボクの正面に立った男が一歩前にでる。

「トリストファー・ラブリースだな。我らの目的は貴様を生け捕りにすることだ。無駄な抵抗をしなければ、他の三人の命は保障しよう。了承するならば、全員手を後ろに回し、その場に座ってもらおうか」

 押し殺した声が、静寂につつまれた森の中でボクに重くのしかかってきた。

「ダメだよ、トリス!」

「ああ。俺たちは仲間なんだからな」

「約束も守りそうには見えないもの」

 三人が口々にさけぶ。

 声は間違いなくボクの正面の男にも届いているはずだが、男は三人の言葉にはいっさいの反応をみせない。覆面の隙間からわずかにのぞく目で、ボクの動きだけを注目しているようだ。

 さてどうしたものか。ボクも三人の意見には同意ではある。素直に従うのは得策とは言えない。

 正面の男の言葉はこうだった。

「目的は貴様を生け捕りにすることだ。無駄な抵抗をしなければ、他の三人の命は保障しよう」

 命を取らないが、無傷で逃がしてくれるとは言ってない。彼らはたぶん金で雇われているか、主人のような存在に仕えているかで、彼ら自身がボクを捕まえて、なにかをする目的があるわけではないと思う。つまり彼ら自身が命の保証をしたところで、命じた相手に引き渡されたときに命を奪われる可能性はあるということだ。

 完全に手も足も出なくなってからよりも、あがくならいま。

 ボクは両手を後ろにまわしてうつむくと、背後の三人にだけ届く小声で話しかける。


「細かい説明は省きます。手を後ろに回し姿勢を低く。合図したらミセリの方向に駆け、火球を正面に撃ちながら一点突破」

 全員がふれる感触がうしろにまわして手にあった。三人の了承の意思を確認し、今度は男たちにも聞こえる大きな声で言う。

「どちらにしろ勝ち目がありません。全員指示に従ってください」

 ボクは皆を導くように、男の指示に従って座るかのように、ゆっくりと姿勢を低くしていく。三人はブツブツと文句を言っているように見えるが、よく聞けば火球の魔法の詠唱だ。三人ともなかなかに芝居が上手い。

 相手は野盗ではなく訓練を受けた戦士。人数は三倍。魔法の使用の有無はわからないが、魔物の乱入を防ぐために、あえてボクでも気づけるような殺気を放ったのだろう。明らかに訓練を積んだ実力者たち。いくら優秀な魔法士三人でもさばききれない。ボクも指示をだしている余裕はないだろうし。

 選択は逃げの一手。

 男の目に油断はない。たぶんこの芝居もそれほどの効果はないだろう。でも十二人全員が同じ実力や考えを持っているわけではないはずだ。こちらの三人のような例は稀有なんだから。

「走れ!」

 ボクの合図にボクを含めた四人が一斉にボクの真後ろに走る。こちらがパンセ村の方角だ。地形はなだらか。少しくらい道を外れても必死に走れば真っ直ぐ進んだ方が早い。

 三人は指示したとおり正面にむかって火球を放つ。

 正面をふさいでいた三人の黒ずくめは、火球をかるくかわし、包囲を狭めてきた。カレジの舌打ちが聞こえる。

「狙わなくていい! 打ち続けながら走れ! 森に火がつけば煙が上がる。村の誰かが異変に気づく!」

 ボクがそう叫ぶと、隊長らしき男の舌打ちが聞こえてくる。

「余計なことを。早く取り押さえろ。一人生かしておけばよい。お前たちは消火にまわれ」

 声の距離から、隊長格の男は先程の場所からほぼ動いていない。消火を指示した相手は近くの二人かな。だとすれば包囲網は九人。皆の背後にボクがいれば、後ろからの攻撃は限定できるはずだ。攻撃はうけるかもしれないが、生け捕りを狙っている以上、致命傷になるような攻撃はこないに違いない。

「どけぇぇぇ!」

「うおぉぉぉ!」

「いやぁぁぁ!」

 三人が思い思いに叫びながら、指示通りに火球を撃ちつつ走り続ける。

 正面の黒ずくめはそれを巧みにかわしながら、ミセリに肉薄してきた。


「三人ともしゃがんで!」


 急な指示だったにも関わらず、三人は半ば倒れ込むようにして体勢を低くする。

 その三人を跳び越えながら、目前に迫っていた黒ずくめの顔に向かって拳を突き出す。空中での無理な体勢から繰り出されたその拳は、男の金属製の爪の裏側で難なく受け止められる。でも頭はすぐそこ。これで充分! 

