ガーバートの怪物達(前編)
「おし。今日の仕事はこれで終わりだな」
自分の割りあてぶんの仕事を終えて、ふたりの様子を見にいくと、先輩が検閲の終わった最後の一冊を、該当の書架におさめていたところだった。先輩の胸ポケットでは、クロが大きくのびをしている。
大図書館は地上三階地下一階。その名前にたがわず、堀などがないだけで、ひろさだけで言えば王城にもひってきする規模。ガーバートの中心であり象徴だ。
階によって保管されている書物がだいたい決まっているのも特徴で、地下が魔法関連、1階が娯楽小説や歴史書などの一般図書。二階が医術書、建築技術書などの専門書。3階は一般閲覧禁止の特別秘書が保管されており、館長の許可がなければ閲覧はできない。
ボクと先輩の主な就業場所になる地下の閲覧室の書架は、他の階の書架よりも背が高い。一番上の段ともなると、一般男性よりもやや小柄なボクだと、書架の脇に用意されている台を使用しても、背伸びをしてようやく届くぐらいだ。
そこで高い位置におさめなければいけない書物に関しては、全て先輩にお願いしている。
ただ先輩は身体を動かすことは人一倍上手だが、書物をおさめる場所を覚えたりするのが苦手で、クロと協力して作業してもらっていた。
クロも決して頭脳労働を得意とはしていないけれど、先輩と一緒に行動させていると、なぜかしっかり者になるから不思議だなんだよね。
本当はボクが補助をすればいいことなんだけれど、ボクでも充分に届く書架におさめる書物は先輩にお願いした量の三倍。手分けして片付けたほうが早いというわけ。
「うん! クロちゃんが一緒に仕事してくれるようになってから、いれ間違いしなくなったんだよ。前はしょっちゅういれ間違いをして、セニエさんに怒られてはいれ直してたもん」
「セニエ? おう、館長の秘書みたいなねーちゃんか」
「うん! 私がここで働き始める前は、セニエさんが魔導書の検閲とか未返却本の回収をしてたんだよ。私に仕事教えてくれたのもセニエさんだし」
台にのったまま会話を続ける二人に、苦笑しつつ声をかける。
「二人とも。仕事が終わったのなら、とりあえず台からおりてきてください。もう閉館の時間はすぎています。まだ最後の巡回と消灯、それから施錠が残っていますからね」
外はもう陽がかたむいていることだろう。本当は早めに切り上げてマオの様子を見に行きたかったのだけれど、思っていたよりも仕事にてまどってしまった。
「ごめんねー、トリス君。でもそれだけなら私一人でも平気だから、トリス君は先にマオちゃんの所に行ってあげて」
「そうだな。そうしろよ。施錠の方はシィーが忘れねえように、俺がしっかり見張ってるからよ」
台からおりたふたりが力強く請けおってくれる。二人には、マオが持っているエルペッナの羽根が狙われるかも知れないことは教えてある。白昼堂々狙われることはないと思うけれど、できるかぎり彼女ひとりにはしたくない。確かに巡回なら先輩ひとりでも……あれ? 逆の方がいいんじゃないのかな?
僕より彼女のほうがはるかに護衛むきで、マオも出会った時の事故をのりこえて、先輩にだいぶなついたみたいだし、クロも一緒なら、また勢いあまってという事態にもならないだろう。
「先輩、クロ。ふたりがマオを迎えにいってあげてくれないかな? 街中で強引なことはしてこないと思うけど、もしもの時には先輩のほうがマオの力になってあげられると思うんです。クロは、その……先輩がやりすぎないように注意してあげて」
「し、信頼されてる? 不安がられてる? どっち!」
「両方に決まってんじゃねえか! 大丈夫だシィー。お前は身体を動かせ! 頭はオレが使ってやっからよ!」
「クロちゃん、すごく頼もしいよ! あれ? でも、トリス君。魔光灯使えないんじゃなかったっけ? 魔石持ってきてるの?」
魔光灯とはようするに照明だ。こういった公共の建物だけではなく、一般家庭にも普及している、魔力を魔光灯にリンクしている魔法陣に流し込んでやれば魔光灯が点灯し、もう一度魔力を流せば消える、リュエル魔導王国では当たり前の魔術道具。
大図書館では出勤時に点灯、帰宅時に消灯となる。点灯は他の史書さんたちの仕事だが、消灯はたいていの場合一番最後まで図書館にのこることの多い、ボクと先輩の仕事になる。
基本的に先輩と一緒に巡回をしているので、魔力の微弱なボクは、先輩に魔光灯の扱いはまかせっきりにしていた。さすがに調理用の魔術陣を起動させるために使っている魔力石は、持ってきていないしね。
「点けることはできませんが、消すだけなら問題ありません。魔糸を使って魔力を拡散してやればできるので」
「おお、魔糸万能だ!」
「トリスがな!」
話はまとまり、ボクが大図書館の最終巡回と施錠。先輩とクロが、マオを迎えにいく。マオの下宿先である、ギャルドさんの自宅で待ちあわせとなった。
地下の職員通路から、一般閲覧室をふくむ全ての部屋に異常がないことを確認したうえで各部屋を施錠をしていく。
扉の施錠がすべて終わったら、通路両端にある昇り階段脇の照明遠隔操作魔術陣のどちらかで、魔法陣を停止させれば通路の照明を消すことができる。
本来は起動だけでなく停止も魔力を使用するから、ボクには困難な作業だ。でも照明魔術陣の停止の構造は、起動させるために流された魔力を、新たな魔力で押し出すというもの。だから魔術陣に魔糸を差しこみ、魔力を拡散してやれば……。
ほら、消えた。
まぁ、点けることはできないから、忘れていることがないか、しっかり確認してからでないと消すわけにはいかないんだけどね。
遠隔操作魔法陣の位置確認用である蛍光塗料のぼんやりとした明かりだけを残し、ボクは階段をのぼる。
「いや、だからちょこっとトリスに用事があって! 痛い、痛い、痛い! ごめんなさい! ごめんなさい! もう忍び込んだりしませんから許してください!」
なんだろう? 一階がなにやら騒がしい。
心配になり階段を駆けあがると、声は玄関ロビーの方から聞こえてきているようだった。閉館時間は過ぎているから、正面入り口には先に施錠を施したはずだけど?
