クロガラ視察団(後編)

 馬車がとまるとアミナが戸をひらき最初におりる。

 高身長だから身をかがめてはいるが、その姿は歴戦の強者らしく隙がない。こんなヤツをB級冒険者と名のらせるのは無理がある。

「あんた、お迎えの人かい?」

 アミナの声に呼応するように、アスターが馬車をおりる。後続の馬車からも人がおりている気配がした。

 王国魔法師団の連中は、おそらく迎えの者をとりかこんでいることだろう。迎えの者にイストリアを害する気持ちなどあるわけもないのに。たゆたう森のイストリアに戦いをいどむようなアホウが、魔導王国にいるわけもない。彼の伝説は魔導王国のものならば、確実に聞くことになるのだから。

「はい。ガーバート大図書館館長レゾ・マクタバより指示を受けまして、イディオ・グリモリオの守護霊獣クロガラ様とお待ちしておりました、トリストファーと申します」

「まさかトリストファー・ラブリースか⁉」

 思わず大声をあげてしまう。馬車が大きくゆれた。

「落ち着いてください、カウティベリオさん。馬だけでなく、精霊も怯えていますよ。お知り合いですか?」

「も、申し訳ありません。イストリア様。知り合いと言いますか、先程申しあげた魔導学園の同期です。魔法発動実技、魔術作動実技において、魔導学園始まって以来の最低成績をたたきだした恥さらしではありますが」

 事実を伝えただけなのだが、彼の顔がゆがむ。

「カウティベリオさん。そういった偏見はどうかと思います。留年や退学をされた訳ではないのでしょう? ならば、定められた学業をきちんとはたされたということです。そちらに目をむけてあげるべきではありませんか?」

「し、しかし奴は姑息な手を使い、魔法武闘会で優勝するなど卑怯な男で!」

 あふれだす感情が制御できない。いま馬車の外にいる男は、私にとってそういう相手なのだ。

「どうもアナタは外にいる彼に、あまりよろしくない感情を抱いているようですね。まあ、いいでしょう。アナタの言うとおりの人物か、実際に会えばわかることです。アミナさん、もう馬車から出ても平気ですよね?」

「あ! はい、すいません! 問題ありません。お話よりずいぶん小さいですが、クロガラ様もいらっしゃいます」

「おお! クロ自ら迎えに来てくれましたか!」

 イストリアの表情が一気に晴れやかになる。弾むように馬車をおりる彼に続く。

「チッ! 本物か」

 会いたくなかった顔がそこにあり、私は力いっぱい舌打ちをする。

 まったく相変わらずやせっぽちではないか。ちゃんと食べているのかコイツは?

 器用なヤツではあるが、夢中になると寝食を忘れる男だ。誰かが気にかけてやらんと……だからちがう!

 コイツのせいで優勝候補と言われていた魔法武闘会で、一回戦負けをきっしてしまったのだ。まともな魔法勝負なら決して負けるはずのない相手だったのに!

 手をかざすだけで魔法をかきけすとか、反則だろう!

 おまけに目の前に手をかざされた瞬間、体内の魔力までかき消され、気を失ってしまうという失態までおかしてしまったのだ。

 恨みこそあれ、心配してやる義理はない!

「ああ、クロ。この魔力。弱まりはしましたが、確かにクロの魔力です。そんなに小さくなったのは生まれたてのとき以来ではないのですか? しかし良かった。本当に良かった! イディオ・グリモリオが燃えたと聞いたときには、私はまた遠くで友人の死を知るだけになるのかと……」

 イストリアは、トリストファーの手のひらの上で胸を張るクマの形をした青い毛玉を見て、顔をおおい泣きくずれる。そんな彼の頭を、毛玉は爪をたてないように気をつけながら優しく撫でる。

 あれがイディオ・グリモリオの守護霊獣クロガラか。本当に小さくなっているな。

 ……そうか。そういうことか。トリストファーのやつめ。守護霊獣の魔力をかき消したのだな。

 ……いやちがうか。守護霊獣は魔力生命体。そんなことをすれば、存在自体が危うくなる。

 コイツめ、またなにか新しい技を身につけたか。やるでは……いまいましい!

「泣くな、イスにい。オレはこうして生きてるぞ。全部トリスのおかげだ。

 でも、昔よくこうして頭を撫でてくれたイス兄の頭を、オレがこうして撫でることになるなんてな。長生きはしてみるもんだな」

「生意気言うようになりましたね」

 イストリアは涙を流したまま笑うと、スッと立ちあがる。

「初めまして。イストリアと申します。あなたが、トリストファー・ラブリースさんですね。クロのことを助けて頂き、さらには頼もしき友となってくれたこと、心より感謝いたします」

 彼が私の仇敵に深々と頭を下げる。トリストファーが珍しく慌てる。

「いえ! クロにはボクの方が助けてもらっていますから。あ、そうだ。すいません、イストリア様。実はクロと仲良くしてくれているかたが、もう一人あちらにいらっしゃるんです」

 トリストファーのヤツが、道の先を指し示す。かなり離れた場所に女がひとりいた。ただ遠くにいるのに、やたらとデカく見える。アミナも女にしては高身長だが、その女は幅もかなりあった。

 大女がこちらに頭をさげてくる。

「シャンティービウスさんです」

「そうですか。なぜ、あんな離れた場所に?」

「よく聞いてくれたぜイス兄。語るも涙、聞くも涙の物語よ。アレルギーだ」

 なにを言っているのか、さっぱりわからん。

「ハッハッハ。クロ、あなたに説明は求めていませんよ。トリストファーさん。説明をお願いできますか?」

「はい。実は……」

 トリストファーが語った彼女の体質は、にわかには信じがたいものだった

「そんな体質の奴が本当にいるのか?」

 眉をひそめてもう一度女を見やる。高魔力アレルギー。そんな病名聞いたこともない。

「カウティベリオさん。寛容なアナタが、ここに来てから、随分と狭量なことばかり仰いますね」

「あ、いえ! 初めて聞くものでしたから、つい……」

 しまった。確かに私らしくもない。平民は貴族よりおとるのだから、広い心をもって接してやらねば。

「トリストファーさんもクロも、嘘を言ってはいません。精霊が言っています。彼女は少しばかり複雑な体を持っているのだとね」

 複雑な体? イストリアは、伝説の精霊魔法使いだ。精霊の声が聞こえるのは、何の不思議もない。いったい精霊は、彼女の体のことをなんと言っているのだろう? 好奇心に抗えず、質問をしようとしたときだった。

「トリス様~っ!」

 シャンティーとやらが立っているのとは逆方向の路上から、肩から大きな買い物かごを提げた褐色肌の少年が、トリストファーにむけて元気に手を振っている。

 ヤツが気づいたと見るや、勢いよくこちらに駆けよってきた。

 突然の乱入者に、魔法師団が咄嗟に身構える。

 私はすかさず声をとばす。

「よせ。トリストファー、害はないな」

「はい」

 短い問いに、トリストファーはすぐ答えた。

 魔法師団員は魔法の詠唱こそ始めなかったものの、構えをとくことなく、油断のない目をふたりにむけている。

「どうしたんですか、こんな所で? お客様ですか?」

 ヤツが答える前に、ひょいとトリストファーの横からこちらをのぞき見る。

 途端に少年の顔色が変わった。

「きさま! こんな所で何をしている! お前、今度はクロを狙うつもりか!」

 血相を変えた彼が、そう叫んだかと思うとイストリアに掴みかかろうとする。

 私は咄嗟にイストリアをかばうために前にでた。

 一番そばにいた魔法師団員が、すぐさま小声で魔法の詠唱を開始する。

 トリストファーが右手を突き出した。魔法を唱えたはずの魔法師団員が目を見ひらく。気持ちはわかるぞ。発動するはずのものが発動しない驚愕。思いだしたくない感情だ。

 私の感情には気づきもしないトリストファーは、守護霊獣がのるプレートを持ったまま少年を抱きとめる。

「はなしてください、トリス様! この女は、家を襲って生き残ったヤツのひとりなんです! 父さんを殺したヤツなんです!」

「落ちつけ、マオ! イス兄は、女に見えるけど男だ」

 問題はそこではないな。

「そうだよ、マオ。この人は違う。ここよりはるか北方のエルフの住まう森から、つい最近、出てこられたばかりだ。時期的に無理だよ」

 そう、それだ。

「で、でも!」

 興奮冷めやらぬ様子の少年をしずめたのは、他ならぬイストリアだった。

「……お嬢さん。その者は、私そっくりだったのですね」

 失礼。少女だったか。

 背後から聞こえてくるイストリアの声は、心なしか震えているように感じられた。

 彼女は、そんなイストリアの様子に気をそがれたのか、トリストファーの服をぎゅっと握ると、怯えた様子でうなずく。

「耳は……右耳はどうでしたか? もしかして、左耳は私のように長い耳でも、右耳は違ったのではないですか? 右耳は、皆さんと同じ、ヒト族の耳だったのでは?」

 マオと呼ばれた少女は。ハッと顔をあげる。

「ああ。やっぱりそうなのですね。トリストファーさん。彼女をはなしてあげてください。彼女には私をせめる権利がある」

彼が、いまにも泣き出しそうな声でうったえる。

「どういうことですか?」

 私は振りかえりたずねる。

「彼女が見たのは、彼女の父親を殺したのは、おそらく……私の娘です」

 イストリアは真っ青な顔で天を仰いでいた。

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