冒険者ギルドブルカン支部(前編)
「姉さん、ギルドにはいなくても大丈夫なのですか?」
「大丈夫、大丈夫♪ 王都から出さえしなければ、誰も文句言ってこないから♪」
姉さんがいきなり意識を失った時にはびっくりした。
幸いすぐに目を覚ましたから良かったけれど。
本人は幸せのあまり意識が飛んだだけと笑っているけれど、先輩の件があるから心配だ。
ただでさえ姉さんは、魔力の保有量が常人とは比較にならない程多い。これまでソレが姉さんの身体に悪さをするようなことはなかったけれど、これまでは、決してこれからを保証するものではない。
「なにより、トリスちゃんとのお出かけは、なんぴとたりとも邪魔させないの!」
高らかな宣言に思わず苦笑する。
「おでかけと言っても、ボクがむかっているのは冒険者ギルドですよ」
姉さんのおかげで、お目当ての書物はすぐに見つかった。
禁術書だから、持ち出すことや写本なんてことはできない。宿に戻ったら、紙片に確認した内容をまとめることになるだろう。
でもその前に、冒険者ギルドでの用事を終わらせておくことにする。
出立前に大図書館の大先輩セニエさんから頼まれた、冒険者ギルドへのお使い。
懐にいれてある書簡にふれる。
内容に関してはまったく知らない。
冒険者ギルドブルカン支部支部長シャンス・シフファートという人物に渡してほしいと言われただけ。
もっとも、この書簡はついで。
冒険者ギルドには最初から行くつもりだった。冒険者登録をする為にね。ガーバートに冒険者ギルドはなかったから。
きっと長い旅になる。資金はいくらあっても困ることはない。いつまでも貯金には頼れないものね。世界中に支部を持つ冒険者ギルドに登録しておけば、仕事を探しやすくなる。外国人に対しての労働制限なんてあるのはこの国くらいだと思うけど。
「いいの、どこだろうと。こうしてトリスちゃんと一緒なら♪」
ボクの右腕をとり並んで歩く。
姉さんの長くて美しい金色の髪が、僕の背中にかかった。
それはいいんだけど、通行人の視線が気になる。
姉さんは外見が美しい人ではあるけれど、それ以上に有名人だから。
魔法神の巫女。
魔導王国において、最大の信者を持つ魔法神オルター。かの神の愛を一身に受けたとしか思えないその保有魔力量の高さから、姉さんはそう呼ばれている。
でも魔法神教団に所属しているわけではないんだ。
その余りの才能から、国と教団とで争奪戦が勃発しかけたので、間をとって民間組織の魔法魔術ギルドに所属した経緯がある。力が強すぎるというのもたいへんだね。
そうか。姉さんと先輩って似てるんだな。魔力と体力の違いはあるけれど、常人よりはるかに優れた力。不器用で細かいことは気にしない。明るくて優しい。
だからかもしれない。学園でひきこもりのような生活を送ってきたボクが、先輩にすぐ打ちとけることができたのは。
針の
二階建ての建物の入り口前に、もしかしたらと考えていた人物が、案の定ボクを待っていた。ただし頭にハトを乗せているのは予想外。
「よお、トリス。久しぶりだな……って巫女様も一緒なのは予想外だけどな」
「お久しぶりです、アミナさん。ボクもその頭の上のハトは予想外ですが……もしかして、セニエさん?」
ボクの言葉にアミナさんはがっくりと肩を落とし、ハトはクルポーと笑った?
「無事にお着きになったようでなによりです。しかし、魔法神の巫女様とご一緒とは……。シィーちゃんは宿ですか?」
やっぱりセニエさんの召喚獣のようだ。兄さんの使役するネズミ型の召喚獣同様、下級召喚獣みたいだから、これも実体だよね。本人はガーバートだろうけど、こんな遠くにまで送っても支配を失わないのか……。
いや。いまはそこを気にしている場合じゃないね。
ボクは怒られることを覚悟で、王都に着いてからのことをふたりに説明する。
「なるほど。ですが体調は回復したのですね」
心配そうに顔をしかめるアミナさんをよそに、セニエさんはハトを経由して、冷静にボクに念を押してくる。
「食欲はまだ回復しきっていませんが、それもじきに回復するとは思います」
「わかりました。王都にいる以上、高魔力を避けきるのは難しいでしょう。あまり気に病まないように」
ボクを慰めたハトは、姉さんとむきあう。
「トリストファーさんの姉君、パトリベータ・ラブリース様ですね。私、ガーバートの大図書館で筆頭司書を務めておりますセニエ・ゴールドリバーと申します。召喚獣を介してのご挨拶になり、申し訳ございません」
姉さんがハトにむかって、実に侯爵令嬢らしい優雅な仕草で礼をする
「まあ、ご丁寧に。トリスちゃんがお世話になってます。姉のパトリベータ・ラブリースと申します。大丈夫。私、ハトも大好きですから。香草の包み焼きが特に」
「さ、左様でございますか」
鳩の顔が引き攣っているように見えるのは気のせいだろうか?
