クロガラ視察団(前編)
魔導王国王都ブルカンを旅立ってからすでに三日。
今日の昼過ぎには知識の都ガーバートに到着する。
二台用意された馬車の内、こちらには私とイストリア、それと男女の冒険者、もう一台に王国魔法師団四名と冒険者がひとり乗っている。
二頭びきの馬車自体は、ギルドが用意したとは思えないほど立派で、長旅にも関わらず快適だった。だが乗りあわせているメンバーが気にくわない。
イストリアはいい。耳長族とはいえ伝説の精霊魔法士。ともに旅するのは光栄ともいえる。だが王国魔法師団と冒険者が気にいらん。
どちらも立場を偽っている。
魔法師団は小隊長一名と隊員三名、冒険者はB級冒険者が三名との話だったが、おそらくどちらも階級が上だ。父のお供で、どちらにも接する機会があったからわかる。たたずまいがちがう。いったいどういうつもりだ?
それを抜きにしても私の正面に座る、アスターという冒険者の顔に苛立ちを覚える。コイツは明らかにこちらを見下していた。とりつくろってはいるが、にじみでるものが隠せていない。顔の傷が冒険者というより、そのへんのチンピラの印象をいだかせる。
「あともう少しでクロと再会できるのですね」
私のいらだちをなだめるような、柔らかい口調でイストリアが語りだす。
アスターから意識をはずし、イストリアの言葉に応える。
「以前に会ったのはいつなのですか?」
「サイファーが健在のときですから千年前ですよ」
さらりととんでもないことを言う。長寿という概念すらこえているハイエルフと話していると感覚が狂いそうだ。
「アタシがこれまで見た守護霊獣とはちがうんすよね? 自分の意思を持ってるんでしょ?」
冒険者の片割れである、アミナが馴れ馴れしくイストリアに質問する。王都ではあまり見かけない青い髪の女だ。コイツは相手が国賓だと理解しているのだろうか?
もっともイストリア自身はまったく気にとめていないようだが。
「そのとおりですよ。とても明るくて人懐っこい子です。アナタとならすぐにお友達になれるでしょう」
「そいつは楽しみですね」
アミナは心底楽しみといった様子の笑みをうかべる。対して隣のアスターはどこかバカにしたような嘲笑。無礼討ちにしてはダメだろうか?
「本当に楽しみです」
アミナに微笑をもって応えたイストリアが、表情をあらため私に顔をむける。無駄に整っているので、少しばかりドキリとしてしまうな。
「ところでカウティベリオ様」
「なんども申し上げましたが、私のことは呼び捨てでけっこうです」
彼が今度は悪戯っぽい笑みを見せてくる。
「カウティベリオ様が私を呼び捨てにしてくださるなら考えます。もう四日もともにすごしているのですから友達みたいなものでしょう」
そんなわけあるか。王の客と下級貴族を一緒にするな。
む、いかんな。自身を下級貴族とさげすんでいては高貴な心をなくしてしまう。子爵の家の者であろうと、気位は侯爵家と同等であらねば。
「無茶を言わないでいただきたい。王の客とあれば、礼儀をつくすのが当然」
「ふふふ、本当に真面目なかたですね。しかたありません。私が妥協します。カウティベリオさんとお呼びすることにしますよ」
どこらへんが妥協したのかわからんが、様よりマシか。
「それでカウティベリオさん。エアちゃんに聞きましたがガーバートに友人がいらっしゃるそうですね。私がクロと会っているあいだ、そのかたに会いにいっていただいてもかまいませんよ?」
なにかと思えばそんなことか。余計な気遣いだな。そもそも会いたい相手じゃない。むしろ会いたくない。いやしかし、アイツが誰かに迷惑をかけていないか、確認くらいはしておくべきか。なにせ魔力のかけらもないヤツだからな。普段の生活でさえ不自由しているかもしれん。手土産に魔法石のひとつやふたつ……ってちがう!
ヤツに恨みはあれど、そんなことをしてやる義理はない。
「どうやらギルド長に、誤った情報を吹きこまれたようですな。学園に通っていたころの同期ではありますが、友人ではありません。そもそも公私混同をするなど言語道断。視察のあいだ常にイストリア様のそばにいさせていただく覚悟ですので、ご心配なく」
きっぱりと言い切るとアミナがこれ見よがしにため息をつく。
「いやイストリア様が友人と水入らずで会いたいから、アンタに席を外せっていってんじゃん。気ぃつかえよ」
「いえ、そういうつもりではないのですが」
クソッ! まさかこんな母親の腹の中に、気遣いを置き忘れたようなヤツに指摘されるとは。しかもアスターが顔をそむけて、笑いをこらえているのが余計に気にくわん。
「カウティベリオさんが、問題ないのであればそれでいいのです。ですが人の生は短い。会える機会があるときに会っておかないと、二度と会えなくなる可能性が高いと思いまして」
耳長族の中でも飛びぬけて長寿の彼が言うと、重みがちがうな。だが、やはりアイツに会うのはさけたい。武闘会のことはまだふっきれたわけではないからな。
アイツが卑怯な真似をしていないことくらいはわかっている。それでも納得がいっていないのも確か。あの敗北がなければ、いまごろ後ろの馬車に乗っている連中と肩を並べていたかもしれんのだ。
「旦那がた、ガーバートにはいりやした。予定どおり宿に向かいやす」
馬車の外から御者がうかれた調子で声をかけてくる。これでしばらくのあいだ彼は休憩だ。気持ちはわかる。
「そうしてくれ! 予定では宿の前にガーバートがわの迎えがいるらしいからな!」
胸の中にわいたモヤモヤを吹き飛ばすように、私は声を張り上げた。
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