カウティベリオ・リーベルタース(後編)
私がなんとか冷静さをとり戻し、姿勢を正すと、ギルド長が楽しそうに話を続ける。
「ウフフ。ホントあの三兄弟は色々と常識をくつがえしてくれるわよね。見てて飽きないわ。もっともひとりは手間がかかりすぎるけどね」
「しかし、その話が本当ならば、守護霊獣を回収するべきでしょう。守護すべき物品を失っても残る守護霊獣。研究すべきです」
私の正論にギルド長はなぜか苦笑を浮かべる。
「真面目ね、カウティベリオ君。でも、ダ・メ・よ。我らが王は寛大にして寛容なの。意思ある魔法生物にも、自国民同様の人権をお認めになっているわ」
な、何を考えているのだ、我らが王は!
「だからといって、野放しにしておくのは危険ではないのですか?」
「その心配はないわね。ガーバートの代表とも言えるレゾ館長から、陛下や私たちにも報告がきているけれど、守護霊獣ちゃんは力のほとんどを失っている状態で、保護者のもとでのんびり暮らしているらしいから。力を戻すことも可能みたいだけど、いまのところ、それができるのはその保護者だけ」
「それこそ、危険ではありませんか! もし、その保護者とやらが―――」
「はい。そこまで」
私のせっかくの忠告を、ギルド長は手と言葉で制した。
「それ以上はダメよ。その保護者は、私もだけど、陛下が最も信頼を寄せる者のひとりよ。それを疑うのは、陛下を疑うに等しい。私の権限において、貴方を放逐しなきゃいけないわ。お父上が泣くわよ」
バカな。陛下が信頼を寄せるのに、私以上に相応しい者などいないだろうに……。
「だからね。我が国では、もうイディオ・グリモリオの件は解決したの。我が魔導王国ではね」
なるほど。ここで耳長族がでてくるのか。
「み……エルフにとっては違うと?」
「ご明察です。カウティベリオ様」
イストリアが私の言葉をうけて、話をひきつぐ。
「私個人には、エアちゃ……ゴホン。エア様も含めて、魔導王国にも複数の友人がいまして、その友人たちが大丈夫というので、守護霊獣が悪用されるような心配はしていないません。守護霊獣の性格も存じあげていますしね。ですが一部の者が、先程カウティベリオ様が考えたように、ヒトがクロを、その守護霊獣の名前なのですが、彼を魔法実験にかけて、エルフの秘術を盗むのではないかと懸念しているのです」
その話でピンときた。
「エルフの秘術。それで守護対象物がなくなっても―――」
「違います。カウティベリオ様。彼らが勝手にそう思いこんでいるだけです。サイファーがエルフの秘術を何らかの方法で盗み、自分の魔導書の守護霊獣に使用したのだと。彼はそんなことはしていません。常に真摯に魔法と向き合っていた彼は、自分で守護霊獣に自由意思を持たせる方法にたどり着いたのです」
彼は疲れたように首を振る。
「そもそもエルフにそのような秘術はありませんからね。しかし口で言ったところで、聞き分けるような者たちでもないんですよ。中には力ずくでクロを奪おうと主張する愚か者たちもおりました。さすがにそれはまずいと、外交で渡すよう交渉することとなり、王城に使者を送りましたが……」
そこまで言って声を抑え笑う。
「本当に素晴らしい王です。『すでにかの霊獣殿は我が国の国民。本人が望むならばともかく、よこせと言われて渡せるものではない。あなた方は、私たちがあなたの里の住人は、かつて我が国にいた可能性があるからよこせと言ったら、よこすのか?』
まったく、クロの意思を確認もせずに、道具のように扱おうとするあの者たちに見習わせたいですよ」
イストリアは実に楽しそうに話すが、これはかなりの外交問題なのではないのか?
いくら我が王といえども、耳長族の要望を簡単に一蹴してしまって良いのだろうか? むしろ、もはや無用の長物となった守護霊獣一匹を差し出し、耳長族と恒常的な取引関係を引き出す方が有益ではなかろうか?