いやそれより、彼女なら先輩の身体のことなにか知っているんじゃないのかな?
とぼけられそうだけど、思い切って聞いてみようかな。
「挨拶はその辺でいいだろ? そろそろ支部長のとこに行こうぜ。待たせるとうるさいからさ」
ボクが口をひらく前に、アミナさんが思いがけないことを言ってくる。
「え? まさかボクも行くのですか? アミナさんがこちらを渡してくれれば良いのでは?」
ボクが書簡をとりだしながら言うと、アミナさんが泣きそうな顔になる。
「頼むよ、トリス。説得は得意技だろ? 報告はすんでるけど、S級冒険者のくせに脅しにくっしやがってみたいな感じになっててさ~。アタシがそれ持っててもちゃんと読むかどうか……。アタシ、このままだとこの鳩になにされるかわかったもんじゃねえんだよ」
「私からもお願いいたします。支部長はその書簡に逆らう権限はお持ちではありませんが、へんに意固地になられても面倒ですから。トリストファーさんのように、理を諭せるかたがご一緒だと心強いです」
これは先輩のことを聞き出せる雰囲気ではなさそう。
それならそれで早めに戻って、先輩の症状について考察を深めたいところだけれど。
セニエさんとアミナさんの契約した内容は、この国の出身ではない支部長さんに、この国の勉強をしてもらう手助けをしろといったようなモノだったよね。
あー、なんかこの書簡の内容、嫌な予感がしてきた。
なにか支部長さんを怒らせるような、そんな気が……。
冒険者ギルドと敵対するようなマネは避けたいんだけどね。
クロやマオにちょっかいを出すような依頼を、またうけられると面倒だし、ボクのギルド入りにも悪影響がでるかもしれない。
うん。まかせっきりは良くないね。できるだけ穏便にすむようにしなくちゃ。
ふたりには助けてもらってもいるし。
「わかりました。ご一緒します」
アミナさんが、ボクの言葉を聞いて心底安心した表情になる。
ハトを頭にのせたまま、ギルドの扉をくぐる彼女に続く。
そうして支部長の執務室にむかったのだけど……。
「当事者はともかく、なんで魔法神の巫女までいやがる!」
冒険者ギルドブルカン支部支部長バンズ・シフファート氏が、彼の執務机越しにアミナさんの胸ぐらをつかんでひきよせる。
本人は小声のつもりみたいだが、地声が大きいのか、丸聞こえだった。
当然姉さんの耳にも……届いていないね。
ボクの肩に頭をのせて、いい夢を見ているかのように目を閉じてニコニコしている。
よかった。姉さんは魔法神の巫女と呼ばれるのが好きじゃないみたいだから。
魔法神が嫌いという訳ではなく、教団と繋がりがあると思われるのが嫌なのだろう。
以前に軍部と教団のいざこざに巻きこまれているからね。
「姉弟だって報告はしたでしょうが!」
「実家との縁は切れてんじゃなかったのかよ!」
「本人同士の繋がりがきれてるなんて言ってませんー!」
子供の喧嘩みたいになってるな。
「本題に入らせていただきたいのですが、よろしいですか?」
「うおっ!」
アミナさんの頭の上の鳩が言葉を発し、驚いた支部長が手を離す。
「召喚獣か⁉」
「ええ。私、ガーバート大図書館筆頭司書をつとめておりますセニエ・ゴールドリバーと申します。このような形で失礼いたしますね。バンズ・シフファート様」
名乗りをうけたいかつい顔の支部長さんは、つまらなさそうに唇を尖らすと、ドカリと椅子に腰をおろす。
「地方都市の職員さんがなんの用かね。こう見えても色々といそがしい身なんだが?」
「本部への点数稼ぎにですか?」
うわぁ、支部長さんの顔が真っ赤に。
額に青い血管までういてるよ。
お願いですからあおらないでほしい。
この人の前にいるのは、ボクとアミナさんなんだから。
「残念ですが、この国で魔法関連のことに手をだしても、昇進の糧になるようなことはございません。本部から余計なことをするなと、注意をうけるのが関の山です。トリストファーさん、例の書簡を」
ボクは手にしていた書簡を、アミナさん経由で支部長さんに渡した。
「なんだってんだ。言いたいことがあるなら口で言えばいいだろうが」
吐き捨てるように言いながら書簡を開いた支部長の顔が、先程とは打って変って真っ青になっていく。
書いている内容は想像するしかないけれど、支部長さんにとって、ろくなものではないことは明らかだった。
「なんでギルド長からの手紙が、お前たち経由でくるんだよ!」
うわずった支部長さんの問いに、セニエさんは実に冷静に言葉をかえす。
