アミナ・コズィーリ(後編)
「すごいな」
これまでにぎやかな三人の会話を、横で黙って聞いていただけのトリスが、唐突に感嘆の声をあげる。
何故だかアタシのことをやたらとキラキラした目で見てくる。
なんだ? 年上の女に弱いタイプか? 身長はアタシより低いが、はっきり言ってイケメンだからな。本人が望むなら、アタシもやぶさかでは―――。
「間違いなく魔技ですよ! 魔法じゃないです!」
アタシとの距離をググッとつめてくるので、思わずアタシはその場でのけぞる。
「な、なんの話だ」
「なんのって……決まってるじゃないですか! 先程からアミナさんがされている模擬戦闘のことですよ!」
「!」
息を呑んだのはアタシだけじゃない。アスターとミゴンも、目を丸くしてトリスを見ていた。パーティーを組むということは、命をあずけるということだから、アタシが頭の中で、やたらと緻密な模擬戦闘を行えることはふたりにも伝えてある。
ある意味、未来予知にも近い力だから、個人でもパーティーでもかなり重宝する。先にのべたとおり、実際に見たものや、アタシがしっかりとイメージとしていだけたものでないと反映されないという弱点はあるが、基本戦略を立てるぶんにはまったく問題ない。
しかしアタシがそういう力を持っていることは、ほんの一部の人間しか知らないし、知っても単なる経験則による予測だろうと解釈するのがオチだ。
「魔力による精密な映像化でしたから、魔糸を通してボクにも見ることが出来ました。あれ、もしかして、ご自身では魔力を使っているという自覚はありませんでしたか?」
あまりに
えーと、そうですね。これを使いすぎた時に、疲労感を感じたりしませんでしたか? そんな時は、使用しても映像が乱れたり、正確な結果がでづらかったりしませんでしたか? 魔法を使うのも難しかったはずですよ。魔力を消費してますから」
……当たってる。たいていこの技は戦う前に使っているから、戦闘中に魔法を使いづらいと感じることはなかったけど。いや、ちょっと待って。つまりアタシ、これをやらなければ、もっと魔法が使えるってこと?
「目から得た情報が魔力に溶け込み、脳内に集まるのですね。それを元に仮想の空間、人物、物品、魔法等を脳内に構築し、現実に近い映像を自動で作りあげ、まるで未来予知のような模擬戦闘を頭の中で行うことを可能とする。すごいな。ああ、これなんて名づけたらいいかな? 魔投影、いや外に映像を出している訳ではないし、魔闘衣に発音が近いか。そうだ。魔眼写なんてどうですかね!」
な、なんだ? 何を言ってるんだコイツ? ……目が怖いぞ。
「トリス、トリス」
「いやー、まさか、先輩以外にも天然の魔技使いの方が―――」
「トリス!」
再三の守護霊獣の呼びかけに、ようやくトリスの口が止まった。
「ん? クロ、どうしたの?」
「落ちつけ。まわり見ろ。まわり」
「まわり?」
アタシたちだけじゃない、他の客、従業員全ての白い目が、彼にむけられている。
「す、すいません! すいません! すいません!」
トリスはその場で回りながら、宿屋にいる人々に頭をさげる。
再びアタシにむきなおると、これまで以上に深く頭をさげた。
「ご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ございません!」
「いや、気にしないでくれ。たいした……ことじゃない」
口だけだった。
何をやっているかばれたところで、人によってはただの予測としか考えないし、そもそもアタシの邪魔ができるわけでもない。頭の中で闘っているだけだからだ。
それでも、やはりショックはデカい。だってコイツはこう言ったんだ。ボクにも見えると。それはつまり、アタシの行動に対し、何らかの対応をたてられる可能性を意味する。模擬戦闘の効果がうすれると言っても過言じゃない。
「そ、そうだ、マオ。何か用事があってここまで来たんじゃないの?」
気まずい雰囲気をかえようと話題をかえる。
「用事ですか? あ! アタシお使いを頼まれてたんだ! うわー、もうすごい時間たっちゃってる! 絶対に怒られるーっ!」
マオという名の嬢ちゃんが頭を抱えると、トリスが人の好さそうな笑顔で彼女の肩に手を置く。
「事情が事情だからしょうがないね。ボクも一緒に行って説明するよ」
「ふええ、トリスさま~、重ね重ねありがとうございますぅ~」
「私も行く。そろそろお昼だし」
嬢ちゃんから守護霊獣を受け取り、胸ポケットに収めたシャンティーが言う。
