パトリベータ・ラブリース(後編)

 ズォォォン!

 大事な事だからもう一回。

 ズォォォン!

 私を無遠慮にとりかこむ本棚達は、まさにそんな感じで、さして広くもない部屋の中で見おろしてくる。

 トリスちゃんのためとはいえ、この本の群れは行動派の私にとってはなかなかの難敵だ。

 もっとも私が圧迫感を感じているのは、苦手な本が部屋を埋め尽くしているからだけじゃない。

 部屋の壁、天井、床、全ての石に刻むように描かれた、魔力抑制魔術陣のせいだ。

 まぁ、圧迫感を感じるだけで、魔法を放つのにはたいして支障はないけれど。せいぜい魔法の発動が少し遅れるくらい?

 私は本棚におさめられている本をあらためてながめる。

 魔導書って、どうして名前を見ただけで書かれている内容がわかるモノにしてくれないのかしら? もしかして私、これ一冊ずつ見ていくの?

 これでこの部屋になかったら、私泣いちゃうわよ?

 実はこの部屋の奥にも扉があって、より厳重に保管されてる書物もあるらしい。でもここの閲覧許可をエアちゃんにもらいにいったとき、昨夜のお兄様とのやり取りを話したの。そしたらね、その程度のレベルの禁術書なら奥にまで行く必要はないだろうと言ってたんだよね。

 あれで一応、長いことギルド長やってるもの。信じちゃって問題ないでしょ。

「はぁ~。いつまでもこうしていても、らちがあかないか」

 一冊も確認せずに諦めました、とは言えないものね。

 私は天井まで高くそびえ立つ本棚のひとつから、てきとうに一冊を取り出し、パラパラとめくってみる。

 うわー、文字がびっしり。見てるだけで疲れるわ。やっぱり本はトリスちゃんに読み聞かせてもらうのが一番!

 でも……禁術書を読み聞かせてもらうというのも微妙ね。

 中身も確認しないと駄目か。

 どこでもいいわよね?

 えーと、なになに……。


『このような過程を経て、遂に私は星落しの魔法を確立するにいたった。なにをおいても重要なのは、空とむきあい、星の呼吸を感じとることにある。身のうちに感じとるのだ。空の向こうにある星々とつながる己が魔力を」

 馬鹿じゃないの、この人。

 あんな草木も生えてない岩の塊が呼吸してる訳ないじゃない。

 少し魔力多めで、空にむかって引力の魔法を使ってやれば、勝手に落ちてくるじゃないのよ。

 一度試しにやってみた時には、太陽が近づいてきてびっくりしたけどね!

 あの時は、トリスちゃんが隣にいてくれたから、すぐに気づいてくれて元に戻したけど、さすがにあれは少しまずかったわね。反省♪

 トリスちゃん曰く『魔法を使う際には、求める結果を明確に想像し、適切な魔法と魔力を使うことが肝要です』。さすがはトリスちゃんだわ。

 この本もそういうことを書きなさいって感じよね。

 そうよ!

 トリスちゃん、こういうの書いたらいいんじゃない?

 この人たちよりも、よっぽどよいモノが書けるに違いないわ。

 トリスちゃんの書いたモノなら、私も最初から最後まで一字一句逃さずに読みきる自信あるもの! 意味がわからなくても!

 うん。これはトリスちゃんが来てから提案するとして……。

 いまはどの魔法を使えば、お兄様に言われた本を見つけられるかよ。

 魔力の量は……テキトーでいいわ。

 引力の魔法じゃ全部集まってきちゃうわね。

 ……待って!

 探してるのって封印の本……だったかしら?

 とにかくそれっぽいもののはずだから、きっと魔法を使っても、本棚に封印されたままになるんじゃない?

 ……たぶん!

 たとえちがっても、念のために詠唱して時間稼ぎしてやれば、これまで通り誰か止めにきてくれるでしょ。なにごとも挑戦よね♪

 奥の部屋へと続く扉に背中をあずけ、本棚という強敵たちとむかいあう。

 全てを受け入れる聖母のように両腕を広げ、言葉を紡ぐ。

「この世に存在する万物よ。我、大いなる愛をもって汝を受け入れよう。いまこそ我の声に応え、我がもとに集え。アトラクトストレングス!」

 魔力抑制魔法陣などものともしない魔力が私からほとばしる。

 魔力に応え、この部屋にある全ての本が、まるで重さなどないように軽快な動きで、本棚ごと・・・・私のもとへと集まってくる。

 うん。これは受け止めきれないわね。ってマズいじゃない!

