カウティベリオ・リーベルタース (前編)
納得がいかない。
私はギルド長室の扉の前で、いつになく憤りを感じていた。
上司とは名ばかりの無能な下民に『ギルド長から、直に君に使命がくだされるそうだ。おめでとう。頑張りたまえ』などと迷惑な言葉を伝えられたのは、つい先程のこと。魔法魔術ギルドの長所など、学園に比べて魔法実験機材がそろっていることぐらいしかない。
私は本来、歴史あるリュエル魔導王国の魔導王その人から、直々に勅命をうけとっていても不思議ではない実力があるのだ。平民のギルド長が命令をくだすなど、身分をわきまえない暴挙と言っていい。
しかし父からギルドを掌握し、リーベルタース家をさらなる繁栄に導くよう厳命をうけている。いまは大人しく従うほかない。
ほとんどが平民で構成されているギルドを掌握することが、家の繁栄に繋がるかは、はなはだ怪しいが、私にとって父の命令は絶対である。否はない。
クソッ、王国魔法師団の掌握こそが、私に相応しい使命であったのに。全てはアイツのせいだ。あの落ちこぼれのせいだ。王国魔法師団にも宮廷魔術師団にも抜擢されなかったのは、全てアイツのせいだ!
大きく息を吐く。落ちつけ。所詮は家族からさえも見放された落ちこぼれ。アイツのことで心をわずわずらうなど、なんの益にもならない。
ガーバートの大図書館に勤務することになったと人づてに聞いたが、誰かに迷惑をかけていないだろうな。元とはいえ貴族。平民に恥をさらされては同じ学園に通っていた者として恥ずかしい。
きちんと食事と睡眠をとって真面目に働いていなければ、私が直々に消し炭にしてくれよう。もっともアイツとは二度と会わない可能性のほうが高いのだがな。
ふう。いつまでも、ここでこうしていても仕方ない。私は姿勢を正し丁寧に扉をたたく。
「エアギルド長。カウティベリオ・リーベルタース、お召しにより参りました」
「あら、ようやくノックしてくれたわね。ずっとそこで突っ立っているものだから、てっきりノックの仕方を忘れちゃったのかと思ったわ。どうぞはいってきて。客人もお待ちかねよ」
嫌みのこもった言葉をうけ、オレは廊下を見まわす。ギルド内は魔力濃度が高めに設定されているので、魔力感知を使っても、感知能力が建物に反応してしまい、発見することはできないだろうが、きっとどこかに監視用の魔術具を巧妙に隠しているに違いない。実に下平民らしい姑息なやり口である。
内心で舌打ちしをしつつ扉をひらく。
調度品のほとんどない殺風景なギルド長室には、三人の人物がいた。正面の執務机のむこうに座っている、背の低い小太りの老婆が、魔法魔術ギルド長エア・ファーレンである。
父曰く、
私から見てギルド長の右にいる、神経質そうに何度も眼鏡を押し上げているのは、副ギルド長のトレーラン・サブルーレ。普段は自室に引きこもって、怪しい実験を繰り返しているというもっぱらの噂だ。
3人目の人物。ギルド長の左にいる者が私にとっては意外だった。初めて会う相手ではあったが、種族的には知っている。耳長族。彼ら自身は、自分達をエルフと呼んでいたハズだ。整った顔立ちの若い女のように見えるが、体型は細身の男。
私は扉をしめると、部屋の中央に立ってギルド長とむきあう。
「お疲れ様、カウティベリオ君。こうして直接会うのは二度目かしらね」
「はい。以前にお会いしたのは、私が魔導学園の四回生の時に、父に連れられてご挨拶にうかがったときです」
「そうだったわね。まぁ、今回呼んだのも、リーベルタース子爵に、息子にも功績を積む機会をって頼まれたからなんだけどね。お父様の期待を裏切らないように、頑張ってちょうだい」
言われるまでもない。私は爵位を継ぐ者だ。他のギルド構成員と一緒にされては困る。
「さてイストリア様。彼が今回ガーバートへの守護霊獣視察に、ギルドから案内人として同行させてもらう者です」
イストリア? ……エルフ……イストリア……!
まさか、たゆたう森のイストリア?
精霊の加護の薄い土地にいてさえ、強大な精霊魔法を行使できるという、伝説のハイエルフ?
彼らの寿命は、人間より長いエルフと比べてもはるかに長く、それこそ悠久に近いときを生きるというからな。見た目が若くても不思議はないが……本物か?
「イストリアと申します。私は魔導王国は不慣れです。道案内よりも、この国にご迷惑をおかけしたくないので、法ですとか、国民の慣習などを教えてくださるかたが必要なのですよ。カウティベリオ様、どうかよろしくお願いいたします」
イストリアが胡散臭い笑みを浮かべ、頭を下げてくる。
エルフの中でもハイエルフは特にプライドが高く、ヒト種を見下していると聞いていたが、イストリアからはそのような感じをうけない。それなりには身の程をわきまえているようだ。
「それで私は、具体的になにをすればよろしいのでしょうか?」
「私から説明するわね。カウティベリオ君はイディオ・グリモリオは知っているわよね?」
「ええ、もちろん。写本であれば読了しております」
伝説の魔導士が書いたと言われる魔導書だが、たいした物ではない。書いてある内容は初心者用の魔導書だ。
「実はね。その原本が盗まれちゃったの。ここの危険魔法物保管庫から」
「ええっ! それは大問題なのでは?」
落ちついている場合ではないだろう、この婆さん! 内容はたいしたことがなくとも、千年前の魔導書だ。魔法学においてとてつもない価値があるし、危険魔法物として扱われていたということは、秘められている魔力は相当なものであったはず。
「ええ。アナタの言うとおり。でも、この事件自体は解決したの。実行犯も捕まったし、つい先日には実行犯を雇った首謀者まで捕まった。お陰様でギルドの裏切り者まで摘発できたわ。ただね、燃えちゃったの。イディオ・グリモリオ」
なん……だと。歴史的大損失じゃないか!
「我らが王は寛大だからね。『悪用されることがなかったのならそれでよい。しかも守護霊獣殿は難をのがれた。ウム。これはめでたい』なんて仰ってね。ホント、陛下は殿下の時からお優しいままなのよね」
婆さんが、うっとりとした表情をしている。醜いことこの上ない。
いや待て。いま、おかしなことを言っていなかったか?
そういえば、イストリアにこう言っていたな。守護霊獣視察と……。
「お待ちください! 守護霊獣は残っているのですか? 守るべきイディオ・グリモリオ』が焼失したのに?」
体裁をとりつくろうのも忘れ、私は執務机に飛びついた。
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