お昼が近いのと、ふたりについていくことに何の関係があるのかはわからないが、トリスも嬢ちゃんも苦笑しているだけで、とめるようなことはなかった。
「まったく、シィーはもう昼めしのこと考えてんだな。ホント、食べることばっかりだ」
ニヤニヤと笑う守護霊獣だったが、次のトリスの言葉で笑顔が凍りつく。
「クロ。ボクはまだ怒っているからね」
青い毛並みの守護霊獣が、さらに青白くなっていく。
「わ、悪かったよー。シィー、なんとか言ってくれってば~」
ポケットの中から守護霊獣がすがるような目つきでシャンティーを見あげるが、彼女はプイとそっぽをむく。
「し~らな~い。私、食べることで頭いっぱいだから」
「のわー! シィーまで怒ったーっ!」
守護霊獣の反応に、三人は笑いながら日の出亭をでていく。
外へと一歩を踏みだしたトリスが、なにかを思いだしたように振りかえる。
「ヴァロータ様、アミナさん。ボクたちはこれで失礼します。明日の朝、またお迎えにあがりますので、イストリア様とカウティベリオ君によろしくお伝えください。それでは」
拭いきれないもやもやをアタシの胸にのこし、トリスは2人と1匹をひきつれ、アタシの前からその穏やかで恐ろしい姿を消した。
「それで、結局カウティベリオの坊やはいったいどうしたのさ?」
もやもやを振り払いたくて、アタシは大きな声で、階段前に突っ立っていた王国魔法師団のリーダー格ヴァロータに問いかける。
彼はアタシとは目をあわせずに返答する。
「……疲労だ。疲労で倒れた。今回が初めての重要な任務のようだからな。今日一日は、ゆっくり休ませてやれとのイストリア様からのお言葉だ」
「疲労ねぇ~」
どうにも胡散臭い。馬車の中で感じた坊やはそんなたまじゃない。性格的には好きになれるヤツじゃないが、責任感やら使命感やらは人一倍強いヤツだと感じたんだ。疲労で倒れるにしても、全てをやり終えたあとだろう。そういう奴だ。
クソッ。部屋の前の警備なんて、アタシらにまわってくる仕事じゃないものな。いったいどんな会話がされたのか? 明日、シャンティーにこっそり聞いてみるか。トリスから何か聞いていれば、アイツなら口をすべらしてくれそうだからな。
「お前たちの知りたい情報なら教えてやる。おそらくだが、あのマオという娘はノマッド・グリモリオを追いかけるすべを持っている」
「!」
な、なんで情報を提供する? こいつらも王国のどこかに持ち込まれたかもしれないノマッド・グリモリオを極秘で調査、可能ならば奪取という任務を与えられているにちがいないとにらんでいたが……罠か?
「そう警戒するな」
ヴァロータが首をすくめる。
「その様子だと、冒険者ギルドの先遣隊はろくな情報を掴んできていないらしいな。内容はもちろん口にはせんが、イストリア様の警護以外に与えられた任務に関しての全権は私に任せられている。我々が得た情報と、この目で確認したことから、もう一つの任務は継続困難。無理な任務の継続は、魔法師団に不利益をもたらす可能性が高いと判断したため、私は今回の件から手を引く決断をした。我々はイストリア様の警護に集中する」
そう言って彼は二階に戻るべく階段をのぼりはじめる。
「どうするかはお前たちの自由だが、一つだけ忠告しておく。ここは……この街は……化け物の巣窟だ」
階段の上からアタシを見おろす。
「お前はあのマオという娘が、イストリア様に掴みかかろうとした時、そばにいたな。リュービエが魔法を使おうとしたのは見えただろう?」
リュービエというのは、今回の護衛を務めている魔法師団の一人だ。あの嬢ちゃんが来た時に、アタシたちの一番近くにいた男だ。
あの時とっさに魔法を唱えようとしていた。略式詠唱だったようで、すぐに詠唱を唱え終えていたが、トリスが間に入ったのを見て、緊急解除をしてのけた。
あれは驚いた。魔法というのは発動させるよりも、発動をとめるほうがはるかに難しい。できあがりかけていた建物を一瞬で更地にまでもどすようなものだからだ。大抵は失敗して、その場にがれきの山が残る。
魔法の暴発だ。魔法士はただではすまない。とんでもない技術。さすがは王国魔法師団の一人だ。
「あれはたいしたものだった」
ヴァロータは苦笑し首を振った。
「やはり、誤解していたか。リュービエは優秀な魔法士だが、我が魔法士団でも、発動寸前の魔法の緊急解除を完璧にこなせるのは、団長と副団長くらいだ。私でも手に火傷、下手をすれば指くらいは失うな。どんなに危険な魔法でも、詠唱が終わったのなら、素直に発動させたほうが安全だ」
どういう事だ?