 なんで誰もこないのよ! 誰か巻き込む魔法にすべきだったーっ!

 早く斥力の魔法を無詠唱で! だーっ、魔力抑制のせいですぐに魔法がーっ!

「きゃーーー!」

 ……

 ギーッと遠くで扉の開く音が聞こえる。

 誰でもいいわ。本棚に不必要にうけいれられた私を助けて。

「姉さん?」

 !

 条件反射的に、適度な魔力量で斥力の魔法が私の全身から解きはなたれ、声の主への道をきりひらく。

 私は感情を抑えきれず、全力でその道を駆けぬけた。

「トリスちゃん!」

 昨日お預けをくらった分、思いっきりトリスちゃんに飛びつく。

 トリスちゃんは、はにかみながらそんな私を抱きとめてくれる。

 私は実に、八ヶ月十三日十四時間二十六分五十八秒ぶりに、トリスちゃんエネルギーを充填した。

 数分後。私はトリスちゃんの迅速かつ正確な指示に従い、得意の引力と斥力の魔法を指先で調節し、テキパキと禁術書保管庫のお片付けを進める。

「姉さん、こちらの本棚はもう少し左にお願いします」

「は~い♪」

 ウフフ。やっぱりトリスちゃんと一緒になにかをするのって楽しいわ。

 時間があっという間に過ぎていっちゃう。

 いっそのこと時間を止めてしまおうかしら?

 ダメね。トリスちゃんも一緒にとまっちゃう。

 動かないトリスちゃんはトリスちゃん人形だけで充分だわ。

 はっ、浮かれている場合じゃなかった!

 倒れた女の人のこと聞かなくちゃ。

 冷たい姉と思われてはいけないし、私の壮大な計画『第二子は是非私の養子に』大作戦が継続可能かどうかも確認しないと!あの人がトリスちゃんのお相手かはまだわからないけれど。

「ト、トリスちゃん。あの倒れた女の人は大丈夫なのかしら?」

 トリスちゃんが本棚に本をもどす手をとめ、優しい視線をむけてくれる。

「はい。今朝、意識をとりもどされまして。体調も回復しつつあります。ですので、あまり気にやまないでください。本人もそう言っていましたし。ただ、まだいつも通りというわけにはいきませんね。食欲があまりないようで、特大サンドウイッチを5個しかお食べになりませんでしたし」

 ……普通以上に食べているように聞こえたのは気のせいかしら?

「それにしても、姉さんも封印に関する本を探してくれていたなんて、驚きました。昨日兄さんと話をする機会がありまして、先輩……ああ昨日倒れたかたのことですが、ボクらがアレルギー症状と思っていたモノは、もしかしたら安全装置、もしくは防衛装置のようなものなんじゃないかって仰っていたんです」

「アレルギー? 安全装置? 防衛装置?」

 こ、困ったわ。正直二人の会話はいつも難しくて、私、置いてけぼりくらっちゃうのよね。

「はい。くわしい説明は割愛させていただきますが、あのかたは高魔力の存在に近づくと、くしゃみや鼻水がとまらなくなるといった症状をお持ちなんです。それが昨日は、姉さんの接近が速かったせいもあるのかもしれませんが、そういった症状を見せる前に意識を失った。さらには姉さんが近づこうとした時、本人が意識を失っていたにも関わらず、身体が反応をしめしたんです。これらのことをふまえて兄さんは、先輩にはなにか封印のようなモノがほどこされていて、それはある一定以上の魔力、もしくは特定の質の魔力で解けるようになっているのではないかと。これまでの症状は、封印の解除を回避するために、本人が不必要にそういった存在へ近づかないための、安全装置のような役割を果たしていたんじゃないかと推測されたんです」

 ダメだわ。やっぱりお兄様が超天才で、トリスちゃんが超かわいいということ以外なにもわからない。

「そう言われると、いろいろと納得ができるんです。魔力アレルギーではなく、高魔力アレルギー。なぜ魔力量で症状が現れるのか? 密度の濃い魔力の中では、ほとんどの人は体調を悪くします。それは人体の中に魔力が含まれているとしても、決して肉体が魔力で構成されているわけではないから。密度の濃い魔力は動きづらいんですよ。体内の中で循環しない。つまりは、魔法に変換して体外へと放出するのが難しい。ひとところにとどまる水が淀むように、人体の中で循環しない魔力は、肉体にとって毒ともいえる存在になる。これが魔力生命体であれば、どんなに密度が濃くとも、身体を動かすことそのものが魔力を動かすことになるので、まったく問題がありません」

 ああ。目をキラキラさせてるトリスちゃん。なんて可愛いの!