「簡単なことです。私が召喚獣を送って直接書いていただいたのですから。地方都市にある施設で職員をされていたあなたなら、そこに押されている魔法印が本物であることはわかりますよね。こう見えても忙しい身なのですが、こちらから届けて差しあげたほうが、身の程をわきまえていただけると思いまして。通話魔術ではなく書面という形にしていただき、受けとってきた次第です」
どうやら中央大陸にある冒険者ギルド本部の一番偉い人からの、お叱り系の言葉が書かれている書簡のようだ。
いまでは遠隔地に住む人とも会話のできる通話魔術道具の技術は確立されているから、こんな時間をかけなくても、偉い人からすぐに注意してもらえたはず。
それをあえて書簡なんて形にしたのは、間違いなく支部長さんの心を根本からへし折るためなんだろうな。
身内以外には容赦ないね、セニエさん。
アミナさんがかつての自分の姿を思い出しているのだろう、たいへん気の毒そうに支部長さんを見ている。
しかしセニエさんは、彼の気持ちなど知ったことかと言葉を続ける。
「こちらも譲歩したのですよ? 関係各所と折りあいをつけて、これまで不要な争いを起こす外部の者を排除するために置いてこなかった冒険者ギルドの支部を、設置できるようにしてさしあげたんですから。ああ、その意味では今回貴方が魔導王国の意思に反して、サイファーさんの魔導書取得に動いたことは無駄ではありませんでしたね。ギルドを置かせなかった都市に、ギルドを設置する許可を得る。ご立派な功績です」
きっとガーバートでは、セニエさんがあの背筋も凍るような笑みを浮かべているに違いない。
支部長さん、顔色が忙しいことに、再び赤に戻っている。爆発をギリギリで抑えているって感じ。
「誤解のないように、これだけははっきりさせておきますが、もしもあなたがたがあの時ノマッド・グリモリオに関するなにかを手にいれていたらたいへんなことになっていましたよ。魔導王国と諸国同盟の戦争を誘発していただけでなく、この大陸から冒険者ギルド自体が締め出される事態にまで発展していたでしょうからね」
「なにを馬鹿な。大げさだ!」
「サイファーさんの魔導書は、玩具ではありませんよ」
冷ややかな声が、支部長室の温度を五度は下げた。
支部長さんの顔色は、今度は青を通り越して白となる。
それだけセニエさんの今の言葉の響きには
「彼の魔導書の真の意味を分からぬ輩は、よく勘違いしていますが、内包している魔力、書かれている内容。これらは問題ではありません。あの魔導書の秘密はそれこそ世界の
支部長さんの口が、なにかを言おうと動くが、言葉にならない。
セニエさんの雰囲気に完全にのまれている。
アミナさんも、かく言うボクもだ。この場で平静を保てれているのは、いまだにボクの肩に頭を乗せて幸せそうにしている姉さんだけ。
「はっきりさせましょう。あなたは書簡の内容に従うつもりはないのですか? それならば私は、その旨をギルド長殿にお伝えしなければなりません」
支部長さんが明らかに動揺し始める。
「い、いや別にそういうつもりはない。ただ少し納得が……」
「だから譲歩したと言ったでしょう。これまでギルドを置くことを拒んでいた街に置くことを許可させた。これは立派な功績でしょう? 軽率な行動をしておいて、これ以上なにを望むというのですか? 本当に人間は欲深い」
「わ、わかった。その件はもういい」
逃げるように視線を鳩からアミナさんに移す。
「アミナ、お前は……そうだな。五日後、ガーバートに向かえ、四人くらい補佐につけてやるから」
「は?」
訝しげなアミナさんに書簡を突きだす。
「後半を読め」
言われて書簡に目を通す。
その目が驚きに見開かれる。
「え⁉ アタシがガーバートで支部長やんの? アタシ、まだ冒険者やめるつもりないよ⁉」
「ウフフ。まぁ、そう言わずに。支部が無事に街に馴染めば、役目からも契約からも解放して差しあげますから」
「ホ、ホントか?」
上目づかいをしてくるアミナさんに、ハトがまた笑う。
「ええ。ちゃんと前例があります。とあるドラゴンスレイヤーさんは、私との契約で町の警備をすることになりましたが、無事に務めを果たしてくれたので、契約から解放して差しあげました。もっとも本人が街を気にいったようで、いまもお幸せそうに街で暮らしていらっしゃいますけどね。ご結婚までされたぐらいですから。もしかしたらあなたも、素敵な伴侶に巡り会えるかもしれませんよ?」
「いや、そういうのはいまんとこ興味ないんだけどさ。まあ、よくわからん契約から解放されるならやるよ」
どうやら、話は無事にまとまったようだ……って、ボク、まったく必要なかったよね⁉
うわ、なんかどっと疲れてきた。
肩にのってる姉さんの頭が重く感じるよ。
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