ボク以外にも職員が残っていたのだろうか?
衣服の下に装着している鉄甲を確認し、赤い絨毯の敷かれた一直線の廊下をかけぬけ正面ロビーへとむかう。
「ああ、トリス! いいところに来てくれた! 助けてくれ!」
「あら、トリストファーさん。遅くまでお疲れさまです」
これはいったいどういう状況だろう?
ロビーに入ったボクの姿を見つけたふたりの女性が、同時に声をかけてきたのだけど……。
銀色の蛇によって体を拘束され、床に転がっていたアミナさんが、紺の女性用スーツをしっかりと着こなし、眼鏡をキラリと光らせる笑顔のセニエさんに、ヒールで顔を踏まれていた。
一瞬見なかったことにして、まわれ右をしかけたが、もしかしたら面倒事のひとつが解決するかもと思いいたり、ふたりにゆっくりと近づいていく。とりあえずアミナさんとは目を合わせない。
「お疲れ様です、セニエさん。今日はまだお仕事が残っていらしたんですね」
「おい、トリス! 世間話なんフギャ!」
わめきたてようとした彼女だったが、ステキな笑顔のセニエさんに脇腹の辺りをヒールでグリグリされ、うめき声をだすにとどまった。
「フフフ。トリストファーさんも冗談を言われるのですね。私、自分の仕事を時間外まで残したことなんて一度も御座いません」
彼女はとてもステキな笑顔を崩すことなく言葉を続ける。
「ほら。今日はみなさんお忙しかったでしょ。トリスさんたちのお力に少しでもなれたらと、図書館の周囲にも気を配っていましたら、お昼過ぎくらいから、このドブネズミちゃんがうろちょろと」
夢に出てきそうな笑顔のセニエさんが、アミナさんの身体に食い込ませているヒールに力を込める。
アミナさんが哀れな声をはっしているが、いまは自業自得と我慢してもらうしかない。
「もっとも、その時はおイタをする気配はなかったので、監視用の使い魔だけをつけてほうっておいたのですが、いまになってロビー脇の窓の施錠を解いて侵入してきたものですから、こうして捕えさせていただきましたの」
「だ、だから、トリスに急ぎの用があったんだってば! アタシはイスト―――」
「黙って!」
思わず怒鳴ってしまう。
カウティベリオ君といい彼女といい、いまの自分の立場を考えずに発言しようとするのはやめてほしい。ボクが気遣うことではないのだけれど、あとから困ることになる人が多すぎる。
「フフフ、トリストファーさんは本当にお優しいですね。シィーちゃんがあんなに懐くのも頷けますわ。私にはなかなか懐いてくれなかったのに……。少し妬けますわね」
狂気さえ感じさせる笑顔のまま、彼女はアミナさんを見おろす。
「よかったですわね。彼がきてくれて。冒険者ギルド、リュエル魔導王国支部所属S級冒険者アミナ・コズィーリさん」
……すでに調べがついているのか。さすが、先輩の前任者にして、この大図書館の筆頭司書のセニエさん。ただ者じゃないとは思っていたけれど、先輩とは別の意味で尋常じゃない。アミナさんもこれまで以上に顔を真っ青にして彼女を見あげ、冷や汗を流している。
「私は警備隊に突き出してもいいんですよ。アナタが冒険者ギルドに見捨てられて、一生冷たい牢獄の中で暮らそうと、冒険者ギルドがアナタをかばうことで罪に問われ、権威を失おうとも、まったく気にならなりませんから。でもトリストファーさんはちがうでしょうから」
完全に言葉をなくしているアミナさんから一瞬だけ目を離し、ちらりとだけボクに目をむける。
「アナタに機会をあげましょう。ご存知だとは思いますけれど、王都の冒険者ギルドの支部長さんは交代されたばかり。しかも国外の方ですから、まだこの国でふれていいものといけないものが、よくわかっていらっしゃらないんですよ」
セニエさんの笑顔の冷気が、ボクのところまで届いてくる。
「アナタがたが王都に戻られたら、支部長にはいろいろと勉強していただくことになると思います。その時にはアナタに連絡をいれますので、協力をしてくださいますか? 約束してくれるならば、アナタの身柄はトリストファーさんに一任することにいたしますわ」
アミナさんは冷や汗が飛びちるほど、勢いよく何度も何度もうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます