アミナ・コズィーリ(前編)

「へぇ~、シャンティーはファダーから来たんだ」

「はい。出身は近くのちっちゃい島なんですけどね。アミナさんは?」

「アタシかい? アタシはグルタ近くの山村だよ」

「わぁ~、グルタですか♪ いいなぁ~、あたしもバッリーのお鍋食べた~い」

 バッリーてのは山林に生息する豚のような魔獣だ。癖はあるが、きちんとあく抜きさえしてやれば、充分に美味い。バッリの鍋は魔導王国七大都市のひとつ、山岳都市グルタの名物でもある。まあ、それでも中央大陸で食べた、ブタシャブという鍋の方が好きだけどな。やっぱり食糧にするなら魔獣より動物のほうがむいている。

 アタシは、大都市らしく人通りのせわしない大通りに面した宿の入り口前で、これまでの人生で初めて出会った、アタシより大きい女、シャンティーと他愛ない世間話をしていた。ただし表むきはだ。

 アタシは頭の中で、この呑気で隙だらけの大女に、何度も戦闘を仕掛けていた。

 アタシは相手を見ただけで、自分でも驚くくらい精密な模擬戦闘を頭の中で行うことができる。魔法みたいに実際に使ってもらわないとわからないものは、不安定要素としてのこってしまうが、それ以外の視覚情報である、身体能力や癖なんかはひと目で取得して、脳内の模擬戦闘に活かすことができる。

 アタシはこの力のおかげで、これまで生きのこってきたし、パーティーの危機だって何度も救ってきた。

 最初、シャンティーがあまりにすきだらけだったんで、剣だけで正面から斬りかかってみた。結果、大通りを挟んだむかいがわの商店に、アタシは多くの通行人を巻き込みながら突っこんでいた。

 次は背後からだ。シャンティーは本当に無防備で、武器を持った相手にすら簡単に背を見せる。いくらでも斬り殺せる……はずだった。結果、アタシは自分の足の甲にキスをしていた。本当に出来るのか? 生身の人間の力で、人間をぺしゃんこにすることが……。

 こうなったら全力でいく。本来のアタシは、魔法と剣のコンビネーションで攻める戦法をとる。初歩の攻撃魔法ならば、詠唱破棄も出来るんだ。大抵の場合は戦う前に強化魔法を使っとくけどな。

 もう油断はない。いつも通りこっそりと強化魔法の詠唱を唱える。お人好しのシャンティーに、アタシがわざと落とした物をひろってもらっているすきに、少し離れた後方から、足に向かって風刃の魔法を放つ。動きを止めてしまえば、あとはどうにでもなる。風刃は見事に空を斬った。瞬間、大きな足の裏がアタシの顔にめり込む。

 その後も、手を変え品を変え、私は頭の中でシャンティーに襲いかかる。そのたびに一撃で死んだ。

「―――ナさん。アミナさん!」

「のわっ!」

 シャンティーの顔が目の前にあった。思わずアタシは後方に飛びのく。

「ど、どうした。シャンティー?」

「どうしたじゃないですよ。急に黙りこんじゃって。汗もすごいですよ! 大丈夫ですか? 病気ですか? アレルギーですか?」

 本気で心配してくれているその姿に、自然と顔がほころんでしまう。

 今回の依頼内容から、敵対する可能性が考えられるので、模擬戦闘を試してみたわけだが……胸が痛いな。

 私の方がずっと殺され続けていたが、こんな性格のやさしい娘に、襲いかかる想像をするだけでも気がめいる。

「アンタと一緒にしないでおくれよ。アタシはそんな不思議体質じゃないよ」

 あたしがそう言うと、シャンティーは頬をふくらませる。

「むぅ~。好きでこんな体質になったわけじゃないですよ~」

 アタシはゴメンゴメンと、アタシよりも高い位置にある頭を、触り心地のよい髪をクシャクシャにしながら撫でまわす。

 身体は大きいが、本当にかわいい子だ。できれば、想像したような事態におちいるのはさけたい。想像ではすべてアタシが死んだが、おそらく現実ではシャンティーが死ぬ。

 アタシの脳内模擬戦闘で、見ていない魔法と共に不安定要素として残るのは、相手の性格だ。相手の表面の情報から、相手の行動を構築するだけだから、本人の性格やものの考え方なんかは、アタシが意図的に反映させない限りは、模擬戦闘に反映されない。

 この優しい子は、きっと人を殺せない。私もこんな気のいい娘を殺したくはなかった。

 少しばかり嫌な気分になっちまったな。気分転換のつもりで宿の中を覗き見る。

 今回の依頼をともにうけた仲間のひとり、スキンヘッドのミゴンと目があう。彼は視線を宿の奥の階段にちらりとやると、アタシを手招きする。

 どうやら、ようやく内緒話が終わったようだ。

「待ち人たちが降りてきたみたいだよ。シャンティー、アンタもおいで。イストリア様はお部屋に残られたみたいだからね」

 シャンティーにそう声をかけると、彼女はあからさまにほっとした様子で、アタシに続いて宿屋の中に入ってくる。

 アレルギーという病気は余程辛いのか……。食べられる物が限定されると聞いたことしかなかったから、たいしたことのない病気かと思っていたんだけどな。

 守護霊獣の保護者になったとかいう、笑えない金髪碧眼の青年が、乱入して来た小麦色肌の美人の嬢ちゃんと並んで二階に続く階段からおりてくる。

 くだんの守護霊獣は、いま嬢ちゃんの手の中にいるが、なんだかすごい落ち込んでるな。そんな重い話だったのか?  