 後は運しだい。彼が人並み程度の魔力であることを魔法神に祈るのみ。

 信心は持ち合わせていないけれど、今回の仕事が魔法神教団の依頼だったためか、ボクの祈りは通じ、男の体勢が崩れていく。

 彼が地面に倒れるのを見届けず、両腕を左右に大きく広げ、包囲を狭めてきていた二人の黒ずくめの爪をそれぞれ手甲で受け止める。生け捕りの指示が出ているせいで、力があまりはいっていない。ボクは彼らの爪を押し込み、それぞれの顔に腕を近づける。運が良いことに、二人も平均的な魔力所持者であったらしく、先ほどの男と同様に、地面をベッドに倒れ込む。

「走れ! もう魔法はいい。全力で森を抜けろ!」

 なにが起きているのかまったくわからなかったのだろう。ポカンと口をあけて地面に座りこんでいた三人が、弾かれたように立ち上がり再び走りだす。

 彼女たちがボクを追い抜いたところで、ボクは黒ずめたちに向き直り腰を落として身構える。

「トリス!」

 ボクがついてきていないことに気づいた最後尾のミセリが叫ぶ。

「止まらないで! 姉さんに、パトリベータ・ラブリースにこのことを伝えてください! 急いで!」

「わかった!」

「死ぬなよ!」

「約束だからね!」

 うん。一瞬止まりかけたけど、また駆けだしてくれたね。これでボクが時間稼ぎできれば……。

 しかし、やはり相手は訓練を受けた戦士だった。三人がほとんど戦うことなく倒れたのを見て、無理に包囲を縮めてボクに寄ってくることはしない。

 左右に大きく分かれ、ボクを避けて三人を追おうとする。

 クッ! せめてどちらか一方でも!

 そう思って右の二人に割って入ろうと足に力をいれる。

「止まれ! 目的は達した。追わずとも良い。四人はそのままソイツを包囲。二人は消火を手伝え」

 あのボクの正面にたっていた男だ。やはり彼がこの集団の隊長のようだね。他の黒ずくめが素直に指示に従っている。

「お前も目的は達しただろう。これ以上の抵抗はするな。得体の知れぬ技を使うようだが、手を相手の頭部に近づける必要があるのだろう? 同時に相手できて二人。こちらとしても依頼とはいえ、無駄に手足は切り落としたくないのだ。アイツらはお前の姉に助けを求めに行くのだろう? ならば一人で行かせるも三人で行かせるも同じだ。もう追わぬ。だからお前ももうよせ」

 やっぱり狙いは姉さんか。試しに姉さんの名前をだしてみて正解だったね。これまでの姉さんだったらなにを引き起こすかわからなかったから、絶対にこういったことに関わらせたくなかったのだけど、あの三人なら実家じゃなくて魔法魔術ギルドに行くだろうから、連絡が伝わるのはそばにカウティベリオ君がいる時になるだろう。少なくとも暴走をするのは抑えてくれるはず。

 ボクはかまえをとき、両手を後ろにまわすと、今度は本当に地面に座りこむ。

 いれかわるように、先ほど魔力枯渇で倒れた三人が、頭を振りながら立ちあがった。回復が早いね。魔力は人並みにあっても普段から積極的に魔力を活用している魔法士に比べたら、身体への影響力は弱めなのかな?

 魔糸による魔力拡散は、ボクのように魔力が著しく低い人は元々魔力が身体に与えている影響がほとんどないため、ちょっと違和感を感じる程度で気を失うことはない。これは自分で試した。

 逆に魔力の多すぎる人は拡散する量より供給される量が多いから、まったく影響がない。じ、実は姉さんでこっそり。

「まったく。醜態をさらしおって。さっさとソイツを縄で拘束しろ」

 指示を受けた三人が、彼らの仲間にとりかこまれているボクに、とても嫌そうに近づいてきた。

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