「交渉が失敗し、よい案が浮かばなかった彼らは、私に泣きついてきたのです。ですが私は、国王の守護霊獣の意思を尊重する意見に賛同しました。そこでようやく、かたくなな彼らも妥協案を絞りだしたわけです」
ようやく最初の話につながったな。守護霊獣視察とはそういうことだったか。
「クロの意思の確認と、彼をとりまく環境の調査。これを私に依頼したのですよ。ヒト族であれば、きっと悪い条件下に置いているにちがいない。そうであれば力ずくでも守護霊獣を保護してくれと」
ずいぶんと野蛮な話だな。争いを好まぬがゆえに、住みかの森からめったにでないと聞いていたが、強力な力をもつハイエルフを代わりによこすとは。
「自分たちでやろうとしないのは、彼らがヒトを恐れているからです。恐れは、相手を知ろうとしない自身の無知からきているのですけれどね」
まるで私の心を読んだようにイストリアが答える。
「そういうわけでね。君には魔法魔術ギルドを代表して、イストリア様がその調査をやりやすいように、一緒に行って便宜をはかってあげてほしいの。最初は私自身がいくつもりだったんだけど……」
彼女が困ったように首をすくめる。
「父の頼みと重なったと?」
「そういうこと。でも一緒に行くのは君だけじゃないから。トレーラン。例の物をカウティベリオ君に」
トレーランが恭しく頭を下げ、執務机の端に置いてあった箱の蓋を開け、中身を私に見せてくる。中には丸められた羊皮紙が三枚入っていた。
「一度で覚えたまえ。まず青い紐が魔法魔術ギルドの全権委任状。ギルド長の代理として、ガーバートでイストリア様の調査の為に権限を振るうことを許可するものです。その代わり責任がともないます。心しておきなさい。赤い紐。王国魔法師団臨時小隊長として、魔法師団員四名の指揮権を与える任命書です。貴方は国をも代表していることを胸に刻みなさい。最後に黒い紐。冒険者ギルドより、臨時A級冒険者と承認し、B級冒険者三名の指揮権を有することを記す証明書です。冒険者ギルドは、世界共通のギルド。貴方は、ヒト族を代表して、イストリア様にお力添えをするのです」
一方的に言い終えたトレーランは、箱に蓋をして私に押し付けてくる。
要するにだ。王国魔法師団から四名、冒険者ギルドからはB級冒険者三名が同行するということか。中々の大所帯だ。
「覚えておいてね。これだけの物を用意するほど、イストリア様は我が国において重要な存在だということよ。万が一はもちろん、失礼の無いように、くれぐれも注意をお願いするわ」
やれやれだ。要するに、派手なお使いのつきそいだ。ほぼ行って帰ってくるだけ。一緒にいくのが、とてつもない有名人であるから、私の名が売れやすい。我が父ながら、よくこのような楽な役目をつかんできたものだ。
「それと守護霊獣の保護者の方にも、失礼のないようにね。守護霊獣はイストリア様の大事な友人だそうよ。つまり守護霊獣を消滅させずに助けた保護者の方は、イストリア様にとっても恩人。その方を侮るような真似は、イストリア様を侮るのと同義になるからね」
なんだか、ずいぶんと念押しをしてくるな。
「何かあるのですか、その保護者の方に?」
「この魔導王国において、彼は生まれた時から障害を持っていたようなものなの。そのことで、幼いころから周囲に軽んじられて育ってきた」
……憐れな。
「でも、彼はいじけたり、現状に屈したりせずに、独自の方法で、周囲の人を圧倒するような力を手に入れたの」
ほう、それは立派ではないか。
「ただね。それは今の魔導王国の常識を覆してしまうようなもので、偏見の目で見る人は、いまも彼をさげすむの。アナタはそういう目で彼を見たりしないかしら?」
バカな! これだから平民は嫌なのだ。真の貴族というものをわかっていない。
「国を、世界を動かしてきたのは、常にそういった常識をくつがえしてきた者たちです。尊敬こそすれ、さげすむなどありえません」
「そう、なら良かった。出発は明日の朝。集合場所は、このギルドの入り口前。ガーバートまでは馬車だから安心して。それじゃあ、期待してるわよ。カウティベリオ君」
老婆は満足気にうなずき、私に部屋を出るようにうながした。
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