ガーバートの怪物達(後編)
セニエさんが懐から一枚の魔術陣が描かれた皮紙をとりだし、なにごとかをつぶやいた。魔術陣が輝き始め、皮紙から一羽の白い大きなフクロウが現れる。
ああ。召喚の魔術陣か。さっきは監視用の使い魔でアミナさんを監視していたと言っていたから、おそらくセニエさんは召喚魔術を得意としているのだと思う。召喚獣との契約は、呼び出されたモノと呼び出した者との間で取り決められることだから、他者にはその内容を知ることはできないが、一般的には高い魔力や能力を持つ召喚獣ほど、召喚者に求めてくる対価は大きくなるらしい。らしいというのは、これもまたボクの魔力で起動させることができないからだ。
嬉しいな。自分で実験することができないから、こうやって実際に見ることができる機会はとても貴重。
フクロウは転がされているアミナさんの前におりたつと、その白く美しい翼をひろげる。その翼の内側には、なにやら文字がびっしりと書かれていた。
「内容をしっかりと確認してくださいね。特に契約違反にあたいする行動と、契約を
この条件をうけいれますか? うけいれる場合は、お名前と契約をうけいれると宣言してください」
アミナさんは、もう完全に逆らう意欲を失くしてしまったようで、素直に彼女の指示通りに名前と契約をうけいれる旨をフクロウの翼の前で誓う。
文字が淡く光った。フクロウは翼をたたみ、でてきた皮紙の中へと戻っていく。セニエさんはその皮紙を懐に戻すと、また別の皮紙を取り出す。
「セルセラ戻りなさい」
銀色の蛇がアミナさんの拘束をとき、皮紙の中にはいっていく。セニエさんはその皮紙も懐に戻しながら、ボクと向き合う。
「それではトリストファーさん。どうぞ、このかたを連れて、マオさんのところに行ってあげてください。残りの巡回と施錠は私がやっておきますので」
先程とはちがい、温かみのある笑顔で彼女が提案してくれる。それにしても、特に話していなかったのに、このあとのボクの予定まで把握しているんだね。
「よろしいのですか? あとをお任せしてしまっても」
笑顔のままうなずいてくる。
「ええ。私の仕事はみなさんのサポートですから、お気になさらず。ああ、でもそうですね。代わりにと言ってはなんですが、いまガーバートにお越しになっている冒険者のかたがたは、この街にギルドがないせいか、ガーバートの知識が足りないうえに、やんちゃな方が多くて困ります。もし別のどこかでどなたか別のかたが誰かに
そこまで言うと、初めてその顔から笑顔を消す。
「……それと、これは個人的なお願いなんですが、シィーちゃんのこと、これからもお願いいたしますね」
がらりと変わった雰囲気に、ボクは戸惑い言葉がでなかった。
「もう私にとっては、シィーちゃんは妹みたいなものですから。私ではあの娘の背負っているものをどうにもしてあげられないけれど……もしかしたら、あなたなら……」
セニエさんは、眩しいものを見るように目をほそめる。なんと答えたらよいかわからず、目をそらしてしまう。
「ほら、もう行ってあげてください。みんな、あなたのことを待っていますよ」
笑顔に戻ったセニエさんは、ボクの背中を押して大図書館の入り口へとむかわせる。立ちあがっていたアミナさんは、ボクを壁にしてセニエさんと距離を作りながらついてくる。
「あの! シャンティー先輩には、いつもお世話になっています。ボクがなにか力になれるなら!」
背中をおされて、ようやくボクの口から言葉が飛び出す。
「ええ。期待しています」
扉を押しひらいて振りむいたときには、すでに彼女は一般閲覧室にむかって歩いている。
「ありがとうございました。あとをよろしくお願いします」
セニエさんは振り返らずに、片手をあげることで応えてくれた。
大図書館の正面玄関の扉がとじられると、アミナさんが噛みついてきそうな勢いで話しかけてくる。
「いったいアイツは何者なんだよ⁉」
見えなくなったセニエさんから身を護ろうとするように、自身の肩をだ抱く。
「ボクや先輩の上司にあたる方ですよ」
時間がおしいので、歩きだしながら彼女の言葉に答えた。
「そう言うことを聞いてんじゃねえよ!」
わかっているけど、セニエさんの過去は知らないし、知っていたとしても、他者の過去を第三者が勝手に喋っていいものでもない。
「使い魔を同時に二体だぞ! しかも、あの契約のフクロウもそうだが、アタシが捕まってた銀色の蛇も、どっちも絶対高位の召喚獣だろう? あれだけのヤツらを同時召喚するなんて無茶苦茶魔力が必要だろうが」
