初めての依頼(前編)

「おはようございます」

「おっはよー!」

「おっす、トリス」

「おはよう。今日はよろしくね」

 ボクの挨拶に、冒険者ギルドブルカン支部の前に姿を見せた三人が思い思いに挨拶を返してくる。今日も息ピッタリといった様子だ。

 早いもので、僕がリュエル魔導王国王都ブルカンに到着してから、すでに五日が経過していた。到着した翌日に支部の受付カウンターで出会った三人、リーダーをしているキノコ頭の少女ベルファニア、ツンツン頭の少年カレジ、とんがり帽子をかぶった少女ミセリと一緒にギルドの依頼を受ける日をこうして迎える。

「おお。スゲェ。かっこいい」

 カレジがボクの装着している金属製の手甲と足甲に目をとめ、目を輝かせる。

「うん。様になってるよね。正直に言っちゃうと線が細く見えてたから、本当に格闘術使えるのかなって思ってたんだよ。でもなんか大丈夫そう」

「こら、ベル。失礼よ」

「かまいません。ボク自身にもそう見えますので」

 慌てて窘めるミセリに、笑って答える。

「実際にどれだけ動けるかは実戦でお見せするしかありませんが、ボクが師について武術を学んでいたのは五歳から十歳までの五年間です。その後はリュエル魔導学園の寮生になりましたので、鍛錬は積んでいましたが、実戦からはかなり遠ざかっています」

 ガーバートでも何度かゴタゴタには巻き込まれたけれど、ほとんど戦っていない。王都への移動中も先輩任せだったからね。幼い頃の勘を取り戻すにはいたらない。

「へえ、そうなんだ……ってちょっと待って」

「実戦から遠ざかっているって……」

「五歳から十歳の時には戦闘をこなしてたってこと⁉」

「無理やりにですけどね」

 当時のことを思い出すと、よく生きてたなって思うよ。父さんとしては、魔法を使えないボクに別の道もあるのだと教えたくて、師匠を呼んだのだろうけど、子供の指導役としてあの人はどうかと思わずにはいられない。成長したいまだから余計にそう思う。

 口々に凄いを連呼する三人と共に支部に入る。

 ボクらの姿を見とめ、以前と同じ受付の女性が手を振って出迎えてくれた。

「お待ちしておりました。皆さん。丁度良さげなレベルの依頼が名指しできていますよ」

 名指し?

 女性の言葉に、ボクだけでなく三人も同時に首をひねる。当然だろう。通常名指しでの依頼はアミナさんたちのような高ランク冒険者にくるものであって、最低ランクであるEランク冒険者チームにくるようなものではない。

 ボクらの疑問をよそに、受付の女性は明るく続ける。

「はい。ラブリース様の冒険者挑戦を祝って、魔法神教団からの儀式用素材採集の依頼です」

 ああ、そういうことか。ボクと姉さんを間違えているわけではないだろうけど、ボクに恩を売りつけることで、姉さんやラブリース侯爵家への繋がりを作りたいということなのだろうね。

 魔法自体や魔法を使う者に加護を与えるとされる魔法神オルター。

 魔法技術に長い歴史を持つこのリュエル魔導王国では、百を超えると言われる神々の中でも最も信仰されている神だ。かつて世界中で多くの宗教戦争が生まれた関係で、現在では国と信仰の分離を尊ばれている。

 だから国教にこそなっていないが、王族、貴族、平民を問わず、深く生活に入りこんでいる。

 彼らとしてはより信仰を強いモノにするためにも、権力者を信者の先頭に立たせたり、象徴となる人物を取り込みたい意思がある。

 おそらく現状世界一の魔法力を誇る姉さん。侯爵という地位を持ち、国の重要な役目を担う人物を二人も要しているラブリース家。どちらも取り込みたくて仕方がないに違いない。

「トリス、無理しなくていいよ」

「おう。なにもこれしか依頼ないわけじゃないんだからよ」

「うん。焦らずいこう」

 ボクが乗り気でないのを感じとってくれた三人が暖かい言葉をかけてくれる。でも……。

「こ、困りますよ。受けてもらわないと! 教団ですよ、魔法神教団! ギルドの立場も考えてください。それに最低ランクの皆さんが、名指しの依頼を受けないのは、今後の活動にも影響がでちゃいますって!」

 だよね。

「みなさん、ボクの家名のせいでご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。今回だけこの家名への指名依頼受けさせていただけないでしょうか。自分の立場をきちんと把握していなかったボクの後始末をさせるようで、たいへん心苦しいのですが」

「トリスが謝ることないよ」

「ああ。俺たちは別にかまわないしな」

「うん。内容的には私達の実力に見合ったものではあるみたいだし」

 本当にありがたい。この三人にもだけど、この三人と引き合わせてくれた姉さんの魔法にもあらためて感謝だね。その意味では魔法神にも感謝かな。

 三人の心遣いにほころぶ顔をひきしめ、ボクは受付の女性にむきなおる。

「今回はおうけいたします。ですが冒険者ギルドに所属したのはトリストファー個人であってラブリース家ではありません。登録書にも家名は記載しておりませんので。今後一切こういった依頼を受注しないようお願いいたします。今後もまたこういうことがあるようであれば、不本意ではありますが、それこそラブリース侯爵家の名をもって冒険者ギルドに対応しなければならなくなります」

 魔導王国ではかなりの力を有するラブリース家の名前は、思っていた以上に効果的であったらしく、受付の女性は怯えた様子で、小刻みに震えながら何度もうなずく。

「は、はいぃぃぃ! 受注者にはきちんと伝達いたしますぅぅぅ!」

 ……ちょっとかわいそうなことしたかな?

 北門から王都を出たボクたちは、北西にあるバグロームの森と呼ばれる森を目指し街道を進んでいた。距離的には今回の複数の素材を集め回っても、深夜までには王都に戻ってこれる距離にある。

 依頼主の本当の目的がすけて見えるので気乗りしない依頼ではあるが、内容自体はまだ経験の浅いパーティーに対してきちんと考えられた無理のないモノだ。報酬金額も含めて。でもそれもそうか。姉さんやラブリース家との距離を縮めたいのに、ボクに無茶をさせるはずもない。

「みなさん基礎魔法がしっかりしていらっしゃいますね」

「まあね。ボクらの通った学校は基本重視だったから」

「そっから先は自分たちでなんとかしろって感じだけどな」

「裕福な家の子だと、そこから魔法魔術ギルド運営の教習所に通って、個性を伸ばす感じね」

 なるほど。三人の家庭は裕福な家庭とまではいかないので、こうして冒険者をしながら経験を積み、個性を伸ばそうとしているということだね。つまり三人ともまだまだこれからの魔法士ということだ。

 街道は定期的に王国の兵士が巡回するためか、動物も魔獣もあまりでてこないので、お互いのできることを把握するため、歩調が緩み過ぎない程度に会話をしながら歩みを進めていた。

 三人とも攻撃魔法、補助魔法、治癒魔法、強化魔法の基礎的なモノを万遍なく使える非常に柔軟性に優れた魔法士。ただし仲良く中位以上の魔法は誰も習得していない。誰かに師事するにしろ、魔導書を読んで独学するにしろ、お金がかかる。三人は生活のためだけではなく、そういったものの資金を貯める目的もあって、冒険者パーティを組むことにしたらしい。

「でも本当に凄いよね、トリス。魔糸マジびっくり」

「しかも学園で教えてるわけじゃないんだろ。天才じゃねえの」

「尊敬するわ。私たちも自分の境遇で諦めてちゃだめね」

「そだね。ギルドの魔法講習受けるのもそうだけど、先輩たちとも仲良くなろう」

「おう。中には教えてくれる人もいるかもしれねえしな。魔法以外も少しできるようにならねえと」

「これからも一緒にやるにしろ、別々の選択をするにしろ、個人個人でできることを増やさなくっちゃね」

 へえ。ずっと一緒にいることを想定しているわけではないんだね。仲がいいから、てっきり行動をともにすることしか考えていないんじゃないかって、勝手に心配していたけどそんなことなかった。

 うらやましいな。信頼もしてるし協力もできるけど、互いの存在に依存しているわけではない。とてもすてきな関係。

 ボクにそんな相手いるかな?

 ……カウティベリオ君? だ、駄目だ。一方的に罵られる未来しか浮かばない。ボクだとカウティベリオ君を悪い意味で刺激しそうだ。ボクの方はいい刺激をもらえているんだけどな~。

「ねえミセリ、村に着くまであとどれくらい?」

「そうねぇ。パンセ村まではあと一時間くらいかしら。村から森はすぐだから、行き帰りでそれぞれ村で休憩しても、今日中には王都に戻れると思うわ」

「でもさ、できれば森に入る前に一度戦闘しときたいよな」

「そだね。トリス交えての連携確認しときたいもん」

「できれば動物より魔獣が良いわね」

「動物だと、金に換えようと思ったら解体して運ばなきゃいけないもんね」

「そうですね。魔獣なら魔核さえ回収すれば、ギルド以外でもそれなりの額で引き取ってくれますから」

 三人の会話にボクも同意を示す。

 人類もふくめて全ての生物には、空気中同様、体内に魔力を保持している。ボクでさえ微量ながらも有しているからね。ただし人間や動物、植物に分類されるモノは生まれながらにして魔力の保有量はほぼ一定で、死ぬまで大きく変わることはない。

 ところが魔物と分類されている生物たちは違う。彼らは魔核と呼ばれる魔力を精製する器官を体内に存在する。この器官があるために、人類と違い通常は魔力枯渇を起こすことがない。栄養を蓄え身体が大きく育った個体はその分だけ魔核も大きくなり魔力も増えるんだ。しかも魔物は動物と違い、魔法を使う種がいる。単純なものばかりではあるけれど。

 実はこの魔核こそが、ボクが魔法陣などを起動させる際に使用する魔石の原料となっている。そのため、皮、肉、羽、骨、爪、牙、鱗といった身体的材料とは別に、買い取ってもらうことが可能。

「……みなさん。どうやら魔獣が噂に誘われてきたようです。ボクのうしろにまわり魔法の準備を」

 街道沿いの草むらが、風の強さ以上に揺れた気がして、みんなをかばうように前にでる。

 草むらにむかって構えた直後。

 先輩の二の腕と同じくらいの太さのヘビが、大きく口を開き、紫色の牙をボクに向けてくる。

 迫りくるヘビの顎を、素早く下から拳で打ち抜く。開かれた口が勢いよく閉ざされ、ヘビの頭が宙に舞う。ちょっと危なかったけど、動きが単純だから、集中さえしていればとらえるのは難しくない。

 ヘビは頭が高く持ち上がった状態でギロリとボクを一瞥すると、ゆらりと身体をくねらせ距離をとる。紫色の牙がきらめく口を大きく開き『シャーッ』と威嚇の声をあげてきた。

 肩にかけていたリュックを地面に落とし、あらためて襲ってきた蛇を観察する。

 ディミオススネイク。魔獣だ。魔物の中でも獣の姿を持つモノはそう呼ばれている。コイツはブルカン周辺でも危険な魔物に分類される、致死性の毒を持つ大型の蛇の魔獣。

「ベルはボクに筋力強化の魔法を。カレジは冷気の魔法でヤツの周辺の気温を下げてください。ミセリは探索魔法で周辺に他の魔獣がいないかの調査をお願いします!」

 うわ。失敗した。緊急だったので思わず指示をだしてしまったよ。ボクはパーティーに参加させてもらっている立場だから、ベルの判断を仰ぐべきだった。

 でも三人はボクの後悔など、どこ吹く風と一斉に返事をしてボクの指示通りの魔法を素早く詠唱し、すぐさま行使してくれる。

「うし。強化完了!」

「できる限り下げ続けるぜ」

「大丈夫。周辺に他に生命体及び魔力体の存在は感知できない。たぶんソイツがいるから」

「了解! ベルも冷気魔法を。ミセリは風刃の魔法の準備を。コイツは頭部以外に打撃は有効ではありません。ただ低温では活動が弱まります。ボクが頭部を攻撃して怯んだところで、頭部と胴体の斬り離しを狙って下さい。ベルとカレジも動きが鈍ったら風刃への切り替えを!」

「了解!」

「まかせろ!」

「わかったわ!」

 三人の声に後押しされるように、ボクはすり足でディミオススネイクとの距離をつめる。ヤツは近づくボクを警戒しながらも、急激に低下する気温に戸惑っている様子だ。

 ディミオススネイクの生命力は強い。普通に殴ったり斬ったり魔法をぶつけたりじゃ倒しきるのは難しい。隙をみて頭部の切断を狙うのがもっとも効果的。先輩はハンマーの一撃で頭を潰してたんだけどね。

 ボクがさらに距離を詰めると、ディミオススネイクもこのままじっとしていてはいけないと判断したのか、再びボクに向かって毒の牙を光らせ噛みついて来ようとする。しかし明らかに先程よりも動きが鈍い。ディミオススネイクの顎を打ち、すぐさま頭の下に潜り込む。重みで落ちてくる顎を、手甲で保護した拳で何度も何度も、骨が砕けるまで打つ。

「キシャャャャ!」

 悲鳴に近い声をあげ、頭をのけ反らせるようにディミオススネイクが逃げる。その首元に、風刃の魔法が連続でたたきこまれる。激しく身をくねらせているにも関わらず、三人はまるで一人の熟練魔法士がやっているかのように、正確に執拗に同じ箇所に風刃の魔法を叩きこむ。この人たち本当にEランク? 先週のあの状態はなんだったの?

 ボクが驚いているうちに、ディミオススネイクの身体から遂に勢いよく血が吹き出し、ヤツの首が胴体から離れ地面にドサリと落ちる。それでものたうち続けるヤツの胴体。

 ボクはそちらにはかまわず、地面に転がるディミオススネイクの頭部に慎重に近づくと、踵に金属板を仕込んであるブーツで繰り返し踏みつける。

 以前、油断したがためにイディオ・グリモリオを焼失してしまった経験があるからね。むごいように見えるかもしれないけれど、自分だけではなく仲間の身を守るためにも、やらなければいけない処置だ。

 ディミオススネイクの頭部の形が完全に変わるころ、胴体もピクリとも動かなくなり、三人がボクに駆けよってくる。

「すごい! すごいよ、トリス! ボクら勝っちゃった!」

「あのディミオススネイクだぜ! 熟練の冒険者チームでも苦戦するっていう!」

「トリスの指示のおかげよ! アナタ、なんてすごい人なの!」

 なんかすごく嬉しい。こんなに喜んでもらえると、勝ったって実感がわいてくるよね。先輩と一緒だと、魔物が出たと思った次の瞬間に戦闘が終わってるから。本当になにもできなかったんだよ。その後に調理をするだけでさ。

「みなさんも迅速で正確な魔法でした。ただこれだけの実力を持っていらっしゃるなら、たとえ前衛がいなかったとしても、カモフララビットにあそこまでボロボロにされる前に退避できたのでは?」

 ボクの問いかけに、三人がそろってうつむく。

「ボクたちさぁ、たぶん気が合いすぎるんだよねぇ」

「ああ。なんとなくこの魔法使ったらいいのかなってイメージはできるんだよ」

「それで使うの。三人同時に同じ魔法を、同じ場所に」

「……もしかして、強化魔法なども?」

「うん。同じ魔法を。同じ相手に」

「回復魔法もな」

「さっきみたいな探索魔法もね。一人やれば充分なのに」

 む、無駄だ。すごい無駄だ。

 まさか気が合いすぎることに、こんな弊害があるなんて。

「指示はださないのですか? さっきは咄嗟にボクがだしてしまいましたが、ベルがリーダーですよね?」

「ボクが? なんで?」

「え? 支部で名乗ったり採取物提出したり、サインしたりしてましたよね?」

 ボクの言葉を聞いて、ベルが自慢げに胸をはる。

「三人の中で、ボクが一番字が綺麗なんだよ」

 そんな理由⁉

「そうなのですか。ですが今後のことを考えますと、話さなくても意思疎通ができるとしても、念のためリーダーは決めておいたほうがよろしいかと。あえて別の行動をとる必要もあるかと思いますし」

 三人が同時に納得した様子で頷く。

「確かにその通りだよね。よろしくね、トリス」

 え?

「ああ、そうだな。頼むよ、トリス」

 え?

「ええ。信頼しているわ、トリス」

 ……どうやら、パーティーリーダーに就任したもようです。

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