Another ⑯★

「―― “変身獣人ドッペルゲンガー” か!?」


「ばっかじゃないの! 本人がここにいるのに化けてどうするってのよ!」


 突然玄室の入口に現われたもう一人のリンダを見て、空高と当の本人が当惑する。

 確かに本物のリンダの言うとおりだ。

 隙を衝いて本人を殺害して入れ替わり、油断している仲間を襲うのが、魔物 “変身獣人” の手口だからだ。

 リンダ本人が一緒にいるのに化けて現われても意味がない。


(俺たちを動揺させるのが狙いなのか?)


 道行は自身に冷静であるように命じ、目の前の状況に整合性を見出そうとした。

 しかし偽?リンダの隣にいる革鎧レザーアーマーを着た、小柄な――小柄な――あれは、なんといったらよいのだ?

 小さな三角形耳と、左右三本ずつ生えている細く長いヒゲ。肌を覆う手触りの良さそうな体毛。

 あれはまるで――。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023211953694165


「……ありゃ、なんだ? イウォークか?」


 道行が困惑気味に呟く。

 たとえがまたなんとも古く、なんともマニアックなところが泣けてくる。

 まったく……同年代の果たして何パーセントが、彼の言っていることがわかるのだろうか。

 もちろん理解できる瑞穂が、気づかれないほど微かに苦笑した。


 瑞穂はむしろ、二〇年程前に流行った古参の某有名MMORPGに登場する、セクシーなキャットガール種族に似ているといった。

 彼女の件の父親がプレイしているところを見たことがあるらしい。

 その猫人族?の子供が、瑞穂を見て目を見開いている。


「エ、エ、エ……」


(エ……?)


 なにかの発作か?

 引きつけを起してしまったのか、言葉が出てこないようだ。

 道行の隣で、瑞穂がまだ “友好的フレンドリー” かどうかも分からないのに、駆け寄りそうな気配を見せた。

 瑞穂のその衝動を抑え込んだのが、隣に立つ偽物のリンダの剣呑極まる表情だった。


「……やっと見つけた」


 玄室の入口に立つ偽物が呟く。

 激しい憎悪が燃え滾る双眸が、瑞穂を射竦めている。

 ゾクッと背筋に悪寒が走る瑞穂。

 恋人の怯えを察した道行が、スッ……と前に出て、偽リンダの視線を遮った。

 瑞穂は安堵して彼の陰に隠れる。

 今はもう触れていなくても少年の体温を感じることができる。

 少年の温もりがいつでも少女を包み込んで安心させてくれる。

 偽物のリンダはそんな瑞穂の仕草を見て、ますます剣呑な表情になった。


「――ちょっと、あんたいったい何者!」


 だが先に激したのは本物のリンダの方だった。


「敵なら敵でさっさとかかってきなさいよ! ぼけっと突っ立ってられても気持ち悪いのよ!」


 確かにその通りだ。

 すでに偽物であることはバレているのだから、襲い掛かってくるなり逃亡するなりするのが普通だろう。

 リンダの偽物は、そこでようやく本物のリンダに視線を移した。

 憎悪に燃えていた瞳に、今度は明らかな嫌悪の色が浮かぶ。

 軽蔑よりももっと強い、まるで唾棄すべきものを見たかのような色彩。


 なにかが……変だ。

 道行、そして瑞穂の中に、同時に違和感が膨らむ。

 いや、変なのは当然だ。リンダがふたりもいるのだから。

 だが本来なら本物のリンダが浮かべるべき表情を、偽物が浮かべている。

 なんなのだ、この違和感は……?


「な、なんなのよ、こいつ……気持ち悪い」


「ああ、さっさと始末した方がよさそうだ」


 空高とリンダが身構える。

 しかし偽物のリンダは動じる素振りも見せずに、短剣を手に腰を落とした本物の肩越しにその背後を見た。

 青く豪奢な扉の奥から現われた、真っ白な石の壁を。


「――やっぱり出られないみたいね」


 ……やっぱりだと?

 道行の眉間の皺が深くなる。

 やっぱりって、どういう意味だ?

 

「……おまえ、何か知ってるのか?」


「道行、構うな! こいつは人を騙すタイプの魔物だ、言葉はこいつの武器だぞ!」


「そうよ! さっさとやっつけちゃいましょう!」


 空高とリンダが、今にも斬り掛かる気配を見せている。

 “友好的” な魔物には寛容な空高やいつもは空高に合わせるリンダが、いつになく好戦的だ。

 を喰らってしまった今の状況に、焦り苛立ち動揺しているのだろうが……。


「――まて!」


 そんなふたりを、道行が強い口調で制す。


「今はなにより情報が欲しい。嘘か真実かは聞いてから判断すればいい。それに――これがこのアトラクションの本当のラスイベかもしれん」


 そうだ。ラスイベ――ラストイベントだ。

 道行の灰色の脳細胞が、遅ればせながらようやく回転を始めた。

 最後の戦闘に勝利してからの、どんでん返し。

 終わったと思ったあとの、さらなるイベント。

 今日日きょうび、“ラスボス” を倒せばそれでクリアなんてゲーム、存在を許されない。

 ラスボスを倒せば隠しステージがあり、隠しボスが現われる。

 もしそうだとするなら、ここさえ突破すれば今度こそ本当にこの冒険をクリアすることが出来るかもしれない。


 “最後の敵が自分たちのクローンというのは、充分に考えられる演出だ”


 道行の背中に隠れながら、瑞穂がうんうんと頷いた。

 彼女は大概のことなら恋人に大賛同してしまう、素直な娘なのだ。


「ラスボスにしてくれるなんて光栄ね。でもここから出たいならわたしを倒しても無駄よ」


「……どういうことだ?」


「だってラスボスはわたしじゃなくて、あんたの後ろに隠れてるその娘だから」


 そういって偽物のリンダが再び瑞穂を見た。

 偽物のリンダのいきなりの言葉に、面食らって思わずキョトンとしてしまう瑞穂。

 そしてすぐに、


“さすがにそれは無理がある”


 と慌てた様子で否定した。

 

 曰く、

 予想を裏切る展開というのは必要だが、客の期待まで裏切ってはいけない。

 伏線もなにもなしに、いきなりお客自身が “犯人ヤス” だなんて、さすがにそれはアトラクションの台本としてはどうかと思う――。


「バッカじゃないの! それじゃ瑞穂を倒せばゲームクリアで、この迷宮から出られるってわけ!?」


 偽物言葉を受けて、本物がさらに感情を高ぶらせる。


「そうね、瑞穂を倒しても、それもきっとバッドエンド」


 皮肉めいた冷笑を浮かべる偽物のリンダ。

 これが、あのフランクで快活な林田 鈴なのか?

 道行の中で、またも大きくなる違和感。

 化けるなら化けるで、もう少し本物に似せるべきではないんか? その努力をするべきではないのか?

 まるで、“自分たちを騙す” ということを放棄したような――いや、そもそもそんなことは最初から頭にないような表情や態度だ。


「言ってる意味がわからないな」


 隕鉄を用いて鍛えられた漆黒の魔剣クロムの魔剣を構えたまま、空高が偽リンダを睨む。


「ここはその娘の心の中なのよ。その娘の――枝葉瑞穂の心に描かれた風景。心象風景なのよ」


 鼻で笑うリンダの偽物。


「だから、その娘を倒してその娘が死ねば、この世界は崩壊してあたしたちは全員死ぬ。だからバッドエンド」


 瑞穂の心の中……?

 瑞穂の心象風景……?

 この女、何を言ってるんだ……?


 今度こそ道行は困惑した。

 背中越しに、うろたえる瑞穂の怯えが伝わってくる。ローブの背中がギュッと掴まれた。


「はぁ!? ますます意味不明! あんた、あたしたちをバカにしてるわけ!?」


「……確かに意味がわからない。世界が崩壊するってんなら、おまえだって死ぬはずだ。おまえの目的はなんだ? なんのために俺たちの前に姿を現した?」


 本物のリンダに続き、道行が恋人にローブの背中をつかまれたまま、押し殺した声で質した。


「あたしの目的……? ……目的。そうね、それはもちろん――」


「そんなの決まってるニャ! ニャーたちは、エバを助けに来たニャッ!」


 その時、それまで固まってしまっていた猫人族の子供が、可愛らしい女の子の声を上げた。


“わ、わたしを助けに……?”


「そうニャッ! ニャーはエバを助けにきたんニャよ!」


 思わず反問してしまった瑞穂に、子猫の子供?(とでも言えばよいのか?)が叫ぶ。


“それは自分のことか?”


 と瑞穂が子猫? に訊ね返した。

 イントネーションがかなり違うが、子猫の子供が見ているのは間違いなく瑞穂だ。


 マズい……と道行は思った。

 あのウルルとしたつぶらな瞳。

 瑞穂にはメンタリストの言葉よりもだ。無条件で信じてしまう。

うな。


「そうニャ! エバはエバにゃ! エバ・ライスライトにゃ!」


 エバ・ライスライトだと……?

 瑞穂が口に出してつぶやき、道行が心の中で呟く。


「あんたの名前よ。“アカシニア” でのね」


 偽物のリンダが吐き捨てるように言った。


「…… “アカシニア” ?」


 質し返したのは瑞穂ではなく道行だった。


「あたしたちが “クラス転移” で飛ばされた世界よ。そこであたしたちは探索者になったの。生きていくために仕方なくね。あんたが僧侶プリーステスであたしが盗賊シーフ。どうやらここでの ごっこ遊びロールプレイはそれが元になってるみたい」


「……」


 な、なにを言っているんだ、こいつ?


「あんた、なに意味のわかんないこと言ってんの? そんなゲームみたいな話、信じられるわけがないでしょ!」


「それじゃ、このゲームみたいな話は信じられるわけ?」


 本物の言葉を一蹴する偽物のリンダ。

 う……っ、と黙り込んだ本物のリンダに代わって、再び道行が質す。


「……おまえたちの言うことが本当だったとして、どうすれば俺たちはここから出られる?」


「さあ。知らないわね」


「はぁ!?」


 本物のリンダが唖然とした声を上げ、他の者も同じ気持ちでした。


「あたしが教えられたのは、なんらかの理由があってそこにいる娘が目覚めないってことだけ。その理由を突き止めて、その娘を目覚めさせるのが、あたしたちの使命クエストなのよ」


 ……そこにいる娘……その娘……。

 なんなのだ……偽物のリンダから感じる、この絶望的なまでの瑞穂への距離感は……。


「冗談じゃないわ! わたしは帰りたいの! 絶対に帰るの! あいつのいる――隼人のいる世界に絶対に帰るの!」


 本物のリンダの言葉に瑞穂が虚を衝かれたのを、道行は感じた。

 隼人とは瑞穂とリンダの共通の幼馴染みだ。

 これまでにもふたりから聞かされた話の端々に登場し、鈍い道行にも隼人が瑞穂に好意を抱いているだろうことは察せた。

 そして察するたびに、腹の底が騒ついて鎮めるのに苦労した。

 救いだったのは、瑞穂が隼人を幼馴染み以上の存在には見ていないことだった。

 道行はなんとか溜飲を下げて嫉妬の炎を消火していた。

 まったく、男の嫉妬ほど醜いものはない。

 本物のリンダの告白に、偽物の目がスッと細くなる。


「……あんた、隼人が瑞穂のこと好きだってのね?」


 道行の背中で、正真正銘、驚愕する瑞穂。


「当たり前でしょ! あたしはずっと隼人のことが好きだったんだから!」


「嘘ね。あんたが、それは絶対にありえない。だって、あたしが隼人を好きだってこと瑞穂はんだから」


「……」


「あんた、いったい誰よ?」


 偽物のリンダが、本物のリンダを睨み付ける。

 本物のリンダは、偽物のリンダを睨み返していたが、やがて……。


「……くくっ……あははは――あーっはっは!」


 狂気に憑かれたように笑い出した。



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