ボクは興奮するアミナさんには目をむけず、マオの下宿先であるギャルドさんの自宅への道を急ぐ。セニエさんのおかげで、予定より早く大図書館をでられたが、今からガーバートの東側にある、マオの勤め先に行ってもすれ違う可能性が高い。それならギャルドさんの自宅に先に行って、マオの勤め先からの帰宅路を逆にたどる方が確実に出会える。先輩に先にむかってもらった以上、先輩の襲撃者へのやりすぎ以外は心配いらない。イストリア様以外ではアレルギー反応もでないから確実だ。
「三体、もしくは四体だと思いますよ。最低でもですが……」
「は?」
「おそらくですが、アミナさんと一緒に来られた冒険者のかたは、どこかで誰かに捕縛されています。彼女が、そうほのめかしていましたから。アミナさんを監視させていた使い魔は、あの銀色の蛇とは別でしょう。それなのに他の場所で起きた出来事まで知っているようでしたからね。四体目がいても不思議ではありません」
「どんだけの魔力をもってるんだよ」
アミナさんの声が少しばかり震えていた。
「いえ。魔力を代償にした契約で四体を動かせるほど、セニエさんは魔力をお持ちではないですよ。そこまでの高魔力でしたら、先輩がたいへんなことになっていますよ。彼女が魔力を使用しているのは、幻獣の出入り口となる魔術陣を起動させるときだけだと思います。使役するための代償は別のモノではないでしょうか?」
「え? 召喚獣を使うのって魔力を代償にするんじゃないのか?」
「それが一般的だというだけですよ」
実際に使い魔となる召喚獣や悪魔が、使役される代償として求める物は、使役者との間で取り決められる。余人が知りえることじゃない。
ボクの言葉に考え込んだアミナさんは、黙ってボクについてくる。
ボク達は中央通りを北へと進んでいたが途中で折れ、ガーバート北東の住宅街へと入り込む。ボクの住む南西部は集合住宅が多いため、二階建てや三階建ての建物が多いのに対し、こちらは平屋の一戸建て住宅が多い。一軒一軒の敷地が広めにとられていてガーバートでも富裕層が住んでいる地区だ。一度お邪魔したことがあるけれど、館長の自宅もこの地区にある。
ギャルドさんの自宅へと続く道を曲がると、彼の家の前で、ギャルドさんが縄です巻き状態にした人を、足で蹴り転がしているところだった。
本日二度目の光景だ。
「ギャルドさん、こんばんは」
ボクに気づいた彼が、す巻きにされている人を踏みつけながら、気さくに手をあげてくる。
「おう、トリス。てっきりお前はマオと一緒にくるかと思っていたんだが……」
「後始末がありまして、マオのところへは先輩に行ってもらっています」
「なんだと! マオは無事か⁉」
「クロが一緒ですから」
「あ、ああ、そうか。それなら安心だな」
ギャルドさんが一瞬で噴きでた額の汗を服の袖で拭う。先輩の力に対する畏怖を驚くべきか、クロへの信頼の厚さに驚くべきか……。
「あの、ところでそちらの方は?」
「ああ、こいつか。マオがいつも通る道を嗅ぎまわっていてな。ちょいとばかり警備隊の詰所へご同行願ったんだが、逃げようとしたんでふんじばったところだ」
どうやら彼も、今回の視察団を胡散臭く感じて、事前に警戒をしていてくれていたようだ。さすが警備隊の副隊長さん。
ボクは縛られている人の顔を確認したが、誰かわからなかった。たぶん視察団に同行してきた冒険者さんだとは思うんだけど、ギャルドさんにそうとう殴られたのだろう。顔が哀れなほど腫れあがっていて原型が想像できない。
だがアミナさんは違った。
男の顔を見て青ざめる。冒険者の彼女ならこの程度の怪我で、ここまで青ざめたりはしないだろう。相手が知りあいでもないかぎり。
「アスター」
アミナさんの口から、重々しく言葉がこぼれた。
「ギャルドさん。詳細はわからないのですが、セニエさんから伝言を預かっています」
「セニエがか。珍しいな。なんだ?」
「はい。こちらの方なんですが、今回のクロの視察団でイストリア様の護衛役としてこられた……
ボクは振り返ってアミナさんを見る。
「……
もう芝居を続ける気力もないようだ。
「それでこちらのアミナさんなんですが、セニエさんと召喚魔術による契約をされたんです」
セニエさんとアミナさんの間で取り交わされた、王都ブルカンの冒険ギルド支部長への対応に関する協力依頼の話を、ギャルドさんにかいつまんで説明する。彼は同情に満ちあふれた視線でアミナさんを見やった。
「そうか。セニエと契約させられちまったか、かわいそうに」
言葉にすごい実感がこもっている。彼女の召喚魔術を用いた契約がどういうものか知っているということなのだろう。
うらやましい!