 おや、カウティベリオの坊やがいないね。代わりに王国魔法師団のリーダー格、ヴァロータが後ろに続いている。何かあったか?

 アタシは、食堂のテーブルのひとつに陣取っていたギルド仲間を見るが、ふたりともそろって首を振っている。

 チッ。部屋の前の警備は魔法師団にとられちまったからな。いったい、どんな話がされたんだか。盗聴の魔法陣とか使えりゃ楽なんだが、イストリア様相手にそれは自殺行為だしね。

「あれ~、なんかトリス君怒ってる? 珍しいね」

 ……怒っている? 

 シャンティーの言葉に、アタシはトリストファー・ラブリースを見るが、その顔はいたって穏やかに見える。

「聞いてくださいよ、シィーさん。カウなんたらって言う人がすごーく失礼な人で!」

 階段をおりきった嬢ちゃんが、パタパタとシャンティーのそばに走りよってくる。さっきも感じたが、うらやましいくらい整った顔立ちをしている嬢ちゃんだ。今回の依頼の最重要人物でもある。

 トリストファー・ラブリースが、嬢ちゃんに追従するようしてシャンティーの横にいる私の前に立った。

「それで怒ってるの? トリス君が?」

「まさか! お心のひろいトリス様が、あんな小物のことで怒るわけないじゃないですか。トリス様を怒らせたのはクロですよ」

「うう……」

 小さい守護霊獣がさらに小さくなってる。……面白いな。

「クロったら酷いんですよ。トリス様とイストリア様とアタシが、真剣に、真面目に、本気で大事な話をしてたっていうのに、最初から最後まで、ずっと寝てたんですよ!」

 話を聞いたシャンティーが顔をしかめる。

「……それはないよ、クロちゃん。私でも頑張って起きてるよ。遠くで見てても普通の雰囲気じゃなかったもん。血が出るくらい太ももつねるよ」

 それはよせ。お前の場合、シャレにならん。

「う~、わかってたんだけどよう。これから難しい話が始まるんだなあと思ったら、こう、なんだぁ、ウトウトーっと。……シィー、助けてくれよ。トリスが口きいてくれねえんだ」

「フッ。甘いよクロちゃん。私にトリス君をなだめるなんて、できると思ってるの」

 それは胸はって言うことじゃねぇな。

 それにしても大丈夫かこいつら。ずいぶんとのんきな会話をしているが、自分たちが、いまどれだけ微妙な立場にいるのかわかっているのか?

 ……はぁ、偽善だな。ギルドからの依頼を達成するのに、こいつらが邪魔になるなら排除するつもりだっていうのに、心配したって意味がない。依頼を受けた以上達成する。それが冒険者の矜持きょうじってもんだ。

 それじゃあまあ、気はのらないが、もしものときの成功率を少しでもあげるために、正面のお兄さんにもしかけてみますかね。

 神経を集中して、トリストファー・ラブリースを観察……長いな。シャンティーにならってトリスにしよう。

 観察から得られた情報をしっかりと頭にたたきこんで、自分自身にできることと照らし合わせていく。さっきは、シャンティー相手に無駄なことをしてしまったからな。やっぱり油断はいけない。様子見なんてせずに、最初から全力だ。そのための仮想戦闘なんだから。

 魔力感知で調べたかぎり、この坊やは彼女とは別の意味で、魔法の警戒の必要が無い。魔導王国ではどんなに魔法と縁遠いように見えても油断は出来ないから、魔力感知を無詠唱で行うのは、単独で行動することの多い上位冒険者の必須スキル。

 調べた結果、トリスの魔力は残念としか言いようがない。魔法を使われる心配はまったくなかった。低レベルの魔法具や魔術具の心配さえ必要ない。かわいそうにさえ感じる魔力量だ。

 見ていない魔法は計算にはいれられないので、初見の魔法士が敵にいるのは面倒なのだが、シャンティーが魔法を使えないのは確認ずみだし、お嬢ちゃんも魔法を使えたとしても年齢からいって初歩くらいだろう。ちっこい守護霊獣も、ギルドからの情報では直接戦闘しかできないとのことだから、現時点でも、かなり精密な仮想戦闘ができるはずだ。

 頭の中で火球を無詠唱でトリスに投げつける。彼は衣服の下に装着している鉄製の手甲でそれを防ぐ。しかし、すでに距離を詰めているアタシは、トリスの腹めがけて剣を突きだす。彼が足を上げ、手甲と同じ金属製の足甲で防ごうとするが、剣は横をすりぬけ、トリスの腹に深々と刺さる。とどめとばかりに彼の顔の前に右手を差し出し、至近距離からの無詠唱の風刃を叩きこむ。……終わった。

 一応、トリスが最初から戦闘態勢を整えていた場合も考慮にいれて、いろいろな戦法を試してみるが、粘るときはあれど、結果自体は変わらなかった。

 だが集団戦闘になれば、また話が変わる。

 今度はシャンティーはもちろん、嬢ちゃんと力を失っている守護霊獣も敵の戦力と数え、味方にはアスターとミゴンを加え、頭の中で個人戦闘から集団戦闘へと切り替える。

 案の定、苦しい展開になる。シャンティーの戦闘能力がずばぬけているからだ。アスターとミゴンとは、これまでも何度かパーティーを組んだことがあるから、呼吸を合わせるのは難しくない。なのにかなりの高確率で、彼女ひとりにボロボロにされる。なんとか勝つことができるパターンもあるが、それでも三人のうちふたりは死ぬ。

 つまりだ。依頼を達成するのに大事なのは、いかにシャンティーを戦闘に参加させないかだ。彼女を殺したくない気持ちをかんがみても、それがアタシにとっての最重要案件となるだろう。

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