「先輩の症状は、高密度魔力のものとは違う。そもそも先輩は魔力の循環はとても良好です。なのに高魔力に対しては体調を崩す。先輩自身も決して魔力が低いとは言えないのに、それ以上の高魔力に対して反応する。病として考えたならば疑問が多すぎます。けれど兄さんの推論だとしっくりくるんです」

 ああ、もう! ギュッとしたい、ギュットしたい、ギュットしたい! 

 大事すぎることだから、3回言った!

「人体に封印魔法を施すなど、本来であれば許されない行為。そう言った魔法は禁術として取りあつかわれます。魔法魔術ギルドなら、そういった本も保管しているのではと思いまして」

 でも、さっきギュってしちゃったからな~。

 さすがに何度もやったらしつこいお姉ちゃんだって嫌われちゃうわよね~。

 うー、切ない!

「それで閲覧許可をもらえないだろうかと、エアおば様にお伺いに来たのですが……まさか姉さんがすでに許可をとっておいてくれたなんて!」

 どうしたのかしら?

 トリスちゃんの私を見る視線が、なんだかとても熱いわ。

 ……なんの話をしてたんだっけ?

「しかも、あの自分で本を読むのが苦手な姉さんが、先に探していてくれたなんて。……ありがとう、姉さん」

 ト、ト、トリスちゃんに感謝されたーっ! 理由はわからないけど。

 ヤバい! 超ヤバい! 幸せすぎるーっ!

 どうしよう⁉ この幸せ、一人で味わうには余りにも美味しすぎる。

 みんなにもわけてあげたい。トリスちゃんの偉大さを!

 ……わけよう!

「生きとし生ける全ての者よ。皆に幸あれ。愛を知り、愛を与える者に、いま女神は微笑むであろう。ハピネスカンプロマイズ!」

 宙に投げキッスをプレゼントした私から、魔力をふんだんに含んだ暖かな光の輪が拡がっていく。

 それはこの部屋の全てを満たしただけではなく、魔法魔術ギルドを中心として王都ブルカン全体を包みこんだ……ような気がする!

「姉さん、この魔法は?」

 トリスちゃんのこともちゃんと包み込んでいる光を、不思議そうに見ながらたずねてくる。

 私はとっても良い笑顔で答えた。

「わかんない♪」

 幸せな気持ちを振りまいただけだから♪

「わかんない魔法使っちゃダメですってば!」

 大きな声をだして振り向いたトリスちゃんの腕が、勢いあまって本棚にぶつかる。本棚が揺れ、中途半端に乗っかっていた本の一冊が、トリスちゃんの頭上に降ってきた。

 危ない!

 と思ったけれどトリスちゃんは私と違って運動もこなす。落ちてきた本を難なくうけとめた。

 ああ、なんてカッコよくて可愛いの、トリスちゃん!

「もう。姉さんにはいつも驚かされます。さて、この本はどこに戻せばいいのかな?」

 そう言いながら、うけとめた拍子に開いていた箇所を見る。

「え⁉ 人体への魔法生物封印に関してって……コレ⁉」

 驚きに満ちた表情で、まだ光に包まれていた右手を顔の前にかざし、本から視線を移す。

「まさか対象者に幸運を招きよせる魔法⁉ スゴい! スゴすぎる! さすが姉さんです! こんな魔法初めて見ました! ありがとう、姉さん!」

 興奮した様子のトリスちゃんが、私に駆けよったかと思うと右腕でしっかりと私を抱きしめてくれる。

 ま、魔法バンザイ!

 私は幸福の絶頂につつまれながら、意識を手放し、トリスちゃんの可愛らしくも逞しい腕に、身をゆだねた。

 ……シアワセ……

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