「とめられたようだな。本人の話では、トリストファー・ラブリースが手をかざしてきたと思ったら、魔法はおろか、集中させた魔力までが消えさったらしい」
「は?」
言葉の意味がわからなかった。トリスの保有魔力は微弱だ。魔力自体を相手から奪うとなるとすぐに思い浮かぶのは『吸魔』の魔法だが、行使すること自体にそれなりの魔力を使用する。本人の魔力回復用ではなく、あくまで相手の魔力を減らすことに主眼がおかれているからな。つまり、トリスには使えない。
「お前も面白そうな力を持っているようだがな。あの男を魔力通りの男と思わぬほうがいい。得体の知れなさという点では、この街の化け物たちの中でも一番かもしれん」
背筋がひやりとする感覚を覚える。
アタシ達が
「ラブリース」
アタシは思わずトリスの家名をつぶやいていた。
ヴァロータが頷く。
「そういうことだ。魔法魔術宰相プロメテア・ラブリース侯爵の息子であり、宮廷魔術師団長ラビリント・ラブリースと魔法神の巫女パトリベータ・ラブリースの弟。噂ではなんの才も持たぬ残りカスと聞いていたが、やはり噂などあてにはならん」
ヴァロータは再びアタシに背をむける。
「忠告はした。あとは好きにするといい。どうせ街の探索にでるのだろう? 冒険者ギルドの事前調査がいかに
捨て台詞みたいなことを言って、彼は2階の廊下の奥に消える。
結局、もやもやを増やすだけになった。
アタシはアスターとミゴンが飲んでいるテーブルの席にドカリと座ると、給仕のねーちゃんに麦酒を頼む。二人ともアタシの顔をちらりと見たが、アタシを気遣ってか、黙ったままなにも言わず飲み食いを続ける。麦酒が到着し、アタシはジョッキの半分を一気に飲み干し、フゥと息をつく。
ここでようやくアスターが口を開く。
「それで? 俺たちはどうすんだ、アミナ? ヴァロータの言葉、単なる脅しには聞こえなかったぜ。実際あの坊やが普通じゃないってのは、アミナの力に気づいた時点ではっきりとしている」
「関係ないよ。アタシたちはS級冒険者だ。うけた依頼は必ずやりとげる」
残りの麦酒を飲み干して、追加を頼む。
「今はB級だがな。飲み過ぎるなよ。まだ俺たちはもうひと仕事ある。なにせ、この街には冒険者ギルドがないんだからな。新たに応援は頼めんぞ」
ミゴンが辛気臭い声で、辛気臭いことを言ってくる。もう少し自身の頭のように明るい会話を提供できないもんかね。
「どっちもわかってる。これくらいの酒でやられるようなやわな身体はしていないし、先にこの街に来てる連中が当てにならないのは先刻承知」
ふたりが顔を見あわせうなずきうなずあう。
「んじゃま、動くのはいいとして、役割はどうすんだ?」
「アミナはどうしたい? いつもなら、主目的を追いかけるだろうが」
付き合いが長いとやりやすいんだか、やりにくいんだかわかんなくなってくるな。
考えていることがバレバレだ。
「悪いね。アタシはもう少し坊やの方を探ってみたい。イディオ・グリモリオが本当に消滅したのかも気になるしね」
それを聞いたアスターがニヤリと笑う。
「へぇ、今回は本命をゆずってもらえるのか? こりゃ、あの得体のしれない坊やに感謝だな。それじゃあ俺があのお嬢ちゃんをもらいだな。お嬢ちゃんが持ってる可能性の高いノマッド・グリモリオへの手がかりを、俺たちの仕業とばれないように奪ってくりゃあいいんだろ?」
「アスター、一人で先走るな。危険だ。調査に徹しろ。ヴァロータの言う怪物が、あの娘のそばにいるかもしれん。まず、それをはっきりさせた方がいい」
「はい、はい」
ミゴンの忠告もアスターに対してはあまり効果がないようだ。ニヤニヤ笑いがいっこうに消えない。護衛にはB級というふれこみで参加しているが、アスターとミゴンもアタシと同じS級冒険者。上にSS級、SSS級がいるとはいえ、一人でたいていの依頼を達成するだけの実力は持っている。ただ、かなり癖の強い奴だ。余計なことをしなければいいが。
「それじゃあ、ミゴンが先発メンバーとの合流でいいね?」
立ちあがり、給仕のねーちゃんが丁度運んできた麦酒を一気にあおった。
「決まったならアタシはもう行くよ」
「おい、おい。いくらなんでも早かねえか? さっき、でていったばっかだぜ。」
「トリスは嬢ちゃんと一緒に行ったよ。図書館のほうにはいまはいない、図書館周辺を探るならいまのほうがいい」
アスターにそう答え、そばに立ったままの給仕のねーちゃんにジョッキを渡すと、殴りこみをしかけるべく、化け物が住まうという街に一歩を踏みだした。
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