冒険者ギルドブルカン支部(後編)

「えー、なんで私はダメなの~」

「パトリベータ様は『魔法神の巫女』様でございます! 冒険者登録なんて許可したら、わたし処刑されちゃいますよ!」

 セニエさんとアミナさんは、ガーバートへのギルド支部設置に関して、支部長と具体的な話をするということだったので、ボクはボク自身のギルドでの目的をすませることにする。

 冒険者登録だ。

 ボクが冒険者登録書に必要事項を記入している横で、姉さんが受付のお嬢さん相手に駄々をこねている。

 そもそも姉さんは魔法魔術ギルド員だから、冒険者登録をしたところで、依頼を受けることはできない。

 あちらでの仕事や研究が優先されるからね。

 それに姉さんが迂闊に王都から出ると、王国や魔法神教団を無駄に刺激しかねない。

 姉さん一人で、少なく見積もって並の魔法士100人分の戦力になっちゃうから。

 動向にはとても注目されている。

 そのせいで姉さんは昔から不自由な生活を強いられていた。姉さんのことをよく知らない人は、その魔力の高さと奔放さから、姉さんが自由気ままに生きているようにみえるようだけど、実際はそんなことない。姉さんは魔力のないボクよりも、たいへんな思いをしてきている。

「姉さん、あまり職員の方を困らせるものではありませんよ」

 ボクが苦笑しながらたしなめると、姉さんが珍しく頬を膨らませて抗議してきた。

「だってー。冒険者登録するってことはトリスちゃん、またこの街を出ていっちゃうんでしょ? 寂しーい! 私もトリスちゃんと一緒にいきたいー!」

 姉さんが地団駄をふんでわがままを言い始めてしまう。八ヶ月前の再現になってる。

 ボクが大図書館に行くことが決まったときも、姉さんは一緒についてくると言って聞かなかったっけ。

 あのときは兄さんとエアおば様の二人がかりによる説得と、ボクが自分で自分の人形を作るという、思い返せばすごく恥ずかしい苦行をのり越えることで、なんとか諦めてくれたのだけれど。今回はどうしよう?

 姉さんの対応に苦慮していると、ギルドの入り口がひらき、途端に賑やかになる。

「やっぱりさ、この三人だと戦力的にさ、かたよりありすぎると思うんだけど」

「お、おう。奇遇だな。俺もそう思った」

「それはそうよね。魔法士が三人じゃね。今回はカモフララビットだからこの程度で済んだけど、ウーズボアとかだったら、下手したら全滅かも。ううん。魔物じゃなくて動物相手でもヤバいと思うわ。いまだと、そこらへんの野良犬相手でも、群れでこられたら勝てる気しないもの」

 男の子ひとりと女の子ふたり。歳はマオより少し上くらいだろう。全員金髪碧眼で見るからに駆け出し冒険者といった装い。王都出身の友人同士といったところだろう。

 全員仲良くボロボロの姿で、受付カウンターへと歩いて来る。

「あのー、ヒールグラス採集依頼を受けたEランクのベルファニアと他二名です」

 三人の先頭を歩いていたキノコのような髪型の女の子が、そう言って先端の尖った緑の濃い草をカウンターテーブルに置く。

 王都近郊の草原で採れる薬草だ。これの採取なら、彼らのような最低ランクの冒険者でも無理なくこなせると思うのだけれど。

 見た限りでは、精も根も尽き果てたみたいな顔をしている。

 そうとう苦労したようだ。

「お疲れ様です。ずいぶん苦労されたみたいですね」

「あー、はい。採取中にカモフララビットの群れに襲われまして……」

「カモフララビット! トリスちゃんが作ってくれた、カモフララビットの煮込みシチュー、とっても美味しかったわ~」

 姉さんが瞼をとじ、うっとりとした様子でつぶやく。さっきまで駄々をこねていたのに食べることになると切りかえ早いね。こういうところも先輩と姉さんは似ているよ。食べる量は全然違うけど。

 先輩の身体のことがなければ、姉さんと引き合わせたかったな。きっと仲良くなれたと思う。

「襲われたのですか? おかしいですね~。確かにご紹介した場所は、カモフララビットの群れが目撃される場所ではありますが、彼らが積極的に人に襲いかかってくることなんてないはずですが」

「そんなこと言ったって、現におそわれたんだよ」

「まったく意味わからないわ」

 受付の女性も含めて四人が、あーでもない、こーでもないと問答を始めてしまった。

 困ったな。ボクの登録書類の受理がまだ終わっていないのだけれど、話が長くなりそう。

 あまり帰りが遅くなると、三人とも心配するよね。

「たぶん、そちらの女性が腰につけていらっしゃる、香り袋のせいではないかと思いますよ」

 口を挟んだボクに、四人が一斉に視線をむけてくる。

「あのー、さっきから気にはなっていたのですけれど、魔法神の巫女様?」

 ボクが指摘した香り袋をつけた、とんがり帽子をかぶった女の子が、姉さんに恐る恐るといった様子で尋ねる。

「う~ん。そう呼ぶ人もいるけど、気軽にパトリでいいわよ」

 姉さんが微笑んで答えると、三人の口から同時に歓声があがる。

「すごい! 本物だった!」

「俺こんな間近でお会いするの初めてだ」

「私だってそうよ! もう感動! ところで隣の男性はどなたでしょうか? この香り袋が原因って、どういうことですか?」

「私の可愛い弟トリスちゃんよ。気安く呼んだら隣の大陸までふっ飛ばすからね」

 先程より笑みを深めて言うが、目が笑ってない。本気だね。

 姉さんは少しボクに対して過保護なところがある。それで困ることもあるけれど、嬉しいしありがたいし、文句を言えるような立場ではないね。

 でも三人とも怯え始めたから、それ以上凄むのはやめようね、姉さん。

 ボクは姉さんの視線から三人を守るように間に立つと、深く礼をする。

「初めまして。トリストファーと申します。こちらまで香ってきましたが、スレイピーですよね、それ」

 同じ草原でも、王都から東へ五時間ほど歩いたところに群生する花の名をあげる。

 とても柔らかい香りのする花で、王都の女性の間では人気があるらしい。

 とんがり帽子の女の子は、困惑した表情ながらも頷いた。

「ええ、そうですけど。でもカモフララビットがスレイピーの香りで襲って来るなんて聞いたことないんですけど」

「ええ。動かないスレイピーでしたらそうでしょうね」

 三人が同時に首をかしげる。

 この三人、行動がいつも一緒。息ぴったりだね。

「スレイピーの群生地の辺りに住む、『ラバピカ』という魔獣がいます」

「知ってるよ。ボクたちも王都生まれの王都育ちだもん」

「おう。この国の代表的な魔物の一匹だからな」

「……ちょっとまって。あの二匹って食性同じだから、縄張り争いやったりしてるよね」

 言いつつ、自身のかぶっているとんがり帽子に手をやる。

 どうやら気が付いたらしい。

 ラバピカは大型のネズミの姿をした魔物で、最大の特徴は頭の上に大きな一本ツノがある。

 スレイピーの群生地に多く生息しているため、花の香りが移り、スレイピーの香りをさせる個体が多い。

 ベルファニアと名乗った少女と男の子も、とんがり帽子をかぶった少女を見て愕然とする。

「まさかミセリのことを……」

「ラバピカだと……」

「思ったってこと!」

 しっかりとうなずいてやる。

「うそーーーっ!」

 三人の仲良さげな叫びが、ギルド内にこだました。

「カモフララビットは、その緑色の体色を活かし、草に紛れて姿を隠す魔物です。そのため草の背丈よりも背が低く、危険の察知は目よりも、鼻や耳を中心に行います。でも流石にラバピカのあの大きな角は目に入る。角があってスレイピーの香りをさせているとなったら……」

 三人はボクの推測を否定することなく、しっかりと頷く。

「うん。他に理由考えられないね」

「ミセリ。依頼で外出る時は、香り袋禁止な。禁止」

「うん。ごめん。以後、気をつけるわ」

 がっくりと肩を落としたミセリさんを、ふたりが両側からがっしりと挟みこむ。

「過ぎたことは、しゃーないじゃん」

「おう。次から気をつければいいんだ。元気出していこうぜ」

「う~。ありがとう、二人とも~」

 ミセリさんが瞳を潤ませて感謝の言葉をのべる。

 うん。本当にここまで見させてもらった限り、とてもいいパーティーに見えるね。

 全員魔法士で前衛を務められる人がいないとも言っていた。

 経験は足りなそうだけど、それは僕も同じ。

 この人たちとなら上手くやれそうかな。

 ボクは意を決し、肩を組み合って気合を入れ直している三人に語りかける。

「お節介ついでと言ってはなんなのですが、皆さんにご提案がひとつあるんです」

「ん、なになに?」

「お、なんだ? またなんか教えてくれんのか?」

「なにかしら? 助言をもらえるならありがたいわ」

 そろって興味津々といった瞳をむけてくる。

 そのあまりの一糸乱れぬ反応に、思わず頬がゆるむ。

「実は、いま冒険者登録をしたところなんです。わけあって旅の途中なのですが、しばらく王都に滞在することにしました。もしよろしければ、滞在している間だけでも、ボクをパーティーに加えてはいただけないでしょうか? 魔法は使えませんが、幼少の頃に格闘術の手ほどきを受けておりまして、人並みには戦えるつもりです。 この近郊の魔物相手であれば、ボクひとりでも充分に前衛を務められるでしょう。いかがでしょうか?」

「もちろんいいよ! 待望の前衛だ!」

「身元もはっきりしてるから、信用もできそうだしな」

「知識もすごそうだもの。とても頼りになりそう」

 話しあうまでもなく意見一致するんだね。

 あいだに魔力が流れているわけではないから、魔技じゃない。むしろスゴイな!

「えー! トリスちゃん、私は~」

 しまった。姉さんを説得しなきゃだった。

「えーと、いま言った通り、少なくとも一、二ヶ月は王都に滞在する予定です。必ず、丸一日姉さんと遊びにいく日を作りますので、今回は我慢してください。先輩のことがありますので、今日は宿に戻らなければいけませんが、明日また魔法魔術ギルドに用事があります。姉さんのお部屋にも顔をだしますから。ね?」

「ホントに?」

 また頬を膨らませ、上目づかいでボクを見つめてくる。

 こういう仕草は本当に可愛らしいんだよね。姉というよりも妹みたいで。

「すっごい愛されてるね」

「溺愛ってヤツだな」

「うん。愛したくなる気持ち、わかるわ」

 目と耳から、妙な圧力を感じ、ボクは苦笑を浮かべつつうなずくしかなかった。

 なんとか姉さんを説得できると、受付のおねえさんが気を利かして話しかけてくる。

「お疲れのようですから、三人とも休まれたほうがいいですね。三日後にお越しください。今回のような採集系の手頃なお仕事を用意しておきますので」

「そうですね。ボクもすませておきたい用事もありますし」

「それじゃあ決定。トリス、三日後の10時にここに集合でいい?」

「わかりました。よろしくお願いします」

 ベルファニアの提案にうなずき再会の約束を交わす

「来週ここでな!」

「楽しみにしてるわ!」

「ええ。ボクもしっかり準備を整えておきますので、皆さんも充分に疲れをとってください」

「はーい」

 入って来たときときとは、真逆に元気よくギルドから出ていく。

 ボクはまだほんのりと光を残している自分の手と、再びボクに腕を絡めてご満悦の姉さんを交互に見る。

 魔法魔術ギルドで姉さんがかけてくれた、対象者に幸運を与える魔法がまだ生きていたんだね。

 とてもいい出会いをすることができた。

 これから旅を続けるうえで、少しでも戦闘慣れしておかないとね。

 ガーバートからブルカンにくる間も、魔物には何度か遭遇したのだけれど、全て先輩が一撃で対応してしまった。

「今日のごは~ん」と喜びながら魔物を倒す姿は圧巻だったな。

 でも今回のように先輩だって体調を崩すときがある。ボクが闘えないでは話にならない。マオに無理はさせたくないし。

「おう。トリス、巫女様、お待たせ」

 待っていたわけではないのだが、わりとすっきりした表情のアミナさんが受付に戻ってきた。

 でもセニエさんの鳩が、頭からいなくなっている。

「セニエさんは……逃げましたか」

 アミナさんはこめかみの辺りをかきながら笑って答える。

「窓からバサバサッとな。伝言をあずかってるよ。真実はアナタの目で見つけてくださいってさ」

「そうですか」

 もともと教えてくれることは期待していなかったけれど、やっぱりなにか知っているんだね。

 館長といい、あの人といい、いったい何者なんだろう?

 ヒト族ではないと思うんだよね。あの召喚獣の質と量はちょっとヒト族の範疇を超えているように思うもの。

 それに館長、子供の頃にお会いした時から外見かわってないから。

 でも、優しいかたがたであるのは確かか。

 うん。それが一番だね。

「トリス、宿に戻るんだろ。アタシも一緒にいくよ。シィーの見舞いしたいからさ」

 姉さんがハッとした様子で顔をあげる。

「見舞い! 私もいかなきゃ!」

「すいません。姉さんはご遠慮ください。また同じことになってしまいます」

 愕然としたようすで、目を見ひらくと、すぐにしょんぼりとうなだれた。

「はう~。魔力の高いお姉さんでごめんなさい」

 がくりとうなだれる姉さんを見て、アミナさんがもうこらえられないとばかりに、お腹を押さえて吹き出した。

「いやー、巫女様って、無茶苦茶っぽいけど、すんごい親しみやすい人だったんだな。美人だし、とんでもない噂ばっかり聞くから、どんだけ恐い人かと思ってたよ。 トリスよりよっぽど人間らしいな」

 なんだか失礼なことを言われている気がする。べつにいいけど。

「姉さん、明日のお昼ごろに姉さんの研究室に寄らせていただきます。

 ボクの同行者を一人紹介します。お弁当を作っていきますから、一緒に昼食をとりましょう。本当はもう一人紹介したいのですけれど、先輩のそばを離れないでしょうから」

 姉さんがトリスちゃんのごはんと呟きながら、ボクの腕を名残惜しそうに放す。

「わかったわ。トリスちゃんとお弁当を、明日まで生きる糧にして、今日はお部屋に戻るね。夜に誰かと約束してた気もするし」

「え、そうだったんですか。ちゃんと会う前に、誰か思い出してあげてくださいね。

 相手の人、可哀想ですから」

「うん。頑張ってみる。それじゃあ、トリスちゃん。また明日ね」

 両手をひらひらと振りながら、寂しそうな笑顔を浮かべた姉さんの姿が忽然と消えた。

「な、なあ。転移魔法って、使う気配をまったく感じさせずに使えるような簡単な魔法だったっけ?」

 片方の眉がピクピクと動いている。

「姉さんにとってはです」

「……ごめん。さっきの言葉訂正する。化け物の姉は、やっぱり化物だわ」

 アミナさんがとっても嫌そうに、ボクに視線をむけてそう言った。

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