学園で習う召喚魔術は少量の魔力、といっても初級魔法の数倍くらいの魔力、で契約できる低級召喚獣や下級悪魔についてしか教わらなかった。
というよりもそれしか教えようがない。それ以上の召喚獣や悪魔だと、そもそも呼び出すことや遭遇できる機会が極端に少なく、契約内容もそれぞれで変わってきてしまうため、個人個人で専門的に独学していくしかない。秘術みたいなものだから、セニエさんに聞いても教えてくれないだろうな。ああ、仕組みを調べるてだてがないかな?
「アミナ! アスター! くっ、遅かったか!」
召喚魔術について考えていたら、遠くからスキンヘッドの冒険者さんがかけてくる。名前はミゴンさんだったはず。彼はギャルドさんの前に立つと深々と頭を下げた。
「警備隊副隊長のドラゴンスレイヤー、ギャルド・コッパーさんですね。自分はブルカンの冒険者ギルド所属のミゴンといいます。この度は仲間がご迷惑をおかけして申し訳ありません! 我々は数日後にはこの街を去ります。そのときまでイストリア様の警護に専心し、二度とご迷惑をおかけしないと誓います。ですからなにとぞ、今回はお見逃しいただけないでしょうか」
ミゴンさんの頭がどんどん下がっていく。
それを見てギャルドさんは困りはてた様子をみせていた。
「ああー、えーと……」
「ミゴンさんです」
「ミゴンだ」
「B級冒険者の」
「S級冒険者の」
重なるボクとアミナさんの声に、ギャルドさんが苦笑する。
「おう。わかった。
ギャルドさんの言葉にミゴンさんは顔をあげ、怪訝そうにアミナさんを見るが、彼女は力なく首を振るばかりだ。
そんなふたりのやり取りは気にせず、ギャルドさんは一瞬で剣を抜き放ち、アスターさんを縛りつけていた縄を切った。もちろんアスターさんを今以上には傷つけずにだ。そして流れるような動きで剣を鞘におさめる。
そして、もう一度アミナさんを見て大きく息をつく。
「かわいそうに」
アミナさんがボクの肩を掴んで激しくゆらしてくる。
「なんだよ! アタシはそんなにヤバい契約をさせられたのかよ!」
「知りませんよ。というか契約内容をご覧になったのはアミナさんでしょう?」
「ちゃんと見てる余裕なんてあるか! 恐くて言うことを聞く以外の選択肢がなかったんだよ!」
まあ気持ちはわかるけど。
「トリスさま~! ギャルドさーん!」
「トリスくーん!」
「トリスー!」
悲嘆にくれるアミナさんなどおかまいなしに、ひと際明るいひとかたまりの声が住宅街にひびく。
シャンティー先輩に肩車されたマオと、定位置の先輩の胸ポケットでご満悦のクロが大きく手を振ってくる。
ボクとギャルドさんは軽く手をあげてそれに応えた。
「どうだ? トリスもウチでメシくってっか? お前やシャンティーが来るとカラとキックも喜ぶからな」
「いえ。今日はご遠慮します。アミナさんに、クロとのいきさつや、マオの件を差障りない範囲で、きちんとご説明しておこうと思いまして」
アミナさんが驚いた様子で僕を見る。
「冒険者ギルドのことはよく知りませんが、組織に身を置くたいへんさは少しはわかっているつもりです。冒険者のかたがたがどんな依頼を受けているかは想像するしかありませんが、ある程度きちんとした報告ができなければ、組織での立場がないでしょうから」
ギャルドさんはお前らしいと笑ったが、彼女はポカンと口をあけて、珍獣でも見る様な目つきでボクを